「あれ、すみません、つい寝ちゃって。内緒にしてくださいね」
 猫の声は若い男性のもので、花楓は目をぱちくりさせた。
 視線に気付いた猫の警察官は、金色の瞳で自分の手を見てハッとした。

「え、あれ、あ!」
 動揺した彼の口から慌てた声が漏れる。
 彼はしゅるしゅると人間の姿になり、花楓はあごが落ちそうなほどあんぐりと口を開けた。

「あ、あはは……もう遅いか」
 彼は恥ずかしそうに頭を掻く。
「あの……これも内緒にしていただけませんか」
 花楓はなにも言えずにただ彼を見つめる。
 優しそうな顔をした青年だった。噂で二十五歳だと聞いた。照れた顔は赤くなり、なんだかかわいらしい。

「えと……財布を拾ったので」
 花楓はようやくそれだけを言った。
「はい、拾得物の手続きをしますね。どうぞおかけください」
 花楓は机をはさんで置かれている丸椅子に座った。

 彼はなにごともなかったかのように制帽を拾ってかぶり、書類を取り出して花楓の前に差し出す。『習得物件預かり書』と題され、拾った日や場所などを書く欄が細切れに区切られている。
 指示されるとおりに書き、その間、ちらちらと彼を見る。

 まったく普通の人間に見えた。すべすべした肌に黒い髪、茶色の瞳。しゅっとした鼻筋に薄い唇、のどぼとけ。水色の半袖から伸びる腕は節ばっていて男らしく、どきっとして目を逸らした。

「花楓さん、良い名前ですね」
 書かれた名前を見て彼が言った。