腕に鋭い痛みが走ると同時に、赤いものがたらりと流れる。
 滴る雫は、障子越しの薄い光を浴びて黄金にきらめいた。
 ぽたりぽたりと垂れて、畳に置かれた盆の上、白く小さな徳利に吸い込まれるように注がれる。
 大燕羽月(おおつばめはづき)は腕の痛みを遠く感じながらぼんやりとそれを眺めた。
 一合ほどの虚ろを鮮やかに満たしたころ、傷口はふやふやとふさがり始め、やがては一筋の跡も残さず消えた。
「ほんとに気持ち悪いな、お前は」
 夫である正一が鼻に皺を寄せて羽月をにらむ。
「この血がなければさっさと離婚したものを」
 羽月は黙ってうつむくことしかできない。
 十五歳で嫁いで彼の妻として過ごして三年、彼から愛を向けられたことなど一度もない。
 彼にとって大事な彼女の仕事といえば週に一度、こうして腕を切られて血を流すことだけだった。
 これが彼女のこの家での大きな仕事であり、それ以外に存在意義はなかった。
 血を流すのは週に一度の彼女の義務。この血は万病に効く妙薬として売られているらしいと聞いた。それを取り仕切るのは夫の祖父の周之助で、当主である彼には誰にも逆らえないのだという。
「このあと大事な話がある。ここで待っていろ」
 正一は徳利を持って座敷を出て行き、羽月はぽつねんと残された。
 開けられた障子から見える庭には小雪が舞い、春の到来はまだまだ先のように思われた。