真っ暗なトンネル。明滅する光。忍び寄ってくる黒頭巾の人物。
 黒頭巾の人物が私のお気に入りのオールステンレスの包丁を振り上げる。

 ああ、また殺される。
 痛み、息苦しさを思い出して、私は震えた。

 夢で殺され、完全に事切れる前に起きられなかったら、私はどうなるのだろう。

千姫の呪いの言葉を聞いて人を殺した人は、心臓発作で死んでいる。じゃあ、誰も殺さずに気味悪い夢と怪現象に悩まされ続けていた人は?

もしかして、夢の中で殺されても心臓発作で二度と目覚めることはないのではないか。

背筋がぞわっとした。

 ぎゅっと掌を握る。ひんやりと冷たい感触が手の中にある。

 黒頭巾の人物が悪意を放ちながら、包丁を振りかざしている。
私の手の中には、そいつが持っているのと同じ包丁。

 よく見ると黒頭巾の人物の体型を見たことがある気がする。
筋肉一つついてない、痩せた、そのわりには脂肪のたるんだ情けない体、男なのに低い背丈。

ああ、涼一だ。

 涼一。ああ、ちょっとした躓きに立ち上がれず、家の中ではわがまま放大にふるまう子供部屋のちっぽけな王様。

「救いなさい」

 鈴を転がすような声が聞こえた。
 無言で包丁を振り上げる。

 そう、救いが必要だ。終わらない堕落した永遠の夏休みを終わらせなければ。

 ぐさっ。

手のひらに肉の感触が伝わる。

「アハハハハッ」

 地面に無様に転がった肉の塊に、私は何度も包丁を突き立てた。