重たいスーツケースを転がしながら、スマホと睨めっこしている私を周りの人は観光客とでも思っているのだろう。もし私が見てる立場だったらそう思うし、それにあながち間違ってはいない。
─目的地に到着しました。案内を終了します。─
ワイヤレスイヤホンから聞こえた声を最後に、スマホの案内アプリは案内を終了した。
「は?こいつ壊れてんじゃない?」
つい声に出てしまった。だってここはどう見てもこれから住む家には見えない。見えないと言うより、そもそも家ではない。オシャレなカフェだ。
「えぇ...ここまで来て迷った...?」
スーツケースの取っ手に腕を預けながら、もう一度スマホで住所を検索する。だけど出てくるのはこの場所だ。どうやらスマホは壊れてないみたいだ。
「とりあえず入ってみるか。」
五分ぐらい店の前で悩み、やっと入る決心が着いた。もしここが違ったら教えてもらえばいい。
「いらっしゃ〜い、何名?」
カランコロン、と可愛い音を立ててドアを開けると、女性の格好をした男性が出迎えた。
「って、あら!春香(はるか)ちゃんじゃない!」
「え、なんで私の名前...」
男性は私を見るとすぐに名前を呼んだ。だけど私の記憶の中でこの人は存在しない。
「そりゃあわかるわよ!だって私がここのオーナー兼、家主だもの。」
「え、あ、遥(はるか)さん!?」
私を出迎えてくれた男性はここのカフェのオーナーの大木(おおき)遥(はるか)さんだった。前に会った時と格好が違うし声のトーンも違うから気づけなかった。
「ごめんなさい!すぐ気づけなくて。」
「いいのよ〜だって前に会った時はもっと男前の格好だったものね。」
「はい...本当に申し訳ないです...」
「そんな気に病む事じゃないわよ。それより、遠い所から来たから疲れたでしょ?座りな〜」
「ありがとうございます。」
カウンター席の椅子を引いてくれて、素直にそこに座った。何回も電車を乗り継いで、その後もかなり歩いたから疲れてないと言ったら嘘になる。
「今飲み物持ってくるわね。ちょっと待ってて〜」
「はーい」
遥さんの背中を見送り、その流れで店内をぐるりと見渡す。暖色系の明かりで、暗いはずなのに暗いと感じない。結構いい明かりを使っていそうだが、今現在お客さんは一人も居ない。儲かっているのだろうか。
「はい、これ。ココア。」
「あ、ありがとうございます。」
店内をまじまじと見ていると、温かいココアを持って遥さんが戻って来た。外はそこそこ暑いが、カフェの中は冷房がガンガン効いていて寒いぐらいだからちょうどいい。
「いただきます...ん、美味しい!」
「でしょ〜ここのカフェのおすすめなのよ〜」
「そうなんですね。」
ココアなのに重くなくてあっさりしてて飲みやすい。おすすめなのにも納得がいく。
「あ、そういえば教えてもらった住所を検索しながら来たんですけど、そしたらここで。でもここってカフェですよね?」
一息ついてから私は遥さんに尋ねた。遥さんはニコニコ笑顔のまま答えた。
「確かに、ここはカフェだけど、間違ってはないわよ。」
「どういうことですか?」
「ここのカフェはね、家と繋がってるの。だから住所を検索したらここのカフェが出るのよ。住所自体は一緒だから。」
「あぁ、なるほど。」
同じ住所だから、目立つ方が出てきたって事か。それならそうと遥さんも先に言ってくれてたら良かったのに。
「春香ちゃんならカフェに来てから話してもそんなに驚かないかなって思ったのよ〜」
そんな私の心を見透かしたように遥さんは言った。確かに、カフェを営んでいる事は知っていたからさほど驚いてはいない。
「その通りでしたね。流石遥さん。」
「でしょでしょ〜」
二人で笑っているとふと、目に付いた物があった。
「あ、あれって...」
「んー?どれどれ〜」
「あの一角に置いてあるのって、最近流行ってるやつですよね?」
カフェの奥の隅にちょこっと、最近流行っているカードゲームのグッズが置いてあった。
「そうみたいね。」
「あれ、遥さんが置いたんじゃないんですか?」
「違うわよ〜ここで働いてる子が置いたのよ。私そういうのわかんないもの!」
