『この本を読む人は心して下さい。これは呪われた本を読み、呪われたアタシの実体験なのだから。
読んだことでアナタにも怪異が起きるかもしれない。でも、アタシはいっさいの責任はとれないから。』

小説の出足にはそう書いてあった。

「うさんくさ、本当にあった怖い話ってやつか」

ホラーは苦手だ。でも、すでにリアルでホラーに巻き込まれているから、読むしか選択肢はない。画面をスクロールする。

『これはアタシがある本について読んだ記録。とある怪奇小説家の先生に読んでみてくれと言われて赤い本『伝染鬼』を読んで、この身に起きたこと。伝染鬼はM県の鬼形村を訪れた、悟郎という小説家が書いた書物。この世にたった一冊しかない本だ。

一九三〇年九月十四日の夜、鬼形村では同時多発的に殺人事件が起きた。しかもその一日と経たないうちに犯人が一斉に病死するという、忌まわしく恐ろしい事件だ。

悟郎は執筆に行き詰まっていた時に、大川という友人に心霊スポットの鬼形村を訪れることを勧められ、その村を訪れたそうだ。彼は村で恐ろしい体験をした。

なんと、九月十四日の夜を追体験したのだそうだ。
それから、悟郎の身辺で奇妙なことが起きるようになったのだという。』


私と歩美は言葉も交わさず、いっきに本を読んだ。

紅の着物に青い目の美女。美女から手渡された櫛。トンネルに出てくる凶器を持った黒頭巾の人物。次々と身の回りで起きる怪異。
いくつものことが、私や真凛が置かれた状況と似ていた。

悟朗は最期どうなるのか、緊張しながら読み進める。


『本を読み終えたアタシも、もう狂いはじめている。きっと千姫の霊がアタシにのりうつってしまったんだ。
 アナタがこの話を読んでいる時、アタシはきっとすでにこの世を去っている。
アナタにも怪異が訪れることでしょう。(終)』


私と歩美はほぼ同時に本を読み終えた。
窓の外はすでに暗くなっていた。

「ねえ、涼花はどう思う?」

 歩美が強ばった顔で尋ねた。

「この本に『○×△■■〇×』って言葉が出てきたのは事実だし、この本に出てくる悟朗って男の人が体験したことを、私や真凛が体験しているのも本当」

「でもさぁ、胡散臭くない?」
「まあね。野呂さんはどこであの『○×△■■〇×』って言葉を知ったんだろう」
「それはやっぱり、この『赤い本』を読んだんじゃないかな?」
「根拠はある?」

「ある。この小説に応援を送っているユーザーが出てるでしょ。その中に夢月十和って名前があるよね。これ、紗千だよ」

「え、そうなの?」
「紗千、ラノベ書いてたんだよ。将来は作家を目指してたの。筆名、夢月十和で執筆してるって、前に教えてくれたから」

「じゃあ、野呂さんは確実にこの本から『○×△■■〇×』という言葉を知ったってことか」

 そして、彼女は本当に呪われたのだ。死の間際、野呂紗千は自分を裏切った歩美と真凛も同じ目に遭わせてやろうと、あの『○×△■■〇×』という言葉が書き記された手紙を書き遺したのかもしれない。きっとそうに違いない。

「ね、ねえ涼花。今のところあたしは何もないけど、千姫の夢を見てるし、やっぱりあたしももう、呪われちゃってるのかな……」

 真っ青な顔で歩美が呟いた。

私は歩美の肩を抱き、力強く告げた。

「大丈夫、大丈夫だから。きっと、呪いを解く手立てはある」
「で、でも。真凛なんて、すでに可笑しくなっちゃってるし」

「真凛もきっと助かる。そうだ、この作者を探そう。作者が生きていたら、助かる方法がわかるかもしれない」

「さ、作者なんてどう探したらいいの?」
「プロフィール欄とか、投稿欄を見てみよう。なにか分かるかもしれない」

 私と歩美は血眼になって情報を掻き集めた。


 そしてとうとう見つけた。この作者が自分たちと同じ東京にいて、勤め先の近くにあるレトロカフェ『黒猫の家』によく足を運ぶことに。



 翌日、私達は学校をさぼって『黒猫の家』の前で張りこんだ。
店の客、通りすがりのサラリーマン。色んな人にぎょっとした顔をされて恥ずかしかったけれど、店の前で「京川乱子さんを探しています」と声を出して、彼女を探した。

 何日もそうやって張り込む覚悟をしていた。
だがその日、運よくその人は現われた。

「どうして京川乱子を知っているの? それ、アタシだよ」

 京川乱子。呪いの元凶は想像と違って、お洒落で可憐な女性だった。