二本柳の母校を訪れた週の土曜日、私は電車で三八地方に向かい、鈴木さんの実家周辺に足を運びました。
 年賀状を出すために一度住所を聞いていたので、地図アプリを駆使してたどり着くことができました。

 家のチャイムを押すと、鈴木さんのお母さんが出てくれました。
 痩せすぎというくらい痩せていて、顔を見るのが怖いくらいでした。

 ことのあらましを話すと、鈴木さんのお母さんは一冊のおえかき帳のようなものを見せてくれました。それは、鈴木さんが日記として使っているものでした。

 驚くべきことに、日記は、私が彼女に記憶に関する聞き取り調査を行った日から始まっていました。

 字が綺麗なはずの鈴木さんですが、全体的に殴り書きで、焦っているのか、心が乱れているのか、どちらにせよ異様な印象を受けました。



 7月11日(月)
 今日、●●(筆者の名前)にレポート用のインタビュー的なのを受けた。子どものときの例のあれのことを喋った。話してて、自分でなんかちょっと怖くなってきた。
 ●●には言えなかったけど、わたしはあのおばあさんがマリンを殺したんじゃないかと思ってる。あのおくるみの中に、マリンが入ってたんだろうな。なんでそんなことをしたのかはわからないけど。
 思い出したくないことを思い出したはずなのに、なぜか少しスッキリした。頭がさえる?かんじ。人に話したから、さっぱりしたのかな。



 7月12日(火)
 なんかあのおばあさんのこと、人に喋ったらめっちゃ頭から離れなくなった(笑)。一回思い出しちゃうとずっと考えちゃうな。
 気になって、色々ネットとか調べてたら、すごく怖い話を見つけた。なんかエセ儀式?みたいなやつなんだけど、妙につじつまがあうような感じがしてキモい。
 わたしがあのとき見た湖のそばの小さい家みたいなやつってさ、今思えば祠だよね。マリンは神様におそなえされた?あれを、ああされて??
 いやだなああああ。
 


 7月14日(木)
 昨日は日記をサボっちゃった。
 なんか、耳が変。ずっと、なんか、くちゃくちゃ音がしてる。何の音?なんかを食べてるみたいな音がすんだけど。バリバリとか、ボリボリじゃなくて、くちゃくちゃだから、もともと柔らかいものを噛んでる音。普通に白米とか?
 気にしちゃだめなのにねー。どうせそんな儀式存在しないんだから、バカなデマを信じた人がやったことなんだから、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ



 7月15日(金)
 今日、夢の中で猫を殺した。
 血をまぜたからさ、もう死なないね



 7月16日(土)
 思いだしてあげてねー。



 7月18日(月)
 (解読不可)

 ※個人情報にはモザイクを入れています。
 ※鈴木さんのお母さんに、掲載許可をとっております。

 日記を読み終わった後、私はしばらく呆然としてしまいました。
 鈴木さんのお母さんに日記を返すと、鈴木さんのお母さんはぽつりぽつりと何か話し始めました。
 私は二本柳の母校を訪れたときと同様、ポケットに忍ばせていたICレコーダーをこっそり動かし始めました。
 文字起こししたものを、以下に記載します。
(ところどころ、わかりやすいように補足の文言を追加しています)

鈴木母:……(聞き取り不可)と、思います?
筆者:えっと、あの。
鈴木母:舞香は、まだ、存在してると思います?
筆者:あの……仲良かったので。生きてると、信じてます。
鈴木母:大丈夫ですよ、近々戻ってくるから。
筆者:え、本当ですか。
鈴木母:「きおくの会」のね、儀式がありますでしょ。ご近所さんにちゃんとやり方を聞いたから、もう私にもできるんです。
筆者:あの……。
鈴木母:そのご近所さんの話は、舞香からも聞いたことがあって。まだ、舞香が小さい頃の話ですけど、舞香からその方の話――猫がどうとか、思い出がどうとか聞いたことがあって、当時はなんだか気味が悪いなと思ってね。舞香には「そった不気味な人なんていねぇすけ、幻だと思って忘れなさい」なんて話してたんですけど。でも、とてもいい人だったんですよ。
筆者:……そうですか。
鈴木母:そのご近所さんも、お子さんを亡くしたみたいで。でも、本当に大丈夫なんですよ。だって、その方のお家にお子さん、戻ってきたそうで、もう永遠にいなくならないんです。

 最後まで、鈴木さんのお母さんが仰っていることがよくわかりませんでした。ずっと同じような話を繰り返しているため会話の一部だけをこちらに記載しましたが、鈴木さんのお母さんは、実際は一時間くらいずっと語り続けていました。
 ただ一つわかったのは、鈴木さんが子どもの頃見た謎の老婆はどうやら実在していたらしいということです。
 お母さんの話を聞くに、お母さんの言う「ご近所さん」と鈴木さんが見たおばあさんは同一人物っぽいです。
 鈴木さんがおばあさんを幻だと思っていたのは、親に「幻だと思って忘れなさい」と言い続けられていたためなのだと思います。でも、「幻と思う」ところまではできても、忘れることはなかなかできなかったんですね、きっと。
 鈴木さんのお母さんと話せば話すほどなんだか気持ち悪くなってきて、理由をつけて日が暮れる前には家を出ました。