「やあ、どうも。ナギサさん。準備はできてますよ」
数日後、朝からヒカリに教えられた建物に向かうと、建物の入口辺りに砂や砂利が詰まれていた。更に、ヒカリの他にもう一人洋服を着た男が鋤のようなものを手に待っている。
他には樽の中に灰色の砂のような物と、別の樽に水が準備されている。灰色の砂以外はどこにでもあるような物ばっかりだ。
「これで、石が作れるの?」
「はい。百聞は一見に、と言いますし、早速はじめましょうか」
ヒカリが意味ありげに笑うと洋服の袖を捲る。ふわりとした印象だけど、服の下から姿を見せた腕は農夫のように鍛えられていた。
よしっ、と一声吐いたヒカリがもう一人の男に合図を送ると、二人は普通の砂と灰色の砂を板の上に撒き始めた。
「その灰色の砂は?」
「セメント、というものです。石灰石や粘土を焼いて、石膏を加えて粉末にしたものですね。これが接着剤の役割を果たして、砂や砂利をくっつけるんです」
二種類の砂――片方はセメント――が積み上がると、ヒカリたちは砂を挟んで向かい合うように立ち、鋤を使って砂とセメントをかき混ぜはじめる。少しの間その作業をして、砂とセメントがしっかりと混ざり合うと、砂の山の真ん中を窪ませて、そこに砂利と水を加える。
ヒカリは一度額を拭うと、再び鋤を使って砂と砂利と水をかき混ぜていく。ザクザクという砂利や砂が重なる音と、ヒカリたちの息遣い。石を作るというから来てみたものの、何やら奇妙なものを見せられている気分だった。
「これで、コンクリートの練り混ぜは完了です」
ふう、と息を吐いて鋤を地面についたヒカリの前に広がっているのは、ドロリとした灰色の液体だった。セメントとやらの色が全体を覆っているようで、確かにその色は海で見た石の棒の色に近い気がする。
「ドロドロじゃない」
「これが、しばらくすると固まるんですよ」
ヒカリが得意げに笑うけど、俄かには信じられなかった。目の前のドロドロとした液体が固い石のようになるとはとても思えない。水のような物を固める菓子はいくつか知っているけど、どれも柔らかかったはずだ。
その間に、もう一人の男が鉄の筒のような物を何本か持ってきた。太い竹の一節分くらいの大きさ。ちょうど海で見た石の棒と同じくらいだった。
縦向きに置かれた鉄筒にヒカリは鋤を使ってドロドロで灰色の液体を半分くらい詰めると、もう一人の男が細長い鉄の棒でザクザクと筒の中を突いて、木槌で筒の側面をコンコンと叩いていく。
「何をしているの?」
「空気を抜いてるんです。こうしてやらないと、筒の隅々までコンクリートが行きわたらないですし、脆いコンクリートになってしまう」
「へえ」
ヒカリの言うことは分かったようなわからないような感じだったが、木槌で叩き終ると更にドロドロの液体を筒に注ぐ。そんなことを二、三回繰り返して、鉄筒がいっぱいになると、ヒカリはもう一度額を拭った。
「あとは、固まるのを待ちます」
「これで終わり?」
思い出したのは、遥か昔に見たことのある漆喰を作る工程だった。粉と砂と水を混ぜるという意味では似ていると思うけど、漆喰には海藻やら藁やらを入れていたと思うし、石と比べればそこまで固くはなかったはずだ。
「主な作業としてはこんなものですね。固まったら水の中で一ヶ月ほど寝かせますが」
一つ頷いたヒカリが言うには、水の中に一ヶ月ほど置いておくとコンクリートは更に固くなるのだという。それ以前に、目の前のドロドロした液体が本当に固まるのかがまだ信じられないのだけど。
ヒカリが指示を出すと、もう一人の男がてきぱきと砂や砂利を片付けていく。年恰好はそんなに変わらないように見えるけど、もしかしたらヒカリはそれなりに偉い人間なのかもしれない。
「ところで、ナギサさん。今日はこの後、時間ありますか?」
一歩こちらに近づいてきたヒカリはどこかソワソワしているように見えた。これは、出会ってから初めて見る表情だ。
「どうして?」
「コンクリートが固まるまでただ待っているというのも暇ですし、せっかくのいい天気ですからね」
ヒカリにつられるように空を見上げると、なるほど雲一つない蒼い空が広がっている。空から注がれる陽気は冷涼な大地を温かく照らしていて、春らしい穏やかさを北の国の地に描いていた。
「待っている間、ピクニックというものに行ってみませんか?」
少し緊張の色味を混ぜつつニコニコと笑うヒカリが、またわけのわからないことを言い出した。
