失恋のことを言っているのだろうか。だけどなぜそれを彼が知っているのだろうか。
 いや、彼がイチョウの精霊であれば知っているはずだ。花楓はイチョウに失恋を告白したのだから。
 だけど、本当に彼は精霊なのだろうか。
 そう思ったときだった。

「ここはイチョウの木の中。外からは閉ざされた世界。なんの憂いもありません」
 いったいどういうことなのだろう。
 だけど、きっと普通じゃないことが起きている。

 急き立てられるように花楓は立ち上がり、彼の横を駆けて障子を開けた。
 廊下があり、その外側には和風の庭園が広がっている。
 出ようとした花楓は見えない壁に阻まれてそれ以上を進むことができなかった。

「どうして……」
 別の部屋と仕切られているだろう(ふすま)を開けて似たような和室の中へと一歩を踏み出すが、行った先は布団が敷かれた、先ほどまで自分がいた部屋だった。
「そんな……どうなってるの?」
 花楓は愕然と立ち尽くす。
 まるでメビウスの輪のように、何度部屋を出ても元の部屋に戻ってしまう。

「ここは私の力で作った世界ですから、私の許可なく出て行くことはできませんよ」
「どういうことなの?」
「かつて私は人間の女性を愛しました。ですが、その女性を救うことができませんでした。今の私なら力があります。あなたを救うことができます」
 きっと夢で見たあの女性だ、と花楓は気が付いた。だが。