「人魚とプール、楽しい」と放流 新宿の中3女子4人を書類送検(2024/07/29)

「プールに金魚を放して人魚と一緒に泳げば楽しいと思った」――。そんな支離滅裂な動機で東京都新宿区、××××中学校のプールに大量の金魚が放流された。金魚を放流して遊び、そのまま帰ったなどとして、戸塚署は7月25日までに中学3年の女子生徒4人を建造物侵入と器物損壊の疑いで、東京地検本庁に書類送検した。
同署によると、送検されたのは新宿区の4人。容疑は、6月8日夜に侵入して金魚300~500匹を放ち、プールを一時的に使用できない状態にしたというもの。

金魚は、5月末のお祭りで出会った金魚すくいから譲り受けた。1人が「水面に大量の金魚が泳いでいたら、人魚と泳げるに違いない」とプールに放流することを提案。4人で金魚の入った水槽を台車で運び、プールに放って泳ぐなどして遊んだ。夜明け近くまでプールを満喫し、「水面に浮かぶ人魚や金魚は鱗が光ってとてもきれい」だったという。4人は違法薬物の使用を含めた様々な検査を受けたが、異常は見られなかった。
翌6月9日に金魚が見つかり、騒ぎになった。金魚は中学校の教員らにより片付けられた。4人は「たくさんの人に迷惑をかけて申し訳ない」と反省しているという。







 以上の記事は、ネットニュースサイト『淀橋・牛込・四谷区合同文化新聞社』で報じられていたものである。新宿区を専門とした小規模なサイトではあるが、X(旧Twitter)等SNSアカウントで記事を積極的に発信しており、筆者の目に留まることとなった。

 タイトルの「人魚」に惹かれてタップしたが、実際に放流されたのは金魚。だが本文が目に入った瞬間、強烈な既視感を覚えた。

 ピンと来た方もいるかもしれない。二〇一二年の埼玉県狭山(さやま)市でも類似した事件があった。奇しくも同じ中三の女子四名が「水面に大量の金魚が泳いでいたら、きれいに違いない」と夜のプールに金魚を放ち、翌日騒ぎになった。犯人達は自ら名乗り出て書類送検される。

 金魚? 意外と塩素に晒されても死なないものらしい。水泳部員らにより集められて、近隣住民に配られた。

 夜のプールに金魚、女子中学生。迷惑ではあるが、青春の一ページと言うか、エモいと言うか、この事件はニュースやインターネットで話題になった。後には短編映画となり、海外で賞まで獲っている。

 しかし、犯行を夜に行った為に周囲は真っ暗で、実は犯人達は「水面に金魚」の風景を見られなかったそうだ。

 と、まあ、狭山の金魚は骨折り損のくたびれ儲け、お先真っ暗の闇でオチ。


 ところが、新宿の人魚は光から始まる。


 前掲の記事で、新宿の中三達は「水面に浮かぶ人魚や金魚は鱗が光ってとてもきれい」と述べた。夜の真っ暗なプールで、彼女達は何らかの光源の下、その目で見たと確かに言っている。警察は違法薬物を疑っていたようだが、検査によりその疑惑は否定された。

 彼女達は嘘を吐いたのか。

 そうだとして本当は何をしていたのか。

 そして、なぜ「人魚」などと言ったのか。

 残念ながらこのニュースはインターネット上で話題になっていない。サイトの知名度のせいか、あからさまな釣りタイトルが敬遠されたせいか、狭山の事件との類似を指摘する意見さえないのだ。


 狭山の金魚はバズったが、新宿の人魚はバズらない。


 ということで真相を知るには自分で調べるしかなく、この投稿は筆者がこの十数日間行った調査をまとめたものである。







「え、なんか凄いデカくて明るいライト持ち込んでたそうやけど!?」

 ××××中学【筆者注:伏字とする】のプールサイドで、監視員の若い女性は大声で質問に答えた。

 三六度まで行った暑い暑い日。区の制度により一般解放された夏休みのプールで泳ぐ者は少ない。××××中のプールは体育間の屋上にあってガラス張りの日さし屋根しかなく、今日のような日は近くにある区営のプールに行った方が良いように思われた。