「そうなんですね...少し見てもいいですか?」
「いいに決まってるじゃない!春香ちゃんにはこれからここで働いてもらうんだから、このお店の事沢山知って貰わなくちゃ!」
「任せてください!元々飲食店勤務だったんで!」
「頼もしいわ〜」
遥さんの返答を背に、グッズの近くに行くと、所狭しとアクスタだの缶バッチなどが並んでいた。
「めっちゃ欲しい...」
何を隠そう、私はこのカードゲームのオタクなのだ。カードの新作が出たら買って、推しキャラのグッズが出たら買う。だから持っていないグッズなんてないのではと思っていたが、ここにあるのは私がほぼ持っていないグッズばかり。このグッズを置いた従業員さんに会ったら、どこでグッズを買ったのか聞いてみよう。
「あれ、遥さん、お客さん居るの?」
グッズを一つ一つ見ていると、後ろから声が聞こえた。そっと振り返ると、前髪が長い男性が立っていた。
「お客さんじゃないわよ〜。前に話してた木田(きだ)春香ちゃんよ!明日からここで住み込みで働いてくれる子よ。」
「あぁ、君が春香なんだ。」
その人は私に近づいて来て、まじまじと見てくる。そしてその視線が私の首元で止まった。
「これ、やだ。」
そう言い、付けていたネックレスを引っ張られた。突然の事で固まってしまったが、このまま放っておけばネックレスが切れてしまう。それぐらい力が強かった。
「やめてください!母から貰ったんです。」
自分でも驚くぐらいの声が出た。男性の長い前髪の隙間から、目を見開くのが見えた。
「こら、和馬(かずま)。初対面の子に何してんだ!」
その後ろから、髪の毛が長い男性が出てきた。和馬と呼ばれた前髪の長い男性は、ネックレスから手を離すとそそくさとどこかに行ってしまった。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「あ、はい。おかげさまでなんともないです。」
「それは良かった。あいつにはきつく言っておくから。」
「いえ、結果的に何もされてないんで大丈夫ですよ。えっと、あなたは...」
「あぁ、ごめんね、紹介が遅れちゃって。俺は元林(もとばやし)飛人(あすと)。ここで働いてる内の一人なんだ。呼び方は好きに呼んで。苗字でもいいし、下の名前でもいいし。それと、さっきのは風間(かざま)和馬(かずま)。あいつもここで働いてる内の一人なんだ。あいつの事も好きに呼んでいいよ。もしそれで文句言われたら俺のせいにしときな。」
「わかりました、私は木田春香って言います。私の事も好きに呼んでください。これからよろしくお願いします、飛人さん!」
「...何この子!可愛い!」
笑顔で挨拶すると、飛人さんは抱きついてきた。さっきの人といい、ここの人は初対面の人との距離感がバグっている。
「こらこら、飛人、春香ちゃんびっくりしてるじゃない。急に抱きつくのは禁止っていつも言ってるでしょ。」
「だって遥さん、この子めっちゃ可愛いですよ!抱きつかずにいられるんですか!?遥さん、可愛いもの好きじゃないですか!」
「好きだけど、全然知らない人に抱きつかれるなんて怖いでしょ。離れなさい。」
「ちぇー」
遥さんに飛人さんと引き離され、私はやっと自由になれた。距離感はバグっているが、この人は悪い人ではなさそうだ。
「ごめんね、春香ちゃん。ここに働いてる人は見ての通り、かなりの変人なの。」
遥さんは申し訳なさそうに謝ってきた。それを聞いた飛人さんは驚いていた。
「な、遥さん!?それは酷くないですか?和馬はともかく、俺を変人呼ばわりするのは酷いなぁ。」
「和馬もあんたも同じぐらい変よ。もちろん、私もね。こんな私たちだけど、一緒に働いてくれるかしら。」
そう言い、申し訳なさそうな表情をしながら手を差し出してきた。
もし私がここで断ったら、どうなるのだろう。
いや、そんなの考えるまでもない。今度こそ行く所がなくなってしまう。私にはここにいるしか選択肢がないのだ。
「はい、もちろんです!これからよろしくお願いします。遥さん、飛人さん!」
笑顔で手を差し出すと、二人はほっとしたような笑顔を浮かべて手を握り返してくれた。
