「本日は、ありがとうございます。」
行方不明の男性を発見した男性に取材している。
行方不明者のご家族からは取材拒否されてしまった。
俺の名前は、松永優希。(まつなが ゆうき)
雑誌記者をしている。主にホラーや不思議系なのだが、縁あってこの島に来ている。この島は2回目だ。
小さな島で、行方不明は珍しい。それが2年経って見つかったんだからスクープだ。
俺としては、この島にまた訪れる事になるとは思ってもいなかった……。思い返せば2年前、行方不明の男性と『関わっていた』として散々な目に遭い、良い思い出がなく出来れば来たくなかった……憂鬱だ。
そんな風に取材中ついぼんやりしていると、後輩の及川暁(おいかわ あかつき)に突付かれた。
「すみません。何処までお話聞きましたっけ?」
発見した男性が怪訝な顔で見ている。
「あんた大丈夫か?……俺も、発見したってだけで詳しくは分からないんだ。すぐに警察が来て連日事情聴取だの何だので……。何なら犯人扱いだぞ!迷惑な話だよ。発見した場所も警察やらが探した場所だしほら、アレだあんたら都会の人間は知らないだろうが、ここじゃ有名な場所で見つかったんだよ。大ガジュマルの樹の下さ。あの男も、面白半分で惑わされたんだろ?気の毒にな……俺はもう関わりたくないね!あんたらも気を付けな!魅入られたら最期だ……取材には応えたんだ、もう来ないでくれ!俺はもう関わりたくない……。」
何かに怯えている。
そんなイメージを受けた。これ以上情報は取れそうにない。
「すみません。お忙しい所取材に応じて頂いてありがとうございました。」
軽く礼を伝え、その場を後にする。
「先輩〜大丈夫ですか?取材中、心此処にあらずじゃなかったですか!こ〜んな綺麗な景色と場所に来て考え事ッスか?」
後輩の及川暁(おいかわあかつき)は、この島が初めてで観光気分で楽しそうだ。かなりはしゃいでいる。
「先輩!そうだ!僕調べてきたんです!さっき、取材で聴いた『大ガジュマルの樹』は、この島の妖怪が住む樹みたいッス。神隠しの道と泣く石、幽霊が出る家、呪われる?家、フクロウの声と……えっと何だったかな?」
ブツブツ言いながら、指を折って数えている。
本土と比べ纏わりつくようなねっとりした暑さと、観察する様にジッと見てくる島民……俺は不快でたまらなかった。早く帰りたかった。暁と違って。
「!そうだ!先輩!!この島の不思議?心霊現象回ってみましょうよ!そしたら、不明男性の事分かるかもしれないですよ!」
余計な事を言い出す男だ。
「あ〜、暁。それなら『泣く石』は有名だ。昔取材した。観光客が石を持ち帰って酷い目に遭ったんだよ。幽霊が出るのと、呪われるは、一緒じゃないのか?」
陽の光を手で遮りながら話す。暁はその場に立ち止まり考え込んでしまった。こうなると、暫くは動かない。
少しイラつく。考え込んでいる暁を放置して車へ歩く事にした。
細い道。木の影は少し涼しい。
突然、前方から走ってくる小さな子どもがいる。都会じゃなかなか見られない光景だ。
「おじちゃん!何してるの?」
急に話しかけられ驚く。
(おじちゃん……俺はまだ30代だぞ……3歳児位にしてみたらおじちゃんかもな)
少しショックを受るが目線を合わせる為にしゃがんで真摯に答える。
「お兄さんは、お仕事でこの島に来たんだよ。独りで危なくないのか?」
親は居ないのか?と、キョロキョロ辺りを見回していると、小さな男の子は走り出し
「おんぶ!!」
と、背中の上にのしかかられてしまう。
「おおい!お兄さんはお仕事中なんだよ!お父さんかお母さんは?近くに居ないの?」