「そうなんですか」

 太陽にジリジリ焼かれながら、筆者は冷や汗を流す。

 いきなり謎が解けてしまった。

 それも思っていたのと違う方向に。

「うん。やった子達の一人に何か、親が土建屋? 建設業? の子だかがいて、機材持ち出したらしいねん」

「へ、へえ、でもライトでそんな明るくしたら、犯行がバレちゃうんじゃないですかね?」

「あの。おじさん、ここ新宿やで。夜もピカピカ、眠らない街や。一晩ぐらい誰も気にせえへんよ」

 ポロシャツの赤を照り輝かせて、彼女は呆れ顔。短い髪を二つ結びにした学生っぽい子で、余計恥ずかしくなってくる。

 監視員の言葉には説得力があった。確かにこの街の夜は地方に比べて明るく、もしかするとライト無しでも水面が見えたもしれない。

 うわどうしよ。「新宿の人魚は光から始まる」とかブチ上げちゃったのに、開始早々こんなことになるなんて。

「じゃ、じゃあ、に、人魚は……」

「人魚お?」

 質問未満の呟きを拾って、彼女はヘラヘラと笑う。

「片付けの時は金魚だけやったそうやけどね。大変やったらしいよ。フンや鱗がいっぱいいっぱい、床とか端っこにこびりついて」

「バイトさん、何してんの」

「お、すみまへーん!」

 中学の職員と思しきYシャツ姿の男がやってきて、監視員は筆者から離れた。彼はこちらを訝し気に見ていて、恐らく筆者を警戒して現れたのだろう。話が聞ける雰囲気でも無く、筆者も一利用者としてプールに入った。

 (ぬる)い水に潜り、スカイブルーの水底に目を凝らす。

 消毒されて水質は良く、塵も少ない。だが、隅の、排水口の辺りを見た時、何かがチラリと目に入った。

 腕を伸ばして掬い取り、水中から出る。

 広げた手のひらの中には、小さな赤い粒が幾つかと、白く長い糸状のもの。

 金魚の鱗と髪の毛?

「それ」

 声の方を向くと、先ほどの監視員がプール際から筆者を見下ろしている。

「掃除しても、掃除しても、出てくるんや」







 私の街は新宿
 つまらない街

 この街には光しかない
 夜を眠ることもできず
 いたずらに泳がされてヘトヘト
 ここは金魚鉢の中
 私は閉じ込められた人魚

 昔、狭山でプールに金魚が撒かれた
 金魚は暗闇を一晩泳いだ後
 拾い集められ人々に配られた
 狭山の金魚は逃げられた
 新宿の人魚は逃げられない

 昔、博物館で人魚のミイラを見た
 獣を切り貼りして
 つなぎ合わせたニセモノ
 継ぎ目と皺が目立つよう
 ライトアップされた見世物
 私はこれだ

 狭山の金魚はエモいけど、
 新宿の人魚はエモくない

 私は自由で本物の人魚になりたい







 以上の文章は、二〇二四年五月二五日にYouTubeの動画に投稿されたコメントである。動画は故郷を題材にした歌詞のVOCALOID曲であり、この手の動画には詩的な感想文が付けられるものだ。

 内容もそうだが投稿日が事件近くなことも鑑みれば、何かしら関連を感じる。

 「人魚のミイラ」は、オカルト好きな方なら耳にしたことも多かろう。その肉を食べて長命を得た八百(やお)比丘尼(びくに)の伝説しかり、人魚には不老長寿のイメージが付き物だ。その為、江戸時代になると人魚のミイラが見世物小屋や寺社に現れ、見ればご利益があるとされた。無論それらは猿や魚の死骸を継ぎはぎしたまがい物に過ぎない。

 新宿にも人魚のミイラはある。

 コメントの通り、四谷の××××博物館【筆者注:伏字とする】に一体、収められている。カサカサでシワシワの、ネズミの頭と魚で作った両手に収まるサイズだった。「昔の人はこんな出来でよく信じられたな」と思った。敢えて言うなら「新宿の人魚」とはそれかもしれない。一応博物館に人魚が健在か尋ねたが、勿論無事だった。

 後あるとすれば××神社【筆者注:伏字とする】の酉の市ぐらいだろう。以前見世物小屋で「河童の手のミイラ」が展示されていたので、そのうち人魚もあるかもしれない。

 しかし、酉の市は一一月、筆者が神社を訪れた八月の初めからは遥か遠い。

 平日で行事もない××神社は、それでも外国人観光客が数人参拝している。約四〇〇年の歴史があって駅や歌舞伎町に近く、例大祭や酉の市などの祭りは毎年たくさんの参加者を集めてきた。広い境内は木や土の分幾らか涼しい。

