猫は人間の十二倍の聴力を持つ。その耳でスクーターのエンジン音を追った。田んぼのカエルの合唱がうるさく鳴り響く中、かすかに聞こえて来る。
「あっちか」
 追いつく前にエンジンが停止したらしく音が消えた。
 陽乃真は急いで自転車を走らせ、お寺の前で彼女のスクーターを見つけた。

「どうしてここに」
 滝のように汗を流し、息を切らしながら自転車を止め、匂いを嗅ぐ。
 猫は犬ほどではないが嗅覚も優れており、その能力は人間の二十倍以上だ。
 くんくんと匂いをたどり、イチョウの前に辿り着く。

 まさか。
 陽乃真ははっとしてスマホを取り出し、鳴らしてみる。
 音がかすかに響くのだが、イチョウの中からしているとしか思えない。

「花楓さん!」
 陽乃真はイチョウに向かって叫ぶ。
 が、返事はない。

「花楓さん、そこにいるんだろ?」
 やはり返事はなく、陽乃真はイチョウの幹を軽く叩く。
「イチョウの木霊、お前がなにかしたのか? 返事をしろ!」
 返答がないことにじれてどんどんとイチョウを叩く。

 ばさっと音がして、とっさに避けた。
 先ほどまでいた場所にイチョウの大きな枝が落ちて来た。直撃したら大ケガをしていたことだろう。
 陽乃真はぎりっとイチョウを睨みつける。