必死に話しかける。面倒事はゴメンだ。降ろそうとするも、首にしがみつかれ離れない。
「あっち〜。おじちゃん!歩いてー。早く!は〜やく〜!!」
首の横から小さな手が指差し、催促する。困惑する俺にお構い無しだ。
「分かったから、暴れないでくれ。首が痛い。」
小さな道を車の停めてある方に向かって歩いていたのだが、その逆方向の山側へ誘導されてしまう。
「なぁ、本当にこっちであってるのか?山じゃないのか?お前、迷子か?」
話しかけるも
「あっち、あっち!!」
と、聞く耳持たず誘導する。鬱蒼と木々が生い茂る昼間でも薄暗い道。ぽつりぽつりと民家があるが残り3軒でもまだ進めと話す男の子。不安だ。
「おじちゃん!!降りる〜!」
やっと降りるのか……
「はいはい……。本当にここで良いのか?」
しゃがんで男の子を降ろしたと思った瞬間、すでに子供は居なかった。
「……速いな。礼も無しか……ここどこだよ?」
今度は、自分が迷子だ。どうしたものかと考えていると、後ろの方から
「センパ〜イ!居たぁ〜良かった〜!!置いてかないでくださいよ〜。」
暁の声。
「ココです!先輩。神隠しの道!先輩知ってたんですか?場所。あっ!ここの写真撮りますね!」
息を切らしながら嬉しそうに話す。
「な、なぁ、さっき男の子見なかったか?さっきまで一緒に居て、その子に連れてこられたんだが……。」
狐に騙された気分だ。
「えっ?先輩1人でしたよ?この辺空き家みたいですし、さっき住民に聞いたんで確かです。ここにもガジュマルの樹があるんですね!」
言われてみれば、立派な樹がある。
さっきの道と同じくらいに、薄暗くヒンヤリとした風が吹く。立派なガジュマルの樹に見とれていると
『魅入られる』
ふと、さっきの住人の言葉が頭をよぎる。
背筋がゾクリとする。
信じている訳では無いが、振り返り暁に声をかける。
「お、おい!暁!行こう!!」
暁は夢中で写真を撮っている。聞く耳を持たない暁にイライラする。置いて行こうかと考えていると
「珍しいかい?アンタなんかじゃね、ヤマト(都会)から取材に来た人は。島の話集めてるって?」
背後から話しかけられ驚く。
「ええ、まぁ……。」
答えると、
「良かったら、家のおばぁの話聞かないかい?」
おばあさんに話を持ちかけられる。寄り道になるので断ろうと思ったのだが
「ぜひ!お願いします!」
暁が興味津々に承諾してしまった。
ガジュマルの樹が生えている場所から2、3分の所に案内される。
「おばぁ~。ヤマトの2人に話し聞かしてくれんね?ムン話。」
玄関から話しかけている。
のそりっと廊下の奥から、真っ黒い何かが現れた。おもわず
「ヒッ」
と、声を上げてしまった。
暁とおばあさんは不思議そうな顔で俺を見てくる。俺は知らんぷりして、空を仰ぎ見る。
「はいはい。入っておいで〜。やーん中っち入ってこんば話できらんからよ。フッフッフッ。いしょがりゅんだれば、なーりっくゎはなしゅんから、ほっちもーれ。」
方言が強すぎて、意味がわからなかった。
ポカンとする暁と俺。
おばあさんが訳してくれた。
「家の中に入って来ないと話しができないから、急いでいるなら少しだけ話すから、入っておいで〜って。どうぞどうぞ、入って!」
なるほど……。
「お邪魔します。」
居間の畳に座るとおばあさんが話し始める。