 ここを訪れたのは、放流された金魚の出所がここの例大祭だからである。例大祭があったのは五月末で記事と符合し、また距離的にも××××中から一番近い。

 金魚すくいの屋台から、犯行を行った少女達との接点を見つけようというわけだ。

 だが、社務所への訪問から担当者との問答については書くことはほとんどない。金魚すくいへの手掛かり、の手掛かりぐらいの情報が手に入っただけだ。

 社務所を出て、大鳥居をくぐった入り口辺りで、若い男女数名がビラ配りをしているのを見た。

 内容は行方不明者を捜すもの。

 藤森(ふじもり)愛奈(まな)、秋田出身、近くの大学に通う二一歳。黒くツンツン尖った短髪。今年の例大祭に出かけた後、姿を消した。

 ビラを配る彼らはその友人だと言う。

 涙ぐましいものだ。新宿区民は約三五万人、新宿駅の利用者数は一日約二七〇万人。こんな街で消えた誰かを見つけるなんて、正気の沙汰じゃない。



 八月に入って以後、プールに金魚を放った女子生徒四名も行方不明になっている。







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弟が食べ過ぎて吐いて超ウケた😀

#焼肉 #人生初 #家族 #カルビ旨 #ホルモン苦手

2日前



【筆者注:上記文章はInstagramの投稿であり、IDは伏字にしてあるが犯人の一人のアカウントである。投稿日は今年八月一日の深夜。しかし、添えられた家族写真に中学生はいない。焼肉屋の卓に着くのは中年の男女と、どう見ても小学校中学年の児童が男女一人ずつ。失踪後の投稿において、犯人の彼女は他にも自分の過去を投稿し続けている。保育園の学芸会は乙姫様、小学校の修学旅行費は五年分のお年玉で払った、本当は私立中が良かったが学費と学力の両面で断念。新宿区は平均的には世帯収入が高いが、生活困窮者は年々増えているという】







 ネット上の××××中生のSNSアカウントを漁っている際、犯人達のアカウントにその家族や友人が行方を尋ねているのを見つけた。若い子のリア(アカ)なんて通常はほぼ非公開なのだが、これは彼女らが一様に鍵を開けて過去を投稿していたことに因る。彼女達は家族らへの応答に一切応じず、一連の投稿の理由も不明だが、助かった。

 だが、家族すら行方がわからないのに、筆者にわかるわけがない。

 その為、金魚すくいから当たる他なくなったのだ。この作業に土日を丸々掛け、週明けにようやく会えた金魚すくいの男は、しかし肩透かしだった。

 なんと事件を知らないと言う。例大祭で彼女達を見たこともないし、警察から何か聞かれたことさえないそうだ。彼が嘘を吐いていたようには思えない。記事を見せたら自分の稼業に影響が出ないか心配していた。

 だが、収穫が無かったわけではない。彼は見出しの字をそっと指でなぞりながら、金魚の供給元に心当たりがあると話し出したのだ。

 「人魚すくい」と名乗る、新手のならず者がこの街にいると言う。

 表向きは観賞魚のバイヤーだが、暴力団や半グレの間を渡り歩き、非合法な見世物で莫大な金を稼いできた。近年は見世物小屋で有名な××神社の()()にも「営業」と称してちょっかいを掛けている、とのこと。

「非合法な見世物。まさか、人魚?」

 男はよく日焼けした顔に明らかな侮蔑を浮かべた。

「そんなもんいるかよ、バカなオヤジだな。女だ。闇バイトとかで騙くらかして、イジって、人魚()って、舞台に上げて、後で売る。パパ活、愛人、いや奴隷か」

「イジる?」

「噂しか知らねーけど、足切り落とすとか顔に(スミ)入れるとか。二度と陽の目を見れないように、逃げられないように」

「そんな……」

「本業だから和金(ワキン)の数百匹なんてすぐ手に入るし、ガキを手懐けるには安いもんだよ」

 得られた情報は以上である。

 帰り際、男は謝礼を数えつつ聞いてきた。

「何でこんなこと調べてんだ?」

「興味本位です。昔、狭山でもプールに金魚が――」

「興味ぃ」

 彼は鼻を鳴らして嘲笑う。

「今日平日だぞ、仕事はどうしたんだよ」








三松館主人『民家日用廣益秘事大全』(一八五一年)より


〇金魚の死を(いか)す法
一、三七のしぼり汁を飲ましむべし。(いく)ること(たえ)(なり)







