青みがかった白銀の、背中まで届く髪の毛と黄金の瞳をもつ、まるで龍神様が人の姿をとったような人物がそこにいた。
「いや……俺だが」
「しゃべってる……」
頭のなかに響いてくる声でなく、耳で聞いている。呆けている私を困ったように見つめる様子に覚えがある。こんな……私より頭一つ大きいところから感じる視線が、肩から見つめてくるものや、はたまた遥か頭上から見下ろされるもの一緒なんて、そんなわけないのに。
(でも、知ってる)
この気づかわしげな視線を。何よりも私の胸を震わせる声を。豪快な態度のわりに、そっと労るように触れてくるのも。
「龍神様……人の姿にもなれたんですね」
「ああ。龍降ろしの儀が終わったからな」
「! そうだ、儀式が終わったら私のなかに龍神様が? でも目の前にいて? あれ? そもそも私の声……なんか違う!?」
「あはは! 忙しないの」
「わ、笑ってないで教えて下さい!」
「ふむ。では近くに寄れ」
私と龍神様の間はひと一人分程度。十分近いのにと首をかしげたら「遅い」と手を引かれ、私は龍神様の胸にぽすんとおさまった。突然のことに抗議しようと見上げれば、まつ毛がふれあいそうなくらい近くに顔がある。
月光に似た肌色に流れ星の流線を集めたみたいな髪、なにもかもを照らす太陽と同じ色の瞳……色男だと自賛していたのも納得だ。空の美しい光を全て集めたような神々しさに目がくらみそうになる。
思わず俯いた私の頭を、龍神様は両手ですくいあげた。よほど私は情けない顔をしているのか、龍神様は眉を下げ困ったように微笑んだ。
「こら。そらすな」
「だ、だって……」
「俺の目をよく覗いてみろ」
ちょうど雲の合間に隠れがちだった月が綺麗に顔を出し、龍神様の輪郭をほのかに光らせる。その瞳の中には浴衣を着た一人の――
「どっからどう見ても可愛い女だろ」
「か、かわ……」
「だからよく見せてくれ」
「ひいぃ……無理です……」
声が尻すぼみに小さくなっていく。笑われるかと思ったけれど、獣人様の表情は真剣なままだった。
「やっとだ」
目を細めて嬉しそうに私の顔に触れたり髪を撫でる。今まではいつ触れても少しひんやりしていたから、初めての温もりに鼓動が不規則にはねてしまう。
しばらくそのままでいたら、ふいに背中を押され私の頭はまた龍神様の胸におさまった。背中に回った両腕にゆっくりと力がこもり、私と龍神様の距離はなくなって、互いの吐息まで聞こえる。
「ずっとこうして触れたかった。この髪をすいて、背中を撫でてみたいと思っていた」
耳元で囁かれると、元々ほてり始めた体がさらに熱くなる。しかもさりげなく耳も撫でてくるものだから、私はかたまるしかない。腕の力を緩め、私の顔を確認した龍神様は、盛大に吹き出した。
「どうした。茹で蛸にも負けないくらい赤くなったな!」
「龍神様のせいですよ! 人の姿になった途端、おかしなことばかり言って……ちゃんと驚く暇もないです!」
「仕方ないだろう。これでも浮かれているんだ。こうして人の姿で実体が持てたのは初めてだからな」
「そうなんですか?」
「お前の兄はたしかに神力の量が桁違いだった。お前に注がれた分と、あの兄の体に存在していた分、全部吸い取った結果がこれだ」
龍神様が私の右手を取った。導くように動かされ、手のひらがたどり着いたのは龍神様の左胸。
「……鼓動が、聞こえます」
「だろ? これが実体を持つということだ。おそらく神力がない者でも、俺の姿は見えるだろう」
「神力がなくても……? 龍神としての力は無くなったということですか?」
「いいや? 人の姿にも龍の姿にもなれる。今までは現世で存在するために人の肉体を間借りしていたが、その必要が無くなったということだな。まあ、神力の供給は今後も必要だが」
「すごい……兄様の力でそんなことが」
私の性別を勝手に変えて、なんの説明もなく龍降ろしをさせようとしていたことはショックだけれど、龍神様が人として生活できるようになったのは感謝しないといけない。
「兄貴だけじゃないぞ。お前の神力も、こうして触れ合うことでもらっている」
「え? 私に神力はないはずでは?」