「ガジュマルの樹には、昔っからケンムンっち言う妖怪がおる。いたずらムンでや、ガジュマルの前で不敬ば働けば、連れて行かれりゅんっち。ガジュマルにいたずらせば酷い目にあゆっと〜。ヤンなんかが見とったっちゅう場所は、神隠しに遭ゆんっち場所。神様の通り道。神様が通る時にでっかせば、連れて行かれりゅんっち。怖がらんばや……。外や、ムンぬ住みゅん場所、やーん中やちゅーぬ住みゅん場所。外なんてぃ、『ケンムン』っちあぶれば寄てぃきゅんっち、あんから外なんてぃや『ムン』『アレ』っち言わんばいかんど!神道ぬ近くぬヤーにだか、神様が住まとゅりゅんみたいじゃが、近づくなよ~祟られっとや。気いつけらんばね」
おばあさんが訳してくれた。
「ガジュマルの樹には、昔からケンムンが住んでいる。妖怪ね。いたずら者で住処に不敬を働けばケンムンの世界に連れて行かれる。ガジュマルにいたずらすると酷い目に遭うよ。あなた方が見ていたガジュマルの近くの道は、神様の通る道で神様が通る時に出逢えば連れて行かれる。神隠しにあう。怖がらんとね。外はケンムンの世界。家の中は人の世界。外で『ケンムン』と声に出して呼ぶと寄ってくるから、ムンとかアレって言わないといけないよ。神道の近くの空き家には、良くない神様が住んでるみたいだから近づかないでね〜。祟られるよ!気をつけなさいって。」
(妖怪に、痛い目にあうから怖がれ……か怖がってるとこの仕事何も出来ないんだよな。)
そんな風に思っていると、暁の顔色がみるみる悪くなる。声をかけると
『せ、先輩〜。どうしよう……僕、先輩が居ない時あの、その祟られるって家写真撮影しちゃったんです!インタビューしたおじさんの家から近かったから……祟られちゃう!』
おばあちゃんが台所から塩を取ってきて、ブツブツ言いながら、暁の頭から肩にかけて塩祓いを行う。
「大丈夫!!」
と、暁に声をかける。俺も、と言われたが塩まみれはゴメンなので丁寧にお断りした。
「トゥトガナ〜シ。」
何かの呪文?を唱えられた。
話してくれた2人に挨拶し、ホテルへと戻った。暁は相変わらず具合が悪いらしい。先に休んでいる。
明日の準備をしながら俺は、暁の撮った写真をデジカメで眺めていた。
あのガジュマルの樹。
立派だなと思っていると、いつの間に撮ったのか連続写真に写る俺。
その写真の異変に目が離せなくなる。
ガジュマルの樹のヒゲの様なモノが、段々と俺に近づいてきている様に連射されている。
「いっ!!」
突然の頭痛。
頭に浮かぶ変なビジョン。スライド写真の様に
山の中、ガジュマルの樹、ぼやける男性……。
「……つかれてるのか?……俺も寝よう。明日の取材に支障をきたすからな。」
そう思い、ベットに入る。
翌朝、元気になった暁と軽い頭痛が続いている俺。暁は元々、明るい性格だが人が変わったかの如く異様な程に明るい。
「先輩!今日は山に行きましょう!!」
何を言っているんだ?と思い
「いや、暁約束があるだろ?違う人にインタビューするアポ取ってたはずだが……?」
と、言い返す。すると
「あ〜、それなら先輩が寝てる間に連絡来たんです!先方さん今日は都合が悪いからって。なので今日は、不明者が見つかった山、登りましょう!」
いちいち何だかムカつく言い方をする奴だ。と思うが、予定が無くなったのなら従うしかない。
「場所分かるのか?」
暁に尋ねると
「ばっちりです!!昨日のインタビューした男性から聞いておいたんで大丈夫です!」
なんだか違和感がある……。
暁の運転で、集落の麓から山の中へ。舗装されていない道を15分程登る。
空き地に車を停め、山の中細い獣道を暁はズンズン進んでいく。
スマホをチラリと見ると、圏外だった。
「暁……大丈夫なのか?」
尋ねるも
「GPS付きの地図見てるんで、心配ないッス。ほらほら、早く行くッスよ!」
早く、早くと、急かされるので仕方なく歩く。
木々が鬱蒼としている。