 人魚すくいにはすぐ会えた。

 金魚すくいの男は居場所を教えてくれなかったが、新宿の観賞魚関係の業者を洗い出せば自ずと答えは出る。電話で馬鹿正直に聞いていった三件目で「はい、ボクです」と回答があった。

 訪ねた事務所は西新宿の雑居ビルの中、少女達の姿はない。

「人魚がいると思いました?」

 室内を見回す視線を察し、相手は応接机の対面から朗らかに笑う。

 人魚すくいは意外にも若い女性だった。美しい顔にスラリとした長躯、白い長い髪と柄シャツが会社勤めからはかけ離れた印象を与える。しかしその表情の柔和さや、自分をボクと呼ぶ奇矯(ききょう)な様子からはとても反社の人間には見えない。

「いやいや、ボクは全然賛社(さんしゃ)ですって!」

 疑惑をぶつけても苦笑するだけだった。

「大体、女の子売るんなら本業も水商売にしません?」

「では、なぜ人魚すくいと?」

「それは人魚を売ってるからですね」

 彼女にふざけている様子はない。

「人魚とは女性のことでは?」

「まあ、材料は女の子の方が多いですが」

 ここから話はどんどん奇妙になっていく。

「材料? 噂通りに足を切る、人魚にする前という意味ですか?」

「いやいや。人魚って人と魚を継ぎはぎして作るんですよ。××××博物館のとかはネズミだけど」

「あれは偽物でしょう」

「いやいや。今ある人魚のミイラは全部本物です。まあもう死んでるけど。人魚って管理の方が難しくて、実は何を継ぎはぎするかは大事じゃないんですよ。大事なのは」

「あの」

 煙に巻かれる、本題に入ろう。

「すいません、聞きたかったのはこの記事にですね」

 記事を見せここまでのことを全て話すと、数度目を(しばたた)かせてから彼女は答えた。

「ああ、××神社のお祭りで会った子達か。商売相手ですので、今どこにいるか等は企業秘密です」

 少女達の家族や警察へ行くことをちらつかせたが、暖簾に腕押し。

「どうぞどうぞ。でも、知りたいことがわからなくなっちゃいますよ?」

 そこで初めて、彼女の笑みに射抜くような冷たさが差した。

「あ、あ……」

 胸が苦しくなる感覚。

 悪人の、いじめてくる奴特有の威圧。

 ずっとこいつらに苦しめられてきた、家でも、学校でも、どこでも。

「貴方の話を聞いて一つアドバイスですが、調べ物も人魚と同じです。大事なのは何を継ぎはぎするかじゃないんです。本当に大事な情報は何なのか、よく考えてみてください」

 今度こそ、これに負けないよう耐えてきたのに……でも。

「は、はい!」

 真意を聞く勇気もなく、即座にその場を後にした。







XXXX_XXX
xxxxxxx・3日前

こいつめっちゃ上手いやん

#××××【筆者注:曲名。伏字とする】
#××××××【筆者注:歌手名。伏字とする】
#歌 #fyp #すこれ #バズれ



【筆者注:Tik Tokのある動画の概要欄。IDは伏字だが投稿者は犯人の一人。カラオケで流行歌を歌う風景。「こいつ」と他人事だが、歌っているのは投稿者本人。実際上手いと思うが、数字は伸びていない。彼女も自分の過去を投稿しているが、他の三人に比べ数字への執着が顕著だ。この傾向は失踪前も同様で、動画や配信で金を稼ぎ整形するのが夢だと言う。この街の夜職を山ほど見て育ち、容姿に多大なコンプレックスがあるとのこと】







 人魚すくいは全てを知っている。だがもう会いたくもない。調査は次の手掛かりがないまま振り出しに戻った。

 プール、金魚、少女、行方不明、光……人魚。

 何もわからないまま、ひたすら犯人達のSNSを追うだけで一日が終わる。しかし、彼女達への居場所の手掛かりは掴めない。六日経ち、遂に強行手段に出ることにした。

 犯人達の関係者、学校の友人に直接会う。

 書いていなかったが、これまでにもSNS上で手あたり次第に接触を試みていた。が、断られるか無視されるだけ。だから、やむを得ず確認できた全員の足跡を追い、一人の身元及び行動パターンを特定。待ち伏せを仕掛けた。

