『お姉ちゃん……』
 凪はそうつぶやいて涙を零す。
「凪!」
 思わず鞠を落とし、水面に波が立つ。
 それきり、凪の姿は映らなくなった。
 羽月はいてもたってもいられず駆け出した。
 正一は凪を傷付けることはないと言っていた。
 なのに、凪は血を取られている。
 だが、すぐに原因に思い至る。
 凪を傷付けないというのは自分という血の(にえ)があればこそ。
 いなくなった現在、血を搾り取れるのは同じ血をひく凪しかいない。
 高くそびえる門をまろぶように走り出ると、なぜか大燕の屋敷のそばに出ていた。長く続く白い壁の先に大燕家の数寄屋門が見える。
 羽月は急いで門へと駆けた。
 幸せでいてほしいのに。
 羽月の息はすぐに切れた。喉や胸が痛くなるが、そんなことに構っていられない。
 刃物で自らを傷付ける痛み。治るものとわかってはいても痛みは生じるのだし、その血を元に戻すにはひと月を要する。
 髪や着物の裾が乱れるのも構わずに走り、大燕家を目指し、閉じられた門を開けてくぐる。
「あ! お前は!」
 使用人のひとりが声を上げる。
 かまわず走り抜け、かつて自分が住まいとさせられていた小屋に向かう。