蒸しっとした暑さがあるが、木々の木陰のおかげで少し涼しい。カラスや野鳥、虫の声。低い山だしこんな状況でなければ、楽しいハイキングといったところか。だが不安が拭えない。30分は歩いている。
「もう少しです!先輩!もう少ししたら見えてきますから!頑張りましょう。」
励まされる。休憩を挟みながら歩く。
「な、なぁ、暁……ハァハァ……本当にこの道であってるのか?」
不安になり聞いてみる。
「大丈夫です!本当にもうすぐッス!!」
まるで見たことがある様な言い方をする。暁はこの島に来るのは初めてのハズなのだが……。
草の生い茂る獣道。
山の中腹に大きなガジュマルの樹が立っていた。
着いた瞬間、雰囲気がガラリと変わる。
火照った身体にゾクリと鳥肌が立つ。人が足を踏み入れてはいけない場所だと本能で分かる。
頭痛がする。
ガジュマルの樹の周りだけ、人が手入れしたかのように草が生えていない。生えていても背丈の低いものばかりだった。
頭を抱えて、俺はその場に座り込む。
昨夜の様に写真が1枚1枚スライド式にフラッシュバックする。
「……。俺はココに来たことがある。」
暁の顔が歪んで見える。
「……お前……誰だ?」
暁はニヤリと笑う
「イヤだなぁ〜先輩!忘れちゃったんですか?僕ですよ〜!清水蒼(しみず あおい)」
酷い頭痛……。思い出した!!
2年前俺はこの男とココに来た!そして、俺は……。
ザザーっと風が吹く。
暁の顔が変わる。後輩の蒼。
2年前のあの日、取材でこの島に蒼と来たんだ。この場所を住民に聴いて止められたのだが好奇心に負けて探し当てたこの場所
『神域』
と呼ばれる、人が立ち入ってはいけない場所。
行方不明や、この世に帰って来れなくなる場所だ。
あの日、俺は蒼を生け贄にして逃げたのだ…。
蒼は、震える俺を見下げて
「思い出してくれました?先輩!寂しかったな〜。2年ですよ?これからは、ずっと一緒にいてくださいね?」
そう話すと、蒼の顔が歪み小さな男の子の姿に変わる。
目線が同じになる。
「ひっ!!」
俺は小さく悲鳴を上げる。
「おじちゃ〜ん。僕と一緒にずっと居てね!前に来た時は、お兄ちゃんだけ置いていったけど……今年はお兄ちゃん連れて行かれて、僕独りになっちゃったんだ〜。今度はおじちゃんが一緒に居てくれるよね?あ•そ•ぼ•う!」
無邪気に笑いかけてくる。あの時の子供だった。
震える手で暁のスマホに連絡を入れようとするが、手が震えて操作できない。
スマホを持つ手に、気がつくと何かが絡まっている。
ガジュマルの樹の髭だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……。」
泣きながら懇願するも、どうやら無駄のようだ。ゆっくりと樹に取り込まれていく。
広い森の中、禁足地。
男の声は誰にも届く事はなく、風の音に混じって鳥の鳴く声だけが響いていた。
ホテルの暁は、ダルい身体を起こすと優希先輩の書き置きを目にする。
『暁すまない。俺はこのままこの仕事辞める。写真を見てくれ。恐怖に勝てそうにない。関わりたくないんだ!勝手だが俺はこのまま辞める。会社にもよろしく言っておいてくれ。探すな。すまん暁。』
暁は、言葉を失う。
身勝手な人だと思っていがここ迄とは……。
写真には、先輩とガジュマルの樹。ガジュマルのヒゲが見ようによっては先輩に絡まっているように見える。
「コレの何が怖いんだよ?仕方ないなぁ〜。はぁ〜。観光しながら気楽に帰ろう〜。」
暁は、写真をパタパタとウチワ替わりに振りながら荷物をまとめるのだった。
外はいつもと変わらない風景が続いていた。
