二本柳の母校では、思いがけず大島さんが見たカラスと同じような方法で惨殺された犬の話が出ました。
かなり特殊な状況の死体だったので、まさかとは思いますが、関連性がある可能性も浮上してきました。
大島さんの記憶の真相を解き明かすために誰をあたるのが正解か迷いましたが、まずはあの最後の動画のサムネイルの謎に迫る必要があると思いました。
「曇虞狸」という三文字には、パッと見ただけでもどことなく不吉な雰囲気があり、ずっと心に引っ掛かっていました。
私はダメ元で、比較的オカルト的な分野に明るそうな大学時代の先生にメールを送ってみることにしました。
そこまで親しい先生ではありませんが、穏やかな人でしたし、彼の民族学の講義ではそれなりに優秀な成績をおさめていたので、無視はされないかなと思いました。
私は、あの動画のサムネイル画像とことの経緯を記したうえで、宮内先生――民族学の先生に送りました。
すると、以下のような返信がありました。
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RE:お久しぶりです。昨年度の卒業生です。
お疲れ様です。宮内です。メール有難うございます。
お送りいただいた動画のサムネイルに記載されている文字は、「曇虞狸(どんぐり)」ですね。
私の知っている範囲で、順を追って説明いたします。
2010年代、東北地方のとある地域で「きおくの会」という組織ができました。この組織は、「大切なものの『きおく』がいつまでもここに在るために、何度でも思い出そう」をスローガンに、子どもを亡くした親の自助グループとして、娘を亡くしたとある新聞社のお偉いさんが立ち上げたものだそうです。
しかし、やがて怪しげな儀式を行う、いわゆるカルト風の集団に変貌していったと言われます。
当該組織で行われる死者蘇生の儀式の一種に、「米呼子」があります。
流産した子どもや、若くして亡くなった子どもをよみがえらせる儀式で、蘇生させたい子どもの親本人しか行うことができません。
「米呼子」の手順は、以下の通りです。
1. 口の中に血をみたした状態で、もち米を八回噛んだものを吐き出し、丸める
2. 鳥、もしくは小動物の死体の目をくり抜いて、丸めた米を詰める
3. くり抜いた瞳と、目に米を詰めた動物の死体を、供物として生まれたての神に捧げる
「きおくの会」はカルト的な雰囲気を持ちつつも宗教の類ではなく、特定の神を信仰するような組織ではありませんでした。そのため「供物として生まれたての神に捧げる」という部分は人によって解釈が異なり、地域の祠の前に捧げる者がいたり、