これは私が十八になって間もない頃の話。後に私の人生を大きく変える事になる第一歩だ。
─目的地に到着しました。案内を終了します。─
ワイヤレスイヤホンから聞こえた声を最後に、スマホの案内アプリは案内を終了した。
「は?こいつ壊れてんじゃない?」
つい声に出てしまった。だってここはどう見てもこれから住む家には見えない。見えないと言うより、そもそも家ではない。オシャレなカフェだ。
「えぇ...ここまで来て迷った...?」
スーツケースの取っ手に腕を預けながら、もう一度スマホで住所を検索する。だけど出てくるのはこの場所だ。どうやらスマホは壊れてないみたいだ。
「とりあえず入ってみるか。」
五分ぐらい店の前で悩み、やっと入る決心が着いた。もしここが違ったら教えてもらえばいい。
「いらっしゃ〜い、何名?」
カランコロン、と可愛い音を立ててドアを開けると、女性の格好をした男性が出迎えた。
「って、あら!春香(はるか)ちゃんじゃない!」
「え、なんで私の名前...」
男性は私を見るとすぐに名前を呼んだ。だけど私の記憶の中でこの人は存在しない。
「そりゃあわかるわよ!だって私がここのオーナー兼、家主だもの。」
「え、あ、遥(はるか)さん!?」
私を出迎えてくれた男性はここのカフェのオーナーの大木(おおき)遥(はるか)さんだった。前に会った時と格好が違うし声のトーンも違うから気づけなかった。
「ごめんなさい!すぐ気づけなくて。」
「いいのよ〜だって前に会った時はもっと男前の格好だったものね。」
「はい...本当に申し訳ないです...」
「そんな気に病む事じゃないわよ。それより、遠い所から来たから疲れたでしょ?座りな〜」
「ありがとうございます。」
カウンター席の椅子を引いてくれて、素直にそこに座った。何回も電車を乗り継いで、その後もかなり歩いたから疲れてないと言ったら嘘になる。
「今飲み物持ってくるわね。ちょっと待ってて〜」
「はーい」
遥さんの背中を見送り、その流れで店内をぐるりと見渡す。暖色系の明かりで、暗いはずなのに暗いと感じない。結構いい明かりを使っていそうだが、今現在お客さんは一人も居ない。儲かっているのだろうか。
「はい、これ。ココア。」
「あ、ありがとうございます。」
店内をまじまじと見ていると、温かいココアを持って遥さんが戻って来た。外はそこそこ暑いが、カフェの中は冷房がガンガン効いていて寒いぐらいだからちょうどいい。
「いただきます...ん、美味しい!」
「でしょ〜ここのカフェのおすすめなのよ〜」
「そうなんですね。」
ココアなのに重くなくてあっさりしてて飲みやすい。おすすめなのにも納得がいく。
「あ、そういえば教えてもらった住所を検索しながら来たんですけど、そしたらここで。でもここってカフェですよね?」
一息ついてから私は遥さんに尋ねた。遥さんはニコニコ笑顔のまま答えた。
「確かに、ここはカフェだけど、間違ってはないわよ。」
「どういうことですか?」
「ここのカフェはね、家と繋がってるの。だから住所を検索したらここのカフェが出るのよ。住所自体は一緒だから。」
「あぁ、なるほど。」
同じ住所だから、目立つ方が出てきたって事か。それならそうと遥さんも先に言ってくれてたら良かったのに。
「春香ちゃんならカフェに来てから話してもそんなに驚かないかなって思ったのよ〜」
そんな私の心を見透かしたように遥さんは言った。確かに、カフェを営んでいる事は知っていたからさほど驚いてはいない。
「その通りでしたね。流石遥さん。」
「でしょでしょ〜」
二人で笑っているとふと、目に付いた物があった。
「あ、あれって...」
「んー?どれどれ〜」
「あの一角に置いてあるのって、最近流行ってるやつですよね?」
カフェの奥の隅にちょこっと、最近流行っているカードゲームのグッズが置いてあった。
「そうみたいね。」
「あれ、遥さんが置いたんじゃないんですか?」
「違うわよ〜ここで働いてる子が置いたのよ。私そういうのわかんないもの!」
「そうなんですね...少し見てもいいですか?」
