「率先したのは君なんだろうな」
「バレた?」
 えへへ、と花楓は笑った。

「そのあとね、傷がいたいよね、ってみんなでイチョウの木をよしよししたの。そしたら、着物の男の人が現れて、ありがとうって言ってくれて。それは保育園のみんなで見たんだけど、村で見たことのない人だし、きっとイチョウの木の精霊なんだってみんなで信じてるの」
「そんなことがあったんだ」

「でも見たのはそれっきりなの。大人には子どもらしい思い込みだって思われちゃった」
 花楓は目を細めて愛おし気にイチョウを見る。

「住職はどうお考えで?」
 陽乃真が聞くと、明慶は目を笑みに細めた。
「さあ、どうでしょうねえ」
 不思議な現象を否定することは神仏の否定になるからだろうか、彼は曖昧に答えた。

「私は作業がありますので、これで失礼しますよ」
 明慶は会釈をして立ち去り、残された花楓と陽乃真はイチョウを見上げる。

「あやかしならこのイチョウに精霊がいるかどうか、わかったりしない?」
「木の精霊なら木霊だね。うーん、わからないな。ついでに言っておくと幽霊もわからないよ。生まれてこの方、幽霊なんて見たことがない」

「そっか、残念」
「木霊がいたとしたらどうするの?」

「あのときのお礼が言いたい。ありがとうって」
「たぶん、ちゃんと伝わってるんじゃないかな」

「そうだといいな」
 花楓の笑顔を、陽乃真は眩しそうに見つめた。