「迎えに来た」
 告げる声は鳳羽のもの。
「ここに力を持ったまま留まることはできないから。もう行くね」
 羽月はそう言って立ち上がる。
 ぬくもりの残る手を握りしめ、凪もまた立ち上がる。
 羽月が障子を開けると、春の夜のまだ冷たい空気が肌を撫でた。
 庭の桜は満開で、はるか上空には満月がおぼろに輝いている。
 鳳羽は優しく羽月の肩を抱き、凪に目をやる。
「彼女は私が幸せにする」
 安心させるように言うその言葉に、凪は頭を下げる。
「お姉ちゃんをお願いします」
 鳳羽は頷き、縁側から空へと飛びあがる。と、その姿は白銀の蝶へと変化した。
 羽月は着物を脱ぎ棄てた。
 美しい白い裸体が朧月夜に照らされて浮かび上がり、その背には金色の蝶が羽を広げている。髪をまとめたかんざしを引き抜くと、黒髪は蜜のような黄金へと変わり、するりと背を覆い隠した。
 羽月もまた縁側から、とん、と飛び出す。
 見る間に黄金の蝶へと変化し、白銀の蝶に続く。
 凪は思わず庭に駆け出て蝶を追いかけた。
 金と銀の蝶が仲睦まじく朧月夜にひらひらと飛んでいく。金銀の鱗粉が舞い、まるで幻想の世界のように空気のすべてがきらきらと輝く。
 満開の桜の下で凪は、楽し気に舞う姉の姿をいつまでもいつまでも見送っていた。