行方不明の男性を発見した男性に取材している。
行方不明者のご家族からは取材拒否されてしまった。
俺の名前は、松永優希。(まつなが ゆうき)
雑誌記者をしている。主にホラーや不思議系なのだが、縁あってこの島に来ている。この島は2回目だ。
小さな島で、行方不明は珍しい。それが2年経って見つかったんだからスクープだ。
俺としては、この島にまた訪れる事になるとは思ってもいなかった……。思い返せば2年前、行方不明の男性と『関わっていた』として散々な目に遭い、良い思い出がなく出来れば来たくなかった……憂鬱だ。
そんな風に取材中ついぼんやりしていると、後輩の及川暁(おいかわ あかつき)に突付かれた。
「すみません。何処までお話聞きましたっけ?」
発見した男性が怪訝な顔で見ている。
「あんた大丈夫か?……俺も、発見したってだけで詳しくは分からないんだ。すぐに警察が来て連日事情聴取だの何だので……。何なら犯人扱いだぞ!迷惑な話だよ。発見した場所も警察やらが探した場所だしほら、アレだあんたら都会の人間は知らないだろうが、ここじゃ有名な場所で見つかったんだよ。大ガジュマルの樹の下さ。あの男も、面白半分で惑わされたんだろ?気の毒にな……俺はもう関わりたくないね!あんたらも気を付けな!魅入られたら最期だ……取材には応えたんだ、もう来ないでくれ!俺はもう関わりたくない……。」
何かに怯えている。
そんなイメージを受けた。これ以上情報は取れそうにない。
「すみません。お忙しい所取材に応じて頂いてありがとうございました。」
軽く礼を伝え、その場を後にする。
「先輩〜大丈夫ですか?取材中、心此処にあらずじゃなかったですか!こ〜んな綺麗な景色と場所に来て考え事ッスか?」
後輩の及川暁(おいかわあかつき)は、この島が初めてで観光気分で楽しそうだ。かなりはしゃいでいる。
「先輩!そうだ!僕調べてきたんです!さっき、取材で聴いた『大ガジュマルの樹』は、この島の妖怪が住む樹みたいッス。神隠しの道と泣く石、幽霊が出る家、呪われる?家、フクロウの声と……えっと何だったかな?」
ブツブツ言いながら、指を折って数えている。
本土と比べ纏わりつくようなねっとりした暑さと、観察する様にジッと見てくる島民……俺は不快でたまらなかった。早く帰りたかった。暁と違って。
「!そうだ!先輩!!この島の不思議?心霊現象回ってみましょうよ!そしたら、不明男性の事分かるかもしれないですよ!」
余計な事を言い出す男だ。
「あ〜、暁。それなら『泣く石』は有名だ。昔取材した。観光客が石を持ち帰って酷い目に遭ったんだよ。幽霊が出るのと、呪われるは、一緒じゃないのか?」
陽の光を手で遮りながら話す。暁はその場に立ち止まり考え込んでしまった。こうなると、暫くは動かない。
少しイラつく。考え込んでいる暁を放置して車へ歩く事にした。
細い道。木の影は少し涼しい。
突然、前方から走ってくる小さな子どもがいる。都会じゃなかなか見られない光景だ。
「おじちゃん!何してるの?」
急に話しかけられ驚く。
(おじちゃん……俺はまだ30代だぞ……3歳児位にしてみたらおじちゃんかもな)
少しショックを受るが目線を合わせる為にしゃがんで真摯に答える。
「お兄さんは、お仕事でこの島に来たんだよ。独りで危なくないのか?」
親は居ないのか?と、キョロキョロ辺りを見回していると、小さな男の子は走り出し
「おんぶ!!」
と、背中の上にのしかかられてしまう。
「おおい!お兄さんはお仕事中なんだよ!お父さんかお母さんは?近くに居ないの?」
