幽霊が出るという覚えのない噂のせいで若者が肝試しに来たことがあった。
 来た記念に、と若者がナイフで幹に傷をつけたとき、痛みで思わず悲鳴を上げた。
 すると木の枝が落ちて来て、そのせいで彼はケガをして入院となった。

 枝が急に落ちたことで、木が痛んでいるのでは、倒れるのでは、と危惧した人々によって切り倒すことが検討された。
 やむを得まい、と彼は思った。

 だが、花楓をはじめとした保育園児が反対し、イチョウとともに時を過ごした老人たちが反対し、樹医が健康な木であると太鼓判を押したことで切り倒す計画はなくなった。

 傷を付けられて痛かったね、と花楓たちは木の肌を撫でてくれた。
 くすぐったかったけれど、彼女たちの優しさが嬉しかった。
 お礼を言いたい、と思ったら人の姿をして彼女たちの前に現れることができていた。樹齢を重ね、妖力を得ることができていたのだ、と気が付いた。

「ありがとう。君たちが助けてくれて、嬉しいよ」
 それだけを言って、すぐに姿を隠した。

 子どもたちはぽかんとしたあと、イチョウの精だ! とわいわいと騒ぎ立てていてかわいかった。
 彼女たちが助けてくれた。
 だから今度は自分が、いつか助けられなかった彼女の分まで守り助けるのだと、そう決めていた。

***

 目を覚ました花楓は、それで自分が夢をみていたのだと気が付いた。
 目に映るのは木製の天井。自分は布団の中にいて、首を動かすと畳や障子が見えた。障子越しの明るい日差しに、いったい今は何時なのだろうかと思う。