「いいに決まってるじゃない!春香ちゃんにはこれからここで働いてもらうんだから、このお店の事沢山知って貰わなくちゃ!」
「任せてください!元々飲食店勤務だったんで!」
「頼もしいわ〜」
遥さんの返答を背に、グッズの近くに行くと、所狭しとアクスタだの缶バッチなどが並んでいた。
「めっちゃ欲しい...」
何を隠そう、私はこのカードゲームのオタクなのだ。カードの新作が出たら買って、推しキャラのグッズが出たら買う。だから持っていないグッズなんてないのではと思っていたが、ここにあるのは私がほぼ持っていないグッズばかり。このグッズを置いた従業員さんに会ったら、どこでグッズを買ったのか聞いてみよう。
「あれ、遥さん、お客さん居るの?」
グッズを一つ一つ見ていると、後ろから声が聞こえた。そっと振り返ると、前髪が長い男性が立っていた。
「お客さんじゃないわよ〜。前に話してた木田(きだ)春香ちゃんよ!明日からここで住み込みで働いてくれる子よ。」
「あぁ、君が春香なんだ。」
その人は私に近づいて来て、まじまじと見てくる。そしてその視線が私の首元で止まった。
「これ、やだ。」
そう言い、付けていたネックレスを引っ張られた。突然の事で固まってしまったが、このまま放っておけばネックレスが切れてしまう。それぐらい力が強かった。
「やめてください!母から貰ったんです。」
自分でも驚くぐらいの声が出た。男性の長い前髪の隙間から、目を見開くのが見えた。
「こら、和馬(かずま)。初対面の子に何してんだ!」
その後ろから、髪の毛が長い男性が出てきた。和馬と呼ばれた前髪の長い男性は、ネックレスから手を離すとそそくさとどこかに行ってしまった。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「あ、はい。おかげさまでなんともないです。」
「それは良かった。あいつにはきつく言っておくから。」
「いえ、結果的に何もされてないんで大丈夫ですよ。えっと、あなたは...」
「あぁ、ごめんね、紹介が遅れちゃって。俺は元林(もとばやし)飛人(あすと)。ここで働いてる内の一人なんだ。呼び方は好きに呼んで。苗字でもいいし、下の名前でもいいし。それと、さっきのは風間(かざま)和馬(かずま)。あいつもここで働いてる内の一人なんだ。あいつの事も好きに呼んでいいよ。もしそれで文句言われたら俺のせいにしときな。」
「わかりました、私は木田春香って言います。私の事も好きに呼んでください。これからよろしくお願いします、飛人さん!」
「...何この子!可愛い!」
笑顔で挨拶すると、飛人さんは抱きついてきた。さっきの人といい、ここの人は初対面の人との距離感がバグっている。
「こらこら、飛人、春香ちゃんびっくりしてるじゃない。急に抱きつくのは禁止っていつも言ってるでしょ。」
「だって遥さん、この子めっちゃ可愛いですよ!抱きつかずにいられるんですか!?遥さん、可愛いもの好きじゃないですか!」
「好きだけど、全然知らない人に抱きつかれるなんて怖いでしょ。離れなさい。」
「ちぇー」
遥さんに飛人さんと引き離され、私はやっと自由になれた。距離感はバグっているが、この人は悪い人ではなさそうだ。
「ごめんね、春香ちゃん。ここに働いてる人は見ての通り、かなりの変人なの。」
遥さんは申し訳なさそうに謝ってきた。それを聞いた飛人さんは驚いていた。
「な、遥さん!?それは酷くないですか?和馬はともかく、俺を変人呼ばわりするのは酷いなぁ。」
「和馬もあんたも同じぐらい変よ。もちろん、私もね。こんな私たちだけど、一緒に働いてくれるかしら。」
そう言い、申し訳なさそうな表情をしながら手を差し出してきた。
もし私がここで断ったら、どうなるのだろう。
いや、そんなの考えるまでもない。今度こそ行く所がなくなってしまう。私にはここにいるしか選択肢がないのだ。
「はい、もちろんです!これからよろしくお願いします。遥さん、飛人さん!」
笑顔で手を差し出すと、二人はほっとしたような笑顔を浮かべて手を握り返してくれた。
これは私が十八になって間もない頃の話。後に私の人生を大きく変える事になる第一歩だ。



