「今の、なに?」
 花楓がたずねると、彼は困ったように笑った。
「あやかしの話だから、内緒」
 そう言われると、花楓にはもうそれ以上は聞けない。

 子猫が歩いて行ったほうを見ると、子猫はもうお寺の境内からいなくなっていた。
 どんな用事だったのだろう。珠子さんて誰なんだろう。
 気になることばかりだ。

「おや、どうされました」
 かけられた声に、花楓と陽乃真はどきっとして振り返る。
 住職の明慶(みょうけい)が作務衣姿でそこに立っていた。彼は老齢で柔和な笑顔を浮かべ、剃り上げた頭には白い三角巾を巻いている。

「猫が木に登って降りられなくなっているという通報がありまして。勝手に入ってすみません。あとでご挨拶に伺おうと思ってました」
 陽乃真が謝るが、明慶はにっこりと笑った。
「昼間は境内の出入りは自由ですよ。猫は無事ですか?」
「ええ、降ろしたらどこかへ行ってしまいました」
 陽乃真は笑顔で返す。

「木から降りられなくなるとは、ドジな猫ですね」
「まだ子猫でしたからね」
 陽乃真が猫をかばうように言う。

「そういえば、あなたも木から降りられなくなったことがありましたねえ」
「住職さまそんな話は!」
 花楓が慌てて止めるが、もう遅い。