ハル君が教室で叫んだあの日から二週間。
 あの一件で、みんながあたしのコンプレックスを知ってくれたお陰もあって、あれから身長の事で弄られる事はなくなった。

 ほんと。
 あたしからしたら、それだけで随分気持ちも楽。ほんと、ハル君様々だよね。

 ちなみにハル君の方はというと、あの日の事が影響したのか。一部の男子に距離を置かれてる感じはある。
 でも、彼の優しさを理解してくれた男子もいたみたいで、一緒に話をしてくれてる友達もできたみたい。

 その光景を見て、あたしは内心めっちゃほっとした。
 あの日叫んだ原因はあたしにあったわけだし、そのせいでハル君が嫌われ者になったら、どうしようって思ってたから。
 お互いに友達もできて、平穏な学校生活が送れてる。それが本当に嬉しい。

 ちなみにハル君は、あれ以降あの日の事に触れようとしないし、全然気にしない素ぶりをしてくれてる。
 多分、あたしがまた落ち込んだり、コンプレックスで苦しんだりしないようにって、凄く気を遣ってくれてるんだと思う。

 そういう所も彼の魅力。
 やっぱり幼馴染力が違うよねー。
 ……そう。多分、幼馴染力だよね……。

 あの日の帰り。冗談交じりにあたしを弄り、笑ってくれたハル君の優しさに、あたしは素直になれなかった。
 でも、恋心はより強くなったの。

 いや、だって。

  ──「ありがと」
  ──「いいって。但し、次に礼を言う時は、ちゃんと笑えよな」

 あんな事を、あんな笑顔で言われたんだよ?
 惚れ直すに決まってるじゃん!

 だからこそ、あの日の夜、あたしは改めて決意したの。
 絶対にハル君に告白するんだーって。
 ……まだ勇気が持てなくって、何も進展してないけど。
 
 ま、まあ。想うのはタダだしー?
 ハル君ってあたしの事、ただの幼馴染って思ってるかもしれないじゃーん?
 まだまだ高校生活も始まったばかり。だから、少しは両想いかな? って分かってから、告白しよっかなーって思ってるだけなんだけど。

 ……やっぱあたしって、意気地なしだ。保険がなきゃ、告白もできないとか。
 でも、フラれて今の関係がギクシャクしても嫌だし……。
 この身長で彼の気を引くのなんて、無理に決まってるし……。

 結局、中学の時から変わらないネガティブ思考のせいで、あたしはこんな考え方しかできてない。

 それでも、マイペースに恋できればいっか、なんて、心にある不安をごまかして、もう少し様子見しながら過ごそうと思ってたんだけど。
 ……新しくできた()()()()()()()相手には、そうもいかなかったの。

      ◆   ◇   ◆

 放課後。
 学校の最寄り駅側にあるファミレスで、あたし達は飲み物を準備し終えると、窓際の四人席に戻っていった。
 最初に来た頃は、あたしの身長の高さに店員さんやお客さんの奇異の目が向いてたけど、友達付き合いができてそこそこ通うようになったから、最近はそうでもなくなってホッとしてる。

「では、本日のアオハル会議を始めまーす!」

 全員が座ったのを確認し、笑顔で手を上げ声高らかに宣言したのは、あたしの隣に座っている、茶髪のツインテールが似合う女子。花澤(はなざわ)結菜(ゆいな)

 向かいには、藍色のぼさっとした髪をそのままに、じーっとこっちを無表情で見ている、陰キャっぽさを隠そうともしない、ダウナー系の蔭野(かげの)妙花(たゆか)

 そして、斜め前に座る金髪ポニテでメイク濃い目のギャル、宇多(うた)ちゃんこと宇多(うた)(かなで)は、スマホを鏡代わりに、前髪のチェックに余念がない。

 あたしが、クラスメイトであるこの三人と友達になった理由。
 それは、どっちかといえば、彼女達の()()()がきっかけだった。

      ◆   ◇   ◆

 ハル君が叫んだ翌日の放課後。

「美ー桜ーちゃーん。一緒にかーえろっ!」

 突然あたしに馴れ馴れしく声を掛けてきた結菜は、後ろを付いてきた宇多ちゃんと妙花と一緒に、突然あたしの席を囲んできた。

「え?」
「ほーらー。ささっと立って!」
「え? え?」

 それまで全く絡みがなかったから、思わず困惑するあたし。
 でも、そんなの関係なしに、結菜があたしの手を引っ張って、無理矢理席から立たせる。

「えーっと。確か……ハル、だっけ?」
「え? そ、そうだけど……」
「悪いけどー。この子借りてくねー」

 その間に宇多ちゃんは、何故かハル君の所にあたしを連れて行く許可を貰いに行ってた。
 状況が飲み込めないハル君。
 でも、宇多ちゃんのギャルらしい妙に圧のある態度に、

「えっと……いい、けど?」

 彼もよくわからないまま、そう返事しちゃったんだって。

 翌朝の登校時。
 勝手にOKしてごめんって、ハル君があたしに謝ってくれた時。

  ──「あれって、俺に許可いったのか?」

 なんて、困惑して聞いてきたけど、勿論あたしだってそう思う。

 確かにあたし、ハル君と一緒に帰る気満々だったよ?
 だけど、ハル君がそうだったとは限らないじゃん。
 まあ、それ以前にちゃんとあたしに許可を貰ってほしかったんだけど……。

 と、そんな話は置いといて。
 そのままあたしを強引に連れ出した三人は、今日みたいにあたしをファミレスに連れ込んだんだけど。席に付いて最初の一言は、結菜のこんな問いかけだった。

