「捕まえろ」
 周之助の命令で、正一はすぐに羽月に大股に寄る。
「お前、逃げやがって!」
 正一は立ちすくむ羽月に大股に寄るとその頬を張った。
 痛々しい音とともに、羽月は床に倒れ込む。蝶のかんざしが髪から抜けて、かしゃんと板の間に落ちた。
「お姉ちゃん!」
 凪が声を上げて、羽月を守るように覆い被さる。
「私がいればお姉ちゃんには手を出さない約束よ!」
「うるさい、お前ごときの言うことなど聞くか!」
 正一が凪を蹴飛ばし、彼女はたやすく転がった。
「なんてことを」
 羽月はぎりっと正一をにらんだ。
 彼をこんな目で見るのは初めてだった。いつもどれだけ虐げられても、自分の境遇を嘆くことはあれど彼を恨んだことなどなかった。
 だが、凪を、大切な妹を虐げるのであれば話が違う。
「早く捕まえろ」
 周之助が催促し、羽月の腕を掴む。
「言うことを聞かなければ凪がどうなるか、わかるな」
 正一の言葉に羽月は青ざめた。
「なんと卑劣な」
 羽月の言葉を、正一は鼻で笑う。
 彼女はなすすべもなく、ただ彼をにらむことしかできなかった。