珠子は子猫をぽいっと投げた。
 子猫はなんともないように着地すると、さっと陽乃真に向かう。
「わわ!」
 足元にまとわりつかれ、子猫を踏みたくない陽乃真は迂闊に歩けなくなる。

「陽乃真様は特別よ。猫魈(ねこしょう)なのですから」
「ネコショウ?」
 聞きなれない言葉に、花楓は聞き返す。

「ご存じないの? さすが野育ちね。猫魈は猫又よりも長く生きた猫がなるものなの。だけど陽乃真様は生まれたときからの猫魈、なおかつ三毛という稀有なお方。猫族の長の息子であり、すべての猫に君臨するにふさわしいお方。いずれは国に帰って家をお継ぎになるのよ」
 花楓はぱちぱちとなんどもまばたきした。
 猫族の長とか言われても、想像がつかない。

「珠子さん、余計なこと言わないでください!」
 陽乃真は子猫を捕まえようと格闘するが、子猫はすばやく逃げ回っている。

「わたくしは陽乃真様の婚約者なの。二度と近付かないでいただけるかしら」
 花楓の顔からさっと血の気が引いた。
 珠子は勝ち誇ったように花楓を見る。

「違う、違うから!」
 陽乃真の声がなにか言い訳するように響く。
「大丈夫、わかってるから」
 とっくにわかってる、あやかしと人間が結ばれないなんてこと。