 夕方の塾帰り。後を追い、この街では比較的人の少ないところで声を掛けた。

「××さんですか?」

「え……?」

 対象は犯人達と同じ××××中の三年女子で、不安げに身を竦ませる。織り込み済みだ。大手新聞社の記者を騙ると、緊張がほぐれていくのが見て取れる。

「何もわからないんです。あの子達の家族も問題が大きくなるのを恐れて学校や警察には連絡してないようです」

 行方不明のことを聞くとポツポツ事情を話し始めたが、こちらが事件のことを持ち出すと途端に態度が変わった。

「その話は止めてください」

「どうして。何か知っているの?」

「知りません、聞きたくもない」

 踵を返して立ち去ろうとする彼女の腕を掴んで止めた。

「やだ、止めて!」

「教えてくれ、彼女達のことが知りたいんだ。ただ金魚を放流して終わりなんて嘘だろう、何かあるに違いない! 狭山の事件との関連は!? 人魚って何なんだ!?」

「だから知らないって! あの子達確かにみんな悩んでたけど、なんで()()()()()()()したのかなんて、誰もわけわからないんだから! 先生達にも言わないよう言われてるの、放して!」

「――酷いこと?」

 頭の中に閃き。

「おい、お前何やってるんだ!?」

 周りの人間が駆けつけてきたので、最早逃げ出すしかない。

 遮二無二走りながら、しかし、筆者の心は弾んでいた。








「金魚お?」

 翌朝いの一番に××××中のプールを訪れると、変な関西弁の監視員はまだいた。

「そう。放流された金魚は、どうなったんですか?」

「だから、教員さん方が片付けたて」

「その後ですよ。近所に配ったりしたんですか?」

 彼女は暫時ポカンと口を開けてから、答えた。

「そんなことするわけないやろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()んやから」

 やはり。

「見つかった金魚はどんな状態だったんですか?」

「まあ丸のままプカプカ浮かんでるのが大半やけど、バラバラになったのも多かったって。地獄絵図やったって」

「なんで死んだんでしょうね?」

「塩素とか共食いしたんとちゃうん?」

 やはり。

 やはり、()()()()()()

 今回のことを考える上でどうしても狭山のことが念頭にあり、金魚の末路についても同様と勘違いしていた。金魚はただ放流されたんじゃない。

 「大事なのは何を継ぎはぎするかじゃない」、その通りだ。大事なのは余計な情報を継がないこと。

 そして、もう今ある情報だけで答えはほぼ見えている。

 だからこれは最後の確認、また学校職員の男が現れたので急がねば。

「もう一つ、教えてください」

「なんやあ」

「貴方、夏休みのアルバイトですよね? 六月の事件についてどうしてそんなに詳しいんですか?」

「そら掃除する度に鱗出るんやから、事情ぐらい聞くやろ」

「でも、学校側は事件が広まるのを警戒しているらしい。貴方にだって詳しくは教えてくれないと思います」

「思うんやったら、なんや?」

 監視員は薄く冷たく笑った。







XとXXX@×××××××
初めて一緒にお泊りした時💒🛁🛏
(by X)

午前1:14 · 2024年8月10日



XとXXX@×××××××
初めてodした時。飲んだ後Xがめっちゃ泣き出して、
親にバレると思って焦った
(←ちょっとしか泣いてない😡 by X)
(by XXX)

午後23:22 · 2024年8月11日



XとXXX@×××××××
初めて𝓴𝓲𝓼𝓼した時のやーつ
(by X)

午前2:35 · 2024年8月13日



【筆者注:X(旧Twitter)のポスト群。IDは伏字だが投稿者は犯人の二人による共同アカウント。所謂カップルアカウント。幸せそうな二人の画像とキャプション。だが惚気の中に時折死の影が見える。保守的で俗っぽい親や周囲の目が原因と思われる。犯人達四人は全員、この街で苦しみ生きる普通の少女達だった】





日が暮れてからご覧ください





 某日、夜一〇時過ぎ。

 ××××中に侵入すると、体育館の鍵は掛かっていなかった。無人の館内を進み、屋上のプールを目指す。プールへの扉も開け放たれて難なく入れた。

 あの監視員が開けておいたのだろう。彼女は人魚すくいの手下、任務は事件のせいで戸締まりが強化された校内への手引き。

「あれ、また会いましたね」

 案の定、人魚すくいが声を掛けてくる。チノパンを(まく)り、両足を水に浸していた。その脇には大きなスタンドライトがあって明るく、また夏服の少女が四人、侍るように座り込んでいる。