必死に話しかける。面倒事はゴメンだ。降ろそうとするも、首にしがみつかれ離れない。
「あっち〜。おじちゃん!歩いてー。早く!は〜やく〜!!」
首の横から小さな手が指差し、催促する。困惑する俺にお構い無しだ。
「分かったから、暴れないでくれ。首が痛い。」
小さな道を車の停めてある方に向かって歩いていたのだが、その逆方向の山側へ誘導されてしまう。
「なぁ、本当にこっちであってるのか?山じゃないのか?お前、迷子か?」
話しかけるも
「あっち、あっち!!」
と、聞く耳持たず誘導する。鬱蒼と木々が生い茂る昼間でも薄暗い道。ぽつりぽつりと民家があるが残り3軒でもまだ進めと話す男の子。不安だ。
「おじちゃん!!降りる〜!」
やっと降りるのか……
「はいはい……。本当にここで良いのか?」
しゃがんで男の子を降ろしたと思った瞬間、すでに子供は居なかった。
「……速いな。礼も無しか……ここどこだよ?」
今度は、自分が迷子だ。どうしたものかと考えていると、後ろの方から
「センパ〜イ!居たぁ〜良かった〜!!置いてかないでくださいよ〜。」
暁の声。
「ココです!先輩。神隠しの道!先輩知ってたんですか?場所。あっ!ここの写真撮りますね!」
息を切らしながら嬉しそうに話す。
「な、なぁ、さっき男の子見なかったか?さっきまで一緒に居て、その子に連れてこられたんだが……。」
狐に騙された気分だ。
「えっ?先輩1人でしたよ?この辺空き家みたいですし、さっき住民に聞いたんで確かです。ここにもガジュマルの樹があるんですね!」
言われてみれば、立派な樹がある。
さっきの道と同じくらいに、薄暗くヒンヤリとした風が吹く。立派なガジュマルの樹に見とれていると
『魅入られる』
ふと、さっきの住人の言葉が頭をよぎる。
背筋がゾクリとする。
信じている訳では無いが、振り返り暁に声をかける。
「お、おい!暁!行こう!!」
暁は夢中で写真を撮っている。聞く耳を持たない暁にイライラする。置いて行こうかと考えていると
「珍しいかい?アンタなんかじゃね、ヤマト(都会)から取材に来た人は。島の話集めてるって?」
背後から話しかけられ驚く。
「ええ、まぁ……。」
答えると、
「良かったら、家のおばぁの話聞かないかい?」
おばあさんに話を持ちかけられる。寄り道になるので断ろうと思ったのだが
「ぜひ!お願いします!」
暁が興味津々に承諾してしまった。
ガジュマルの樹が生えている場所から2、3分の所に案内される。
「おばぁ~。ヤマトの2人に話し聞かしてくれんね?ムン話。」
玄関から話しかけている。
のそりっと廊下の奥から、真っ黒い何かが現れた。おもわず
「ヒッ」
と、声を上げてしまった。
暁とおばあさんは不思議そうな顔で俺を見てくる。俺は知らんぷりして、空を仰ぎ見る。
「はいはい。入っておいで〜。やーん中っち入ってこんば話できらんからよ。フッフッフッ。いしょがりゅんだれば、なーりっくゎはなしゅんから、ほっちもーれ。」
方言が強すぎて、意味がわからなかった。
ポカンとする暁と俺。
おばあさんが訳してくれた。
「家の中に入って来ないと話しができないから、急いでいるなら少しだけ話すから、入っておいで〜って。どうぞどうぞ、入って!」
なるほど……。
「お邪魔します。」
居間の畳に座るとおばあさんが話し始める。