「いいや、違う」
龍神様は首を横に振った。
「いや……俺だが」
「しゃべってる……」
頭のなかに響いてくる声でなく、耳で聞いている。呆けている私を困ったように見つめる様子に覚えがある。こんな……私より頭一つ大きいところから感じる視線が、肩から見つめてくるものや、はたまた遥か頭上から見下ろされるもの一緒なんて、そんなわけないのに。
(でも、知ってる)
この気づかわしげな視線を。何よりも私の胸を震わせる声を。豪快な態度のわりに、そっと労るように触れてくるのも。
「龍神様……人の姿にもなれたんですね」
「ああ。龍降ろしの儀が終わったからな」
「! そうだ、儀式が終わったら私のなかに龍神様が? でも目の前にいて? あれ? そもそも私の声……なんか違う!?」
「あはは! 忙しないの」
「わ、笑ってないで教えて下さい!」
「ふむ。では近くに寄れ」
私と龍神様の間はひと一人分程度。十分近いのにと首をかしげたら「遅い」と手を引かれ、私は龍神様の胸にぽすんとおさまった。突然のことに抗議しようと見上げれば、まつ毛がふれあいそうなくらい近くに顔がある。
月光に似た肌色に流れ星の流線を集めたみたいな髪、なにもかもを照らす太陽と同じ色の瞳……色男だと自賛していたのも納得だ。空の美しい光を全て集めたような神々しさに目がくらみそうになる。
思わず俯いた私の頭を、龍神様は両手ですくいあげた。よほど私は情けない顔をしているのか、龍神様は眉を下げ困ったように微笑んだ。
「こら。そらすな」
「だ、だって……」
「俺の目をよく覗いてみろ」
ちょうど雲の合間に隠れがちだった月が綺麗に顔を出し、龍神様の輪郭をほのかに光らせる。その瞳の中には浴衣を着た一人の――
「どっからどう見ても可愛い女だろ」
「か、かわ……」
「だからよく見せてくれ」
「ひいぃ……無理です……」
声が尻すぼみに小さくなっていく。笑われるかと思ったけれど、獣人様の表情は真剣なままだった。
「やっとだ」
目を細めて嬉しそうに私の顔に触れたり髪を撫でる。今まではいつ触れても少しひんやりしていたから、初めての温もりに鼓動が不規則にはねてしまう。
しばらくそのままでいたら、ふいに背中を押され私の頭はまた龍神様の胸におさまった。背中に回った両腕にゆっくりと力がこもり、私と龍神様の距離はなくなって、互いの吐息まで聞こえる。
「ずっとこうして触れたかった。この髪をすいて、背中を撫でてみたいと思っていた」
耳元で囁かれると、元々ほてり始めた体がさらに熱くなる。しかもさりげなく耳も撫でてくるものだから、私はかたまるしかない。腕の力を緩め、私の顔を確認した龍神様は、盛大に吹き出した。
「どうした。茹で蛸にも負けないくらい赤くなったな!」
「龍神様のせいですよ! 人の姿になった途端、おかしなことばかり言って……ちゃんと驚く暇もないです!」
「仕方ないだろう。これでも浮かれているんだ。こうして人の姿で実体が持てたのは初めてだからな」
「そうなんですか?」
「お前の兄はたしかに神力の量が桁違いだった。お前に注がれた分と、あの兄の体に存在していた分、全部吸い取った結果がこれだ」
龍神様が私の右手を取った。導くように動かされ、手のひらがたどり着いたのは龍神様の左胸。
「……鼓動が、聞こえます」
「だろ? これが実体を持つということだ。おそらく神力がない者でも、俺の姿は見えるだろう」
「神力がなくても……? 龍神としての力は無くなったということですか?」
「いいや? 人の姿にも龍の姿にもなれる。今までは現世で存在するために人の肉体を間借りしていたが、その必要が無くなったということだな。まあ、神力の供給は今後も必要だが」
「すごい……兄様の力でそんなことが」
私の性別を勝手に変えて、なんの説明もなく龍降ろしをさせようとしていたことはショックだけれど、龍神様が人として生活できるようになったのは感謝しないといけない。
「兄貴だけじゃないぞ。お前の神力も、こうして触れ合うことでもらっている」
「え? 私に神力はないはずでは?」
「いいや、違う」
龍神様は首を横に振った。


