花楓はそっと彼を押し返した。
「帰りたい。帰らせて」
「どうして。あの男はほかの女と結婚しようとしているのでしょう? そんな男のいる世界には返せない。あなたに万一のことがあったらどうするんですか!」
「それでも……帰りたい」
 こんなのは違う。心がそう叫んでいる。

「それだけはできません。いつかわかります、ここにいるのが正解なのだと」
「違う!」
 即座に花楓は否定する。
 頭に浮かぶのは陽乃真の笑顔だった。

 珀佳は傷付いたように顔を曇らせ、花楓は気まずくて目をそらした。だけど彼の悲し気な表情はすでに胸にやきついてしまい、彼女から離れない。
 もう二度と外には出られないのだろうか。

 せめて。
 花楓はぎゅっと拳を握りしめる。
 せめて、ハルさんに好きだと言えばよかった。
 あんな形で会うのが最後になるなんて。

『花楓さん!』
 どんどんという音とともに、声が響いた。
「ハルさん?」
 花楓ははっとして周囲を見るが、どこにも声の主は見えない。