痒い、痒い。痛いけれど、痒い。

 見舞いに来てくれる友達も、学校に行けと怒る母親も、何もかもが煩わしい。

真凛は死んだ。病院に縛り付けられたまま、心臓発作でなくなったそうだ。

そう歩美から聞いたのが何時だったか、わからない。
夢と現実の境目があやふやだ。随分前だったのか、つい最近だったのか。
今日がいつなのかさえ、今の私にはわからない。
ただ、日々恐怖と悪夢に苛まれ続けているだけの今の私には―…。

「救いをあげる。ほら」

 鈴を転がすような声が耳元で囁く。布団の中にいつの間にか潜んでいた包丁を握りしめると、すうっと心が静かになった。
これを握っている間は心が静かだ。ああ、ステンレスのひんやりした感触が心地いい。

 この鋭い切っ先を思い切り奴に突き立てることができたら、スッキリするだろう。

「○×△■■〇×」 

 あれは滅びの言葉じゃない、唯一無二の救いの言葉なのかもしれない。

 私は包丁を握りしめて、ふらりと部屋を出た。
 向かいの部屋、涼一の部屋を叩く。

「うっせーな、おふくろ!」

 ドアを開け、不健康に乾いて青土色の肌の男が怒鳴り声を上げる。
光の無い目で憐れに肉を食らい、だらだらと生き続ける、我が家のゾンビ男。

「救わないと」

 私は呟くと、ステンレスの包丁を振り上げて突き刺した。
 ざくん、ざくん。肉が裂ける感触が快感だ。全身を襲う痒みがすうっと引いていく。

「うぎゃあぁぁぁぁ、いでぇぇあぁぁあぁぁっっ」

 醜い叫び声が廊下に響き渡る。
 汚い声を消そうと、私は更に包丁を肉塊の全身に突き立てる。

 何度も夢に見た光景。これもまた、夢か。

「きゃあぁぁぁつ、涼ちゃぁぁぁぁんっ」

 甲高い悲鳴が聞こえた。しばらくして、サイレンが遠くから響きだす。

 でもきっと、これも悪夢だ。私の目はまた覚めるはず。