「ね? 美桜ちゃん。私達と友達になろ?」
「へ? 何で?」

 あたし、素でそう返してた。
 いや、だって。まだ学校に来て三日目。その間、彼女達と話したことすらなかったんだよ?
 そんな状況で急にそう言われたら、こんな反応にもなるじゃん。
 
 しかも、理由がまた凄かったの。

「アオハルの波動、感じたから」
「ほーんと。あそこまで完璧なアオハル、早々見れないっしょ」
「うんうん! 幼馴染の彼と、これだけの身長差! あれはもう、アオハル待ったなしだもんね!」

 ぼそっと口にした妙花に、相槌を打つ宇多ちゃんと結菜。
 これを聞いて、あたしは意味なく色々考えちゃったよね。

 まず、アオハルの波動って何よ。
 とある格ゲーの超必殺技よろしく、背中を向けながら『春』とか出しちゃうわけ?

 それから、多分この話のきっかけは、昨日の放課後の一件だとは思ったよ?
 でも、そもそも急にアオハルって言われても、こっちだって困惑もするじゃん。
 そんなこと考えてるうちに、なんか馬鹿にされてる気持ちになって。

「え、えっと。それって、あたしを弄って楽しみたいだけ?」

 前は先輩に遠慮して何も言えなかったくせに、この時のあたしはさらっとそんな本音を口にしてた。

 でも、彼女達はこっちの言葉を聞いても動揺すらしないで、また勝手に盛り上がり始めたの。

「そうじゃなくってー。私達、二人の恋を応援したいの!」
「そういう事。美桜っちってさー。絶対ハルって子の事、めちゃラブっしょ?」
「え? え?」

 結菜に続いた宇多ちゃんの一言。
 勿論図星なんだけど、いきなりそんな事を言い出されて、恥ずかしさ以前に困惑しちゃったんだけど。宇多ちゃんは、そんなあたしを見てにまーっと笑う。

「隠しても無駄だってー。クラス初の幼馴染カップル誕生とか、最高じゃん?」
「うんうん! そして私達にも彼氏できたら、みんなで遊園地でデート! 夢が広がるよねー!」

 結菜も宇多ちゃんも意気投合してたし、妙花も何も言わず、うんうん頷いてる。
 でも、あの日のあたしは、ここでもうぽかーんってしてた。

 だって、あたしの恋の話だけじゃなく、三人も恋人作る話までしてるんだよ? どういう事? ってなるじゃん。
 
「って事でー、美桜ちゃん。今日から私達、友達になろ? きっと二人の恋にも良いことあるよ?」

 くりっとした大きくて可愛い目で、こっちに笑顔を向けてくる結菜。
 宇多ちゃんのギャルらしいドヤ顔の笑みと、じーっと無表情にこっちに目を向けてくる妙花の圧もあって、結局断りきれなかったあたしは、そのままなし崩しに三人と友達になる事になったの。

      ◆   ◇   ◆

 まあ、そんな感じで始まった友達関係だけど、一緒に遊びに行ったら楽しかったし、癖はあるけど肩肘張らず付き合える所が中学時代の友達とそんなに変わらなくって、個人的にはほっとしてたりする。

 ただ、一応あたしの恋も応援してくれてるけど、ちょっと急かされてる感は否めないんだよね……。

「って事でー、美桜ちゃん! 現状報告ー」
「どうせ進展なしでしょ?」

 結菜の一言に、視線すら合わせず、さらっとツッコミを入れた宇多ちゃん。
 あたしはそんな彼女にぐうの音もでず、「あははは……」と乾いた笑いを浮かべる。

 ふーんだ。どうせ進展なんてありませんよ!
 内心そう思いながらも、口に出せないでいると。

「ったくー。幼馴染でお隣同士。高校も同じで一緒に登校までしてるんでしょ? しかも(たゆ)っちに()()()()()()()、一緒に帰れる日まで教わっといて、流石にそれはなくなーい?」

 宇多ちゃんが呆れ声でこう言ってきた。

「べ、別に一緒に帰るだけで、ムードが良くなるわけじゃないしー? 中学でも結構一緒に帰ってて、結果今みたいになってるだけだしー?」
「ムードなんて作れば良いと思うけどなー。美桜ちゃんが好き好きアピールしたら、ハル君も意識してくれて、すぐに良いムードになるんじゃない?」

 ぐぬぬ……。結菜ってば、他人事だと思って……。
 確かに、そういう行動をすれば意識させられるって意味じゃ、正論といえば正論だけど……。

「あ、あたしはそんな事して、ハル君に軽い女って思われたくないんですー」
「じゃあ、どうやって、想いを伝えるの?」
「あ、えっと……その、タイミングが来たらっていうか、雰囲気が良さそうな時ができたらっていうか……」

 何かを見透かすかのように、じーっとこっちを見つめてくる妙花に、あたしは思わず口ごもりながら、曖昧な返事をする。

 そ、そんなのわかってたら苦労しないじゃん。
 だいたいハル君とは、十年以上幼馴染なんだよ?
 今までだって、ずーっとこの空気感でやってきてるわけで。そう簡単に何かが変わるわけないじゃん……。

「はぁ……」

 あたしの様子を見て、宇多ちゃんが呆れたため息を漏らす。
 どうせ先行きが不安って思ってるんだろうけど……あたしだって、そう思ってるもん……。

 そんな気持ちで俯いていると。

「仕方ないなー。あんまり手を貸しすぎると、アオハル感薄れちゃうかもだけど。(たゆ)ちゃんに、もうちょっと具体的に占ってもらう?」

 隣で相変わらずの笑顔を見せていた結菜が、そんな提案をしてきたの。