「ガジュマルの樹には、昔っからケンムンっち言う妖怪がおる。いたずらムンでや、ガジュマルの前で不敬ば働けば、連れて行かれりゅんっち。ガジュマルにいたずらせば酷い目にあゆっと〜。ヤンなんかが見とったっちゅう場所は、神隠しに遭ゆんっち場所。神様の通り道。神様が通る時にでっかせば、連れて行かれりゅんっち。怖がらんばや……。外や、ムンぬ住みゅん場所、やーん中やちゅーぬ住みゅん場所。外なんてぃ、『ケンムン』っちあぶれば寄てぃきゅんっち、あんから外なんてぃや『ムン』『アレ』っち言わんばいかんど!神道ぬ近くぬヤーにだか、神様が住まとゅりゅんみたいじゃが、近づくなよ~祟られっとや。気いつけらんばね」
おばあさんが訳してくれた。
「ガジュマルの樹には、昔からケンムンが住んでいる。妖怪ね。いたずら者で住処に不敬を働けばケンムンの世界に連れて行かれる。ガジュマルにいたずらすると酷い目に遭うよ。あなた方が見ていたガジュマルの近くの道は、神様の通る道で神様が通る時に出逢えば連れて行かれる。神隠しにあう。怖がらんとね。外はケンムンの世界。家の中は人の世界。外で『ケンムン』と声に出して呼ぶと寄ってくるから、ムンとかアレって言わないといけないよ。神道の近くの空き家には、良くない神様が住んでるみたいだから近づかないでね〜。祟られるよ!気をつけなさいって。」
(妖怪に、痛い目にあうから怖がれ……か怖がってるとこの仕事何も出来ないんだよな。)
そんな風に思っていると、暁の顔色がみるみる悪くなる。声をかけると
『せ、先輩〜。どうしよう……僕、先輩が居ない時あの、その祟られるって家写真撮影しちゃったんです!インタビューしたおじさんの家から近かったから……祟られちゃう!』
おばあちゃんが台所から塩を取ってきて、ブツブツ言いながら、暁の頭から肩にかけて塩祓いを行う。
「大丈夫!!」
と、暁に声をかける。俺も、と言われたが塩まみれはゴメンなので丁寧にお断りした。
「トゥトガナ〜シ。」
何かの呪文?を唱えられた。
話してくれた2人に挨拶し、ホテルへと戻った。暁は相変わらず具合が悪いらしい。先に休んでいる。
明日の準備をしながら俺は、暁の撮った写真をデジカメで眺めていた。
あのガジュマルの樹。
立派だなと思っていると、いつの間に撮ったのか連続写真に写る俺。
その写真の異変に目が離せなくなる。
ガジュマルの樹のヒゲの様なモノが、段々と俺に近づいてきている様に連射されている。
「いっ!!」
突然の頭痛。
頭に浮かぶ変なビジョン。スライド写真の様に
山の中、ガジュマルの樹、ぼやける男性……。
「……つかれてるのか?……俺も寝よう。明日の取材に支障をきたすからな。」
そう思い、ベットに入る。
翌朝、元気になった暁と軽い頭痛が続いている俺。暁は元々、明るい性格だが人が変わったかの如く異様な程に明るい。
「先輩!今日は山に行きましょう!!」
何を言っているんだ?と思い
「いや、暁約束があるだろ?違う人にインタビューするアポ取ってたはずだが……?」
と、言い返す。すると
「あ〜、それなら先輩が寝てる間に連絡来たんです!先方さん今日は都合が悪いからって。なので今日は、不明者が見つかった山、登りましょう!」
いちいち何だかムカつく言い方をする奴だ。と思うが、予定が無くなったのなら従うしかない。
「場所分かるのか?」
暁に尋ねると
「ばっちりです!!昨日のインタビューした男性から聞いておいたんで大丈夫です!」
なんだか違和感がある……。
暁の運転で、集落の麓から山の中へ。舗装されていない道を15分程登る。
空き地に車を停め、山の中細い獣道を暁はズンズン進んでいく。
スマホをチラリと見ると、圏外だった。
「暁……大丈夫なのか?」
尋ねるも
「GPS付きの地図見てるんで、心配ないッス。ほらほら、早く行くッスよ!」
早く、早くと、急かされるので仕方なく歩く。
木々が鬱蒼としている。
