だが、凛が信楽の茶器を手に持っているのに気づいた丹造の顔が、みるみる般若のような形相へと変わっていく。
 
「叔父様……」
 「お前、それを視たのか」
 「え?」
 「〝視た〟のかと聞いている! お前は物の記憶を視るとか言う人外の力があるというじゃないか! お前はそれを使って〝視た〟のか!?」

 怒鳴りながら問いただされることに恐怖もあったが、それと同時に真実を確かめたいという気持ちが勝った。
 だから声の震えを抑えながら丹造に尋ねた。

 「叔父様が、運転手に薬を盛って事故を起こしたんですか? そうやってお父様とお母様を殺したんですか?」
 「やはり視たのだな。あぁ、そうだ!」
 「どうして? 叔父様とお父様は兄弟ではないですか? 叔父様にとって、お父様は実の兄ではないですか!」

 「だからだよ。ふん、口を開けばみんな兄、兄、兄、兄! 親父も、お前の母親も、みんな、兄さんばかりを優遇してやがって。確かに兄は容姿に優れて、勉強も運動もできた。周囲からちやほやされて、いい気になりやがって。だから陰で俺を見下していたに決まってる! でもな、外面が良くてちょっと容姿が優れてるからっていっても、あいつには商才なんてなかった。だから俺は親父に言ったんだ。俺の方がこの冴咲家の財をもっと増やせると、商売をうまくやれるってな。なのに、親父は口を開けば『長子しか家は継げない』『お前には能力がないから駄目だ』とぬかしやがる!」

 丹造は吐き捨てるようにそう言うと、凛を睨みつけた。

 「お前は母親に似ているな。あの女だって、本当は俺が先に目を付けていたのに、兄さんが横から奪いやがった。あの女も女だ。冴咲の財産に目がくらんで兄さんを選んだ! だから奪ってやったんだ。あいつから全部!」

 能力というのは凛の持つ人外の力の事だろう。
 この力は冴咲家の長子にしか受け継がれない。
 それを丹造は知らないのだ。だから祖父や父が言う能力を、他の才能だと捉えてしまった。
 兄に対する僻み。
 そんな身勝手な理由で、父も母も運転手も命を奪われたと知った凛は衝撃を受け、言葉を失った。

 「華絵が蔵で何かをやっているようだったから様子を見に来てみて正解だった。凛、お前にはここで死んでもらう」

 目がぎょろつかせ、ぎらぎらと光らせながら、丹造が凛の方へと一歩一歩と近づいてくる。
 丹造の異様な様子に、凛は思わず一歩一歩と後退った。

 「な、なにをするつもり……?」
 「ふっはははは! 余計なものを見なければ見逃してやったものを!」

 丹造は凛を睨みつけながら、棚に置かれた青銅(ブロンズ)でできた異国の女神像を手に取る。
 その目は既に人の目ではなかった。
 異形の者。邪鬼。般若。
 あらゆる邪悪な異形の物を彷彿とさせる目で、凛を見据えながらこちらへとやって来る。
 殺気を感じ、凛の背にひやりとした汗が流れた。
 
 「死ねええ」
 ぶんと空気を震わせ、音を立てながら丹造はブロンズ像を凛へと振り下した。
 「!」

 凛は息を呑みながら、反射的に身を捩ってそれを避けた。
 だが丹造はゆらりと体を起こすと体を反転させ再び凛へと向かってくる。
 恐怖で足がすくむ。何とか逃げようとしたが、気づけば壁際に追いやられていてこれ以上逃げることはできない。

 (殺される!)

 そう思った時には、凛の目に丹造が迫り、ブロンズ像を振り上げていた。
 天窓から差し込む光が、振り下ろされるブロンズ像を照らし、それを丹造が大きく息を吸って力の限り振り下そうとしている姿が、やけにゆっくり見えた。
 そしてガツンという音と共に、頭に衝撃が走る。

 「うっ……!」

 同時に体が床に転がるのを感じた。
 余りに痛みに顔を顰めた。
 額に激痛が走り、生暖かい物が流れているのを感じる。
 何とか見上げると髪を振り乱し、大きく肩で息をしている丹造の姿があった。

 「ふん……手間をかけさせやがって」

 凛の視界がぼうっとしてくる。

 (あぁ、私はここで死ぬのだわ)

 そう思った凛はゆっくりと目を閉じる。もう目を開ける力も残っていなかった。
 暗闇に閉ざされた凛の目裏に浮かぶのは、紫呉の姿だった。

 (あぁ……最後に紫呉様にお会いしたかった。そして伝えたかった)

 感謝の言葉を。そして好きだという気持ちを。
 凛の心を後悔が占める。
 先ほど華絵と話して気づいた。
 紫呉と離れたくない。ずっとそばに居たい。最初は人外の力を持つ自分を受け入れてもらえたことが嬉しくて、屋敷に住まわせてくれたことに恩を感じ、人として好きだと思った。
 だけどそれは違うのだ。

 (私は、紫呉が好き。たとえ紫呉様に相応しい女性でないと分かっていても、この気持ちを消すことはできない)

 凛の意識が遠のいていく。
 その時、どんという音がしたかと思うと、丹造が動揺の声を上げた。突然の闖入者に丹造が動揺している。

 「なんだ!?」
 何が起こったのかと、凛は力の限りで目を開けると、そこに見えたのは紫呉の姿だった。
 「凛!」
 「紫呉……さま……」
 何とか声を振り絞り、その名を呼ぶと、紫呉が凛を見た。
 「だ、誰だ貴様は!」
 「どけ!」

 紫呉が手を一薙ぎしたかと思うと、気づけば丹造が横に吹き飛ばされていた。
 丹造の体は棚をなぎ倒していく。バキバキという棚が割れる音と、ガシャンという陶器が割れる激しい音が蔵の中に響いた。

 「凛! 大丈夫か!」
 「紫呉さま……」
 幻ではないのだろうか? 都合のいい夢を見ているのだろうか?
 「一目、お会いできて……良かった」
 「血が……!」
 紫呉が凛の額から流れ落ちる血を見ると、心配そうに凛を見ていた紫呉は怒りで顔を歪ませた。
 「おのれ、丹造!」

 優しく凛を寝かした途端、紫呉の顔は憤怒の表情で染まっている。
 紫呉の周りに旋風が吹き荒れたかと思うと、その風は炎を纏い、周囲を燃やし始めた。
 中央に立つ紫呉の髪の毛は燃え盛る炎のように赤く染まり、目は金色に変じて激しい怒りを宿していた。
 その姿はまさに鬼神であった。

 「ひいい」

 腰を抜かした丹造を、紫呉は睨みつけると、手を前に突き出す。その途端、丹造は息が出来なくなり、自らの首をひっかき始めた。
 それはまるで首を絞めつける縄をほどこうとしているように見えた。
 丹造は苦悶の表情を浮かべながら何とか息をしようとするのだが、口から空気を取り込むことができず、ただ声にならない音が出るだけであった。
 紫呉は丹造の様子を紅蓮の炎のような殺気を向けて睨みつけていた。

 「時鬼の力で潰そうと思っていたが、面倒だ。鬼神の力で殺してやる」