妻と私は、海外旅行先のエジプトで出会った。

初エジプト旅行の私は、初日からスリに会ったり、ホテルのシャワーの湯が出なかったり、合わない食事で腹を下してトイレと友達になったり、道を歩けばずっと何かを買えとしつこくついてくる客引きがいたりと、最悪な気分だった。
「何がエジプト旅行で、世界遺産を観光して歴史の深さを知ろうだ。」
吐き捨てるように言った。
 
せっかくなので、ピラミッドを観光するツアーに申し込んでいたが、勝手にラクダに乗るプランも追加されてしまった。あまりの暑さで目眩がして、倒れそうだった。すぐにでも帰りたかった。
ガイドに、強引に
「絶対後悔しないから。いい経験になるから。」
と英語で言われ、断るのも面倒だったので、しぶしぶ臭いラクダにまたがると、横のラクダに乗っていたのが彼女だったのだ。

私は、彼女の容姿に目が釘付けになった。今までの最悪な気分が浄化して、頭痛も目眩もシュワシュワ溶けていく感じがした。
瞳の色がブルー、ブロンドヘアの背が高いモデルのような美しい女性だった。
彼女が、私に
「いい写真になるよ。似合ってる。」
と何と日本語で話しかけてきたのだ。
「な、なんで日本語?え、俺、日本人って分かった?」
驚いて、しどろもどろしてると、
「あなたの英語、日本人特有の訛りがある。私、日本のマンガ好きで、YouTubeで独学した。」
と言ってのけた。
私が、中学生から20年近く頑張ってきた英語より、彼女の日本語の方が遥かに素晴らしく、舌を巻いた。
「俺が昇進のため、TOEIC800点取るのに、どれだけ苦労したか、何の意味があったんだ、クソ。」

彼女の名前は、ダリアだと言った。
「ダリア、ダリア。ダーリア。ダリア。」
と、私が彼女の名前を何回か呟くと、
「ダレーでいいよ。」
と言われた。私のLの発音が日本人訛りで変なのかなと恥ずかしくなったが、遠慮なくそう呼ばせてもらうことにした。

気の合った私達は、エジプト旅行そっちのけで、互いの泊まっているホテルで、趣味のマンガや映画の話をして過ごした。そして、そのままそういう関係になり、何度も一緒に寝た。
「あなたみたいに、背が高く、ハンサムな日本人男性、初めてだわ。」
彼女はそうお世辞を言った。
あっちの方も彼女はすごく積極的だった。昔いた、日本人の彼女達はそんなことしてくれなかったし、させてくれなかった。顔だけでなく、身体の造形のどこもかしこも美しかった。私はたちまちダレーに夢中になっていた。

誰にも言ったりしないが、私は面食いだ。自分自身の容姿が劣っているから、余計美しい者にしか興味がない。年頃の時は、鏡を見る度に自分を殺したくなった。希死念慮が消えることは無かった。美しくない者は無意味だ。美は正義だ。美しい者は見るだけで人を幸せにする。私はダレーの美しさに魅了され、自分の醜さをすっかり忘れて、幸せの絶頂にいた。

そして、帰国後もダレーと連絡を取り合った。
数ヶ月後、彼女からテレビ電話でこう告げられた。
「私、妊娠したわ。もちろん、あなたの子よ。」

ダレーは、すぐさま日本に来ることになり、私達は結婚した。
数ヶ月後、エマが生まれた。
私は宗教心のカケラもない男だが、神が丹精込めて、非常に丁寧に作った最高に美しい人間の形を、天使のようだとありがたく感謝した。エマは赤ん坊、また、少女にして既に美しかった。

一方、妻のダレーには、私は全く興味が無くなってしまった。
妊娠で30キロ以上増え、出産後も体型や体重が戻らず、ゴージャスで美しかったブロンドの髪も薄くなっていた。肌にはシワやソバカスが目立ち、化粧っ気が無くなり、文字通り、美しくなくなった。私は妻に全く欲情しなくなってしまったのだ。
妻からのベッドへの誘いを何とか、いつも疲れているからとか、明日早いからと言って誤魔化して、もう十数年になる。どうしても積極的なダレーを断れない時は、部屋を暗くして、エマの顔や身体を想像して、行為を行った。
時々、脱衣所や風呂場で見るシルエットや、ルームウェアの隙間から見える白い肌を思い出しながら。
「あぁ、エマ。世界で一番美しいエマ。エマが一番キレイだ。」
と、心の中で叫びながら、私は果てた。