栞を挟み、私は本を閉じた。

「なによこれ、ただの小説じゃない」

 思わず文句が零れる。

書物の最初の一文『この本を読む人間は心するがいい。読めば最期を迎えることとなる』に緊張したが、その一文以外はただの怪奇小説だ。それも落ちぶれた三十代の小説家の悟朗という男が視点人物だなんて、なんの嫌がらせだろう。

もしかして、まりえにからかわれたのだろうか。
だとしたら、ムカつく。

腹立ちまぎれにスマホを手に取る。
彼女に「伝染鬼を読みはじめたわよ。五万円は振り込み? それとも現金?」とラインを打つ。

送信ボタンを押してから、これじゃあお金を催促しているみたいだと気付いて後悔した。
すぐに取り消そうとしたが、既読になってしまった。
作家から連絡が来た時にすぐに対応できるように、いつでも着信音を最大にしてスマホを肌身離さないのだと、まりえがちょっと自慢げに言っていたのを思い出した。

「最悪、これじゃあ私がお金に困っているみたいじゃない」

実際にそうなのだが、まりえにはそれを知られたくない。なにかメッセージを送って誤魔化そうか。でも、なんて送れば誤魔化せるのだろう。

 文面を考えているあいだに、メッセージが返ってきた。

『さっそく読んでくれてありがとう、前受金は振り込んでおくね~。銀行口座、前に仕事してもらった時から変わっている場合は返信してね』

言葉遣いはいつもどおり砕けているけれど、内容は業務連絡そのものだ。

経済状態についてごくさりげなく根掘り葉掘り聞かれずに済んだことに、ひとまずほっとする。でも、まりえらしくない。もっとあれこれつっこんでくるかと思っていたのに。

私はコーヒーを啜った。淹れてからそんなに時間が経っていないのに、すっかり冷めて苦みが増している。

なんだか部屋がひんやりしている。まだ十一月にもなっていないし、温暖化の影響でいつまでも暑い日が続いていたのに、めっきり寒くなった。秋をとびこして、冬がやってきたのかもしれない。

温かい飲み物が恋しかったが、冷たいコーヒーで我慢して読書を再開した。