「ただいまー」

「帰りましたー」

ドライブから帰り声を掛けたが誰も居なそうだ。そういえば遥さんは材料の買い出しに行くと言っていたな。和馬さんはいつも通り部屋に籠ってるだろうから当然、出迎えてくれる人なんて居ないはずだ。

「じゃあ俺、早速漫画描いてくるわ。描き終わったら一番に春香ちゃんに読んでもらうね。」

「いいんですか!?喜んで読みます!楽しみにしてます。」

編集者に持って行くよりも早く読めんなんて、嬉しい以外の何ものでもない。

「頑張ってくるわ!部屋居るから何かあったら呼んでー」

「はーい」

飛斗さんは今までで一番いい顔をしていた。

飛斗さんがまた夢を追おうと思える様になって良かった。夢がない私にはわからないが、夢があるって楽しいのかな。飛斗さんの過去を聞いた後だと夢があるのはあるで大変なんだなと思う。私は一生夢を持たないで、このままバイトをして生きていく人生でもいいのかなと思い始めている。

「暇だなぁ。お菓子でも作ろうかな。」

確か遥さんが卵の賞味期限がやばいと言っていた気がする。あと牛乳もやばいと言っていた様な...。

冷蔵庫を開けて賞味期限を確認すると、両方とも今日までの期限だった。この二つがあればカップケーキを作れそうだ。あとクッキーも作ろうかな。

冷蔵庫にある物やキッチンの道具は好きに使っていいと言われている。働いてお給料ももらえて貰えて、衣食住もあるのにプラスして道具も使っていいなんて。前に飛斗さんがこれ以上の所で働けないと言っていたのが今、身に染みている。

「よーし、作るかぁ。」

クッキーとカップケーキはよく作っていたからレシピを見なくても作れる。そういえば前のバイト先には作ったお菓子を持って行ったな。美味しい、お店に出せるとよく言われたものだ。

このレシピは母親が教えてくれたものだ。だからこのお菓子が美味しいのは私が作ったからではなく、レシピを教えてくれた母親の腕が良かったからだ。自分が小さい頃はそれが悔しかったなぁ。いつかは自分自身で美味しいレシピを作ってやると本気で思っていたな。

今はスマホとかで調べれば美味しいレシピがいくつも出てくるから、そんな思いは消え去ったが。

「ん、いい匂い。」

昔の事を思い出しながらお菓子を作っていると、和馬さんがキッチンにやって来た。珍しく、ヘッドホンを付けていない。

「今お菓子作ってるんです。もう少しで焼き上がるんで食べて行きますか?」

「食べる。」

「なら座って待っててください。あ、なにか飲みますか?」

「飲む。お菓子に合うやつおまかせで大丈夫。」

「わかりました!」

このお菓子達に合うのは断然、紅茶だ。カフェの方に置いている紅茶の期限が近かったやつが確かあったはず。

紅茶を作っているとカップケーキが焼き上がった。オーブンから取り出した。爪楊枝でちゃんと焼けてるか確認して、これまたカフェの方で期限が近くなったホイップを巻いた。

「お待たせしましたー」

オシャレなお皿にカップケーキと、先に作っていたクッキーを乗せて和馬さんの前に置いた。

「本当に作ったの?」

第一声がそれだった。そういえば和馬さんって初めて会った時に付けているネックレスを引っ張ってきた人だ。だから失礼な事を言われても今更気にしない。

「それほど私の作るお菓子が上手って事ですよね!嬉しいです。」

ポジティブに言い返すと、和馬さんは引いていた。

「めっちゃ前向きに物事考えるじゃん。人生楽しそう。」

「でも実際そうだから言ってきたんじゃないんですか?」

「ほらでも見た目だけかもしれないから。食べてみないとわからないよね。」

和馬さんは自分に言い聞かせるようにしてカップケーキにかぶりついた。かぶりついた時にホイップが鼻の頭についてしまって、つい笑ってしまった。

「何笑ってんの?」

「だって、鼻の頭にホイップついてますよ。」

「うそ」

和馬さんは急いで鼻の頭を拭った。その姿も面白くて笑いが止まらなかった。

「そんなに笑わないでくれる?てか自分は綺麗に食べられるの?」

「だからとりあえず、ナイフとフォークも置いてるじゃないですか。」

「...もっと早く言って。」

和馬さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。その姿は小さい子供のようだ。

「味はどうでしたか?」

「美味しいよ。ごめんね、疑ったりして。って、何その顔。」

勝手なイメージだが、和馬さんは自分が悪くても謝らない人だと思っていた。だから素直に謝られて、驚きを通り越して引いてしまった。

「だって...和馬さんが謝るとは思わなかったから。」

「自分が悪いと思ったらそりゃあ謝るよ。そこまで人として終わってない。」

「それなら良かったです。」

和馬さんは無言でカップケーキとクッキーを平らげた。結構量盛ったかなと心配だったが杞憂だったようだ。

「和馬さんって結構食べるんですね。」

「基本的には食べないけど、これは美味しかったから食べれた。」

「嬉しい事言ってくれますね。」

「こんなに美味しいお菓子作れるんだったら、遥さんに相談してお店に置かせてもらえば?その才能を隠しておくのは勿体ないよ。」

長い前髪から見える瞳は私の事をしっかり見ていた。この人の瞳って、こんなに綺麗なんだ。ずっと見てたら吸い込まれちゃいそう...。

「あら〜、いい匂いじゃない!」

見つめ合ったままでいると、遥さんが大荷物で帰ってきた。

「あ、遥さん。おかえりなさい。」

「ただいま〜、春香ちゃん。和馬もただいま。」

「おかえり。じゃ、俺部屋戻るから。」

和馬さんはさっさと共同スペースから出て行ってしまった。まだあの返事をしていないのに。

「春香ちゃーん、これ春香ちゃんが作ったの?」

キッチンに置きっぱなしにしてあったカップケーキを持って、遥さんは私の所に来た。

「あ、はい。卵と牛乳が期限近いって言ってたので使っちゃいました。今度新しいの買ってきますね。」

「そんなの全然いいのよ。それより食べてもいい?今日何も食べてないのよ〜」

遥さんは聞きながらも一口食べていた。和馬さんの反応を見ているから不味くはないと思うが、やはり自分が作った物を人に食べてもらうのは緊張する。

「ん!美味しい!お店に売ってる味がする!」

「それは良かったです!」

嬉しかったが、そんなに言うほどお店の味かなと自分も食べてみた。自分が作るお菓子の味がしただけだった。

「春香ちゃんさえ良かったらお店に置いてみる?結構人気になると思うよ。」

「こんなのがですか...?」

つい口が滑ってしまった。やばいと思った時には既に遅かった。

「こんなのとか言わない。せっかく時間をかけて自分で作ったのに、そんな事言ったら自分の心が傷つくよ。」

「はは...、そうですね。」

遥さんは自分自身を卑下する言葉を嫌う人だ。だからここに来てからはかなり言動に気を付けていた。