猫を助けた翌日、花楓はスクーターで村内に住んでいる小学生の橋尾結愛《はしおゆあ》の家に行った。花楓は夏休み限定で彼女の家庭教師をしている。
 結愛は中学受験を目指しているわけではないので、苦手な算数と社会科だけを教えていた。

「勉強なんて役に立つの? なにも役に立たないって大人でも言ってる人いるのに」
 区切りのついたところで、結愛ははあっとため息をついて零した。

「わかりやすく役に立つことは少ないかなあ。でも未来の可能性を広げるには必要かな」
 花楓は漠然と答える。社会人になったことはないから、結愛が求める回答をあげられない。

「動画配信とかなら勉強は関係なくない?」
「そう……かもねえ」
 不登校を売りにしている動画配信者もいたし、おバカなことをやって閲覧数を伸ばして収益を得ている人なら勉強が関係ないようにも思える。

「だけど、お金持ちになりたいなら勉強が手っ取り早いかなあ。いいところに就職できるし」
「お金持ちと結婚すれば別に良くない?」

「お金持ちと出会うにはお金持ちのいるところに行かないとね。そのためにはいい大学に行くのが一番だよ」
「結局、勉強しないとってことね」
 結愛は口を尖らせる。

「でも、社会科なんてすごく苦手。お寺の歴史もやったんだけどさ、あんなの意味あるの?」
「うわあ、懐かしい。イチョウが樹齢五百年とか、イチョウのたもとで亡くなった女性の話とか」