夕食は静かに始まり静かに終わった。

 貴族の間では食事は静かに。おしゃべりは厳禁。と言うのを忘れてたわ。ほんと、貴族の食卓は寂しいわよね。

「ガルズ様。男爵様とお飲みください」

 食堂を出る際、夕食で出そうとしていたお酒をナタリーさんに渡した。

 話の流れで出そうとしたのだが、話そのものがなかったから出せなかったのよね。

「酒精度が高いので氷か水で割って飲むようお伝えください」

 果樹酒を蒸留したブランデーと言うお酒らしく、かなり酒精度が高く、飲み慣れてないと、そのままは飲むのはキツいでしょうよ。

 男爵家の侍女さんを先導に部屋へと思ったら、なぜか談話室っぽいところに連れられて来てしまった。なぜに?

 談話室にはお茶が用意され、勧められるがままに席に座ると、ガルズ様の奥様と男爵夫人がやって来た。

「シャーリー嬢。お酒をありがとうございますね」

「いえ。夕食の席で出そうと思ったのですが、出せる間がなく、最後になって申し訳ありませんでした」

「堅苦しい夕食でごめんなさいね」

 と謝るのは男爵夫人。

「いえ。出発の準備で忙しい中、あんなに美味しい料理を出してもらえるなんて、どうお礼を申していいかわかりません。それに、あんなにたくさん食べてしまって恥ずかしい限りですわ」

 異次元屋に魔力を売ったのでお腹すいてたから、出されたものをすべて平らげてしまったわ。

「いいのよ。兵士を回復してくれたのだもの、お腹が空いて当然だわ」

 ナタリーさんに話したことが奥様たちに伝わったのだろう。やたらと料理が出て来たっけ。

「ありがとうございます。ところで、サンビレスでは食後こうしてお茶をするのですか? わたし、サンビレスの作法はあまり知らないので申し訳ありません」

 貴族の食卓に座ったことは何度かあるけど、場所をうつしてなんてなかったわ。

「いえ、そんなことないわよ。明日出発だからサルマーリ様とお別れの挨拶と思ってね。シャーリー嬢をお誘いしたのよ」

 誘われた覚えはないけど、それを言ったらいけないサンクチュアリ(よくおばあ様が言ってたわ)。軽く笑って流しましょう。

「そうなのですか。ありがとうございます」

 お茶を飲み、奥様たちと世間話。これ、普通の談話よね?

 よくわからない集まりだが、話の中からサンビレスのことが垣間見れてよかったわ。

 まあ、奥様たちもわたしとの会話から背後関係を探っているのでしょう。おば様に教えてもらわなければわからなかったでしょうね。

「明日から一日中馬車になるけど、シャーリー嬢は馬車は大丈夫かしら? 酔ったりする体かしら?」

「長時間馬車に乗ったことはありませんが、たぶん、大丈夫だと思います。乗馬はよくしますから」

 まあ、馬は馬でも天馬だけどね。あ、普通の馬にも跨がれるわよ。

「乗馬までやるの!?」

 驚く男爵夫人。そんなに驚くこと? 女性でも乗馬はするのに。

「はい。祖母の教育で、小さい頃から嗜んでおります」

 城には乗馬路がいくつかある。気持ちのよい日は乗馬を楽しんでるわ。

「シャーリー嬢は騎士の家なのかしら?」

「いえ、騎士の家ではありませんが、戦う術は教えられましたね。まあ、わたしは剣術とかの才能はないみたいで、並み程度にしか使えませんけどね」

 その代わり魔法は人並み以上どころか人の域から出てますけどね。

「それでも女性一人で旅をしているのだからお強いんでしょうね」

「強いかはわかりませんが、逃げ足は速いと思いますよ。走るのは得意ですから」

 毎日、とはいかないけど、晴れている日の朝は庭を走ったりする。体調がよければ二時間は全力で走ってられるわね。

「……シャーリー嬢のお家は変わってらっしゃるのね……」

「ふふ。そうですね。わたしもそう思います」

 世間知らずのわたしでもうちが普通とは言えないわ。いや、変わっていると断言したほうがいいくらいだわ。

「奥様。そろそろお休みになられたほうがよろしいかと。寝不足はよろしくありません」

「そうね。では、お開きにしましょうか」

 まだ寝るには早い時間だけど、明日から長旅が始まるのだから早く寝たほうがいいわね。

「シャーリー嬢も早くお休みなさいね」

「はい。お菓子を作ったら休みます」

 旅に出たらあんな立派な窯とは出会えないのだから逃したら後悔するわ。しっかり旅の間のおやつは確保しないとね。

 お別れ会? が終了し、わたしは、いや、ナタリーさんや男爵家の侍女さん、料理人さんたち全員でクッキーを焼くことになった。

 いいのかしら? などと思ったけど、数は力とばかりにクッキー作りに勤しんだ。