蒸しっとした暑さがあるが、木々の木陰のおかげで少し涼しい。カラスや野鳥、虫の声。低い山だしこんな状況でなければ、楽しいハイキングといったところか。だが不安が拭えない。30分は歩いている。
「もう少しです!先輩!もう少ししたら見えてきますから!頑張りましょう。」
励まされる。休憩を挟みながら歩く。
「な、なぁ、暁……ハァハァ……本当にこの道であってるのか?」
不安になり聞いてみる。
「大丈夫です!本当にもうすぐッス!!」
まるで見たことがある様な言い方をする。暁はこの島に来るのは初めてのハズなのだが……。
草の生い茂る獣道。
山の中腹に大きなガジュマルの樹が立っていた。
着いた瞬間、雰囲気がガラリと変わる。
火照った身体にゾクリと鳥肌が立つ。人が足を踏み入れてはいけない場所だと本能で分かる。
頭痛がする。
ガジュマルの樹の周りだけ、人が手入れしたかのように草が生えていない。生えていても背丈の低いものばかりだった。
頭を抱えて、俺はその場に座り込む。
昨夜の様に写真が1枚1枚スライド式にフラッシュバックする。
「……。俺はココに来たことがある。」
暁の顔が歪んで見える。
「……お前……誰だ?」
暁はニヤリと笑う
「イヤだなぁ〜先輩!忘れちゃったんですか?僕ですよ〜!清水蒼(しみず あおい)」
酷い頭痛……。思い出した!!
2年前俺はこの男とココに来た!そして、俺は……。
ザザーっと風が吹く。
暁の顔が変わる。後輩の蒼。
2年前のあの日、取材でこの島に蒼と来たんだ。この場所を住民に聴いて止められたのだが好奇心に負けて探し当てたこの場所
『神域』
と呼ばれる、人が立ち入ってはいけない場所。
行方不明や、この世に帰って来れなくなる場所だ。
あの日、俺は蒼を生け贄にして逃げたのだ…。
蒼は、震える俺を見下げて
「思い出してくれました?先輩!寂しかったな〜。2年ですよ?これからは、ずっと一緒にいてくださいね?」
そう話すと、蒼の顔が歪み小さな男の子の姿に変わる。
目線が同じになる。
「ひっ!!」
俺は小さく悲鳴を上げる。
「おじちゃ〜ん。僕と一緒にずっと居てね!前に来た時は、お兄ちゃんだけ置いていったけど……今年はお兄ちゃん連れて行かれて、僕独りになっちゃったんだ〜。今度はおじちゃんが一緒に居てくれるよね?あ•そ•ぼ•う!」
無邪気に笑いかけてくる。あの時の子供だった。
震える手で暁のスマホに連絡を入れようとするが、手が震えて操作できない。
スマホを持つ手に、気がつくと何かが絡まっている。
ガジュマルの樹の髭だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……。」
泣きながら懇願するも、どうやら無駄のようだ。ゆっくりと樹に取り込まれていく。
広い森の中、禁足地。
男の声は誰にも届く事はなく、風の音に混じって鳥の鳴く声だけが響いていた。
ホテルの暁は、ダルい身体を起こすと優希先輩の書き置きを目にする。
『暁すまない。俺はこのままこの仕事辞める。写真を見てくれ。恐怖に勝てそうにない。関わりたくないんだ!勝手だが俺はこのまま辞める。会社にもよろしく言っておいてくれ。探すな。すまん暁。』
暁は、言葉を失う。
身勝手な人だと思っていがここ迄とは……。
写真には、先輩とガジュマルの樹。ガジュマルのヒゲが見ようによっては先輩に絡まっているように見える。
「コレの何が怖いんだよ?仕方ないなぁ〜。はぁ〜。観光しながら気楽に帰ろう〜。」
暁は、写真をパタパタとウチワ替わりに振りながら荷物をまとめるのだった。
外はいつもと変わらない風景が続いていた。