数日後、朝からヒカリに教えられた建物に向かうと、建物の入口辺りに砂や砂利が詰まれていた。更に、ヒカリの他にもう一人洋服を着た男が鋤のようなものを手に待っている。
他には樽の中に灰色の砂のような物と、別の樽に水が準備されている。灰色の砂以外はどこにでもあるような物ばっかりだ。
「これで、石が作れるの?」
「はい。百聞は一見に、と言いますし、早速はじめましょうか」
ヒカリが意味ありげに笑うと洋服の袖を捲る。ふわりとした印象だけど、服の下から姿を見せた腕は農夫のように鍛えられていた。
よしっ、と一声吐いたヒカリがもう一人の男に合図を送ると、二人は普通の砂と灰色の砂を板の上に撒き始めた。
「その灰色の砂は?」
「セメント、というものです。石灰石や粘土を焼いて、石膏を加えて粉末にしたものですね。これが接着剤の役割を果たして、砂や砂利をくっつけるんです」
二種類の砂――片方はセメント――が積み上がると、ヒカリたちは砂を挟んで向かい合うように立ち、鋤を使って砂とセメントをかき混ぜはじめる。少しの間その作業をして、砂とセメントがしっかりと混ざり合うと、砂の山の真ん中を窪ませて、そこに砂利と水を加える。
ヒカリは一度額を拭うと、再び鋤を使って砂と砂利と水をかき混ぜていく。ザクザクという砂利や砂が重なる音と、ヒカリたちの息遣い。石を作るというから来てみたものの、何やら奇妙なものを見せられている気分だった。
「これで、コンクリートの練り混ぜは完了です」
ふう、と息を吐いて鋤を地面についたヒカリの前に広がっているのは、ドロリとした灰色の液体だった。セメントとやらの色が全体を覆っているようで、確かにその色は海で見た石の棒の色に近い気がする。
「ドロドロじゃない」
「これが、しばらくすると固まるんですよ」
ヒカリが得意げに笑うけど、俄かには信じられなかった。目の前のドロドロとした液体が固い石のようになるとはとても思えない。水のような物を固める菓子はいくつか知っているけど、どれも柔らかかったはずだ。
その間に、もう一人の男が鉄の筒のような物を何本か持ってきた。太い竹の一節分くらいの大きさ。ちょうど海で見た石の棒と同じくらいだった。
縦向きに置かれた鉄筒にヒカリは鋤を使ってドロドロで灰色の液体を半分くらい詰めると、もう一人の男が細長い鉄の棒でザクザクと筒の中を突いて、木槌で筒の側面をコンコンと叩いていく。
「何をしているの?」
「空気を抜いてるんです。こうしてやらないと、筒の隅々までコンクリートが行きわたらないですし、脆いコンクリートになってしまう」
「へえ」
ヒカリの言うことは分かったようなわからないような感じだったが、木槌で叩き終ると更にドロドロの液体を筒に注ぐ。そんなことを二、三回繰り返して、鉄筒がいっぱいになると、ヒカリはもう一度額を拭った。
「あとは、固まるのを待ちます」
「これで終わり?」
思い出したのは、遥か昔に見たことのある漆喰を作る工程だった。粉と砂と水を混ぜるという意味では似ていると思うけど、漆喰には海藻やら藁やらを入れていたと思うし、石と比べればそこまで固くはなかったはずだ。
「主な作業としてはこんなものですね。固まったら水の中で一ヶ月ほど寝かせますが」
一つ頷いたヒカリが言うには、水の中に一ヶ月ほど置いておくとコンクリートは更に固くなるのだという。それ以前に、目の前のドロドロした液体が本当に固まるのかがまだ信じられないのだけど。
ヒカリが指示を出すと、もう一人の男がてきぱきと砂や砂利を片付けていく。年恰好はそんなに変わらないように見えるけど、もしかしたらヒカリはそれなりに偉い人間なのかもしれない。
「ところで、ナギサさん。今日はこの後、時間ありますか?」
一歩こちらに近づいてきたヒカリはどこかソワソワしているように見えた。これは、出会ってから初めて見る表情だ。
「どうして?」
「コンクリートが固まるまでただ待っているというのも暇ですし、せっかくのいい天気ですからね」
ヒカリにつられるように空を見上げると、なるほど雲一つない蒼い空が広がっている。空から注がれる陽気は冷涼な大地を温かく照らしていて、春らしい穏やかさを北の国の地に描いていた。
「待っている間、ピクニックというものに行ってみませんか?」
少し緊張の色味を混ぜつつニコニコと笑うヒカリが、またわけのわからないことを言い出した。