「綾紀の神力は兄貴の神力に蓋をされていた。だから神力が全く無いように母親たちには見えたんだろう。そして綾紀自身もその力を自覚できなかった」
「たしかに……」

 まだ自分のものと思うには違和感のある、ほっそりとして丸みを帯びた手のひらを閉じたり開いたりしてみる。さっきまでは感じなかった、兄様の神力とは別の力の流れを感じる。これが私の神力ということなんだろうか。

「赤ん坊のころから本能的に兄貴の神力を受け入れていたんだろう。奴を生かすために」
「全然……気がつきませんでした」
「その証拠に、兄貴の神力を取り除いてやったら、本来の性別らしい体になっただろう?」
「龍神様の力ではないのですか?」
「俺は蓋を壊しただけだ。とにかくお前も相当強い神力を持っているぞ。そう考えるとお前らの母親ってすごいよな。方向性が残念すぎるが」

 そういえば、龍代家はどうなったのだろう。今の状況を尋ねたら、さも当たり前のように兄様が倒れ、てんやわんやしていると龍神様は答えた。

「さっきはしゃぎすぎたんだろ、自業自得だな。ま、何年も仮病で臥していたんだ。あと数ヶ月のびてもどうってことないだろう。これまでを反省するいい機会だ。」
「お兄様は、何がしたかったんでしょうか」
「すべての責任をお前に押しつけて逃げおおせるつもりだったんだろうよ。家以外で生きる術を用意しなかったのはお粗末だけどな」

 兄様がそんなに利己的な人だなんて信じられない……信じたくない、が正しいかもしれない。優しくて逆境に耐えるすごい人だと思っていたから。

「母親もしばらく寝こむかな。ま、妙なマネしても俺がいれば手も足も出せないから気にするなよ。じーさんには後で事後処理の仕方を伝えないとな」
「はあ……怒涛ですね」
「大変だったな」
「そ、そうですよ。龍神様が実体をもてることを知っていたら、この何日間も希望を持てたのに」

 駄々っ子みたいな、我ながら嫌な言い方だと思う。きっと龍神様にも予測が難しい状況だったとだろうに。
 なのに龍神様は揶揄うことも誤魔化すこともせず、「悪かった」と頭を下げた。

「あの家族の冷酷さに気づけなかったのは俺の落ち度だ。ただ、俺だってそれなりに気落ちしていたんだぞ。逆鱗をやっても喜んでくれなかったじゃないか」
「嬉しかったですよ! どんなに救われたことか」

 冷たい牢にいる間、忍ばせた逆鱗を何度となく眺めては、龍神様とのやりとりを思い出して気を紛らわせていた。

「いいや何にも伝わってない。だからお前ら人間の流儀を学んでいた」
「人間の流儀?」

 龍神様がこちらに身を乗り出した。少しかがんで目線が同じになる。私の情けない赤ら顔がまたもまじまじと見られてしまう。せめてと対抗して視線を逸らしていたら、目尻から頬にかけて指が添わされた。
  
「……ずっと、こうして頬に触れ、唇の感触を確かめたかった」

 すべるように唇を親指が撫でていく。さらなる熱が呼び覚まされるようだ。これ以上は熱くならないと思った体のあちこちで弾けるものがある。

「こういうとき、人間は好きだとか愛しいと言うのだろう?」
「す、」
「好きだ、綾紀」
「待ってください。その、龍神さ、」

 待たないと言う返事の代わりに、私の体温に負けないくらい熱い唇がおりてきた。