 なぜ金魚の鱗が八月になっても出てくるのか、もっと早く気付くべきだった。

 答えは犯人達が戻ってきているから、それも毎日。

「君達はプールに金魚を放流した子達だね!?」

 プールに近付いて見ると、和金だけでなく、琉金(リュウキン)蘭鋳(ランチュウ)など様々な金魚が数十匹ほど泳いでいる。

「君達は、()()()()()()()んだろう!?」

 少女達への問い掛けに答えはない。彼女達はただ自分のスマホに向かい、ひたすら操作し続けている。

 自分のスマホで確認するが、彼女達は猛烈な勢いで自分のSNSに投稿を繰り返していた。自分の過去だけではない。友達の名前、好きな食べ物、眠いとか取り留めもないその時の感想、とにかく手当たり次第に言葉を連ねている。

「君達は××神社の例大祭で人魚すくいと出会い、このプールで人魚を作った。材料は人魚すくいが用意した金魚と……例大祭で誘拐した女子大生。だが失敗した。金魚達は死に絶え、女子大生は行方不明。だからもう一度、今度は自分達で完璧な人魚を作ろうとしているんだ、そうだろう!?」

「名推理ですねー!」

 筆者が近付くと人魚すくいは足を跳ね上げ、水を掛けて牽制した。

「でもいい大人が良く人魚なんて信じますね?」

「当たり前だ、私も彼女達と同じなんだ!」

 首を傾げる人魚すくいより、少女達の方へ向けて語りかける。

「この街にうんざりして、ミイラじゃない、本物の人魚になりたかった。ギラギラ明るいだけで疲れる街。どこにもいけない金魚鉢。嫌な思い出しかない、君達もそうだったんだろう!? 記事を見た時すぐわかったよ、You Tubeの私のコメントを見て、共感してくれたんだと、返信として狭山のように金魚を放流したんだと。だから知りたかったんだ、君達のことを! それで、この苦しみを分かち合いたくて……」

「違うよ」

 少女達の一人がスマホから手を放し、こちらを見ていた。気付くと他の少女達も手を止め、静止している。

「おじさんのことも狭山のことも知らない」

「え?」

「私達は人魚になんてなりたくない」

 目を放さないまま彼女はどこか遠くを見ていた。 

「この街にはうんざりしてる。ここから逃げ出したいと思ってる。でも人魚になんかなっても目立つだけ、光の元に引きずり出されるだけ。だから人魚すくいにお願いしたの、『魚にしてください』って。私達は金魚になって暗闇に逃げ出したかった」

「まあ人と魚を継ぎはぎして人魚にするんだから、継ぎはぎし切って人と魚をすっかり取り替えることもできるかなって。彼女達と研究してたんです」

 人魚すくいは白髪に手櫛を入れながら言う。

「初めに人魚の作り方を教わった。六月の初め、確かに女子大生と金魚が継ぎはぎされてこのプールで泳いでいた。とてもきれいだった。しかし、それはライトを消すとカサカサのミイラになった」

「人魚は何を継ぎはぎしてもいいけど、管理が難しくて。常に闇の中、眩い光で照らしてないと生きられないんですよ」

「何を継ぎはぎしてもいい。闇の中、光がないと生きられない。この二つのルールを聞いた時、私達はすぐインターネットを思い浮かべた」

 少女達はスマホを顔の横に掲げ、頬が白む。

「この二週間ほどでバックライトや通信の光の中、私達の肉体とSNSを継ぎはぎして取り替えた」

「待ってくれ、それじゃ君達は!」

「私達は暗闇に散り電子を泳ぐ金魚になる」

 思わず少女の肩に手を伸ばすが、漫然と肩を切った。

 少女が、少女達が無数の金魚となって空中に拡散していく。その金魚一匹一匹がキンキラに輝き、少女達の姿が透けて見えた。

「行くなっ! 行くなっ!」

 叫んで、必死に金魚を追うが、触れることさえできず金魚達は消えていく。

「置いてかないで!」

 答える者はいない。

 結局、その場に立ち尽くすことしかできなかった。 


 パシャッ。


 やがて水音がして、背後に気配。

 振り向くと女が微笑んでいる。こちらに差し出す右手の中で和金が一匹、跳ねていた。


「人魚の作り方、お安くしときますよ」





灯りを消してご覧ください









そういうわけで、今、私はこれを書いているのです。

記事や私と少女達の投稿、資料、色々な文章を継ぎはぎして作りました。


どうです、私の人魚は。


辛い思い出や醜い見た目は置いていきたかったので、私のことはほとんど継ぎませんでした。もう自分の名前もきもちも思い出せません でもまんぞくしています





どうです バックライトのなかおよぐ わたしは
























とてもきれい