玖多留(くたる)の海に春が訪れる。
 開拓時代に北海道の玄関口として栄えた玖多留の港には、玖多留運河と呼ばれる人口の川と、その両岸には石造りのノスタルジックな倉庫が並び立ち、長期連休には多くの人々で賑わっていた。
 今も、若者たちのグループが興味深そうに倉庫群を見渡している。だけど、手元のガイドと建物を見比べて難儀しているように見えた。

「こんにちは。旅人さん」

 声を掛けると、若者たちがドキリとしたように振り返る。

「もしよければ、この港を案内させてくれないかしら?」
「ああ。お姉さん、ガイドの方ですか」

 一歩歩み寄ってきた男の子が、ホッとしたように息をつく。旅先で声をかけられて警戒していたのかもしれない。
 
「案内って、お金、かかるんですか?」
「いいえ。これは趣味みたいなものだから」

 若者たちがお互いに顔を見合わせて「どうする?」と相談している。
 突然現れた私のことをいぶかしんでもいるようだけど、それも旅先のことと楽しむことにしたらしい。

「それじゃあ、お願いします」
「ええ、わかったわ。始まりは今から百三十年程前。その頃の玖多留の港を訪れる船は、日本海の荒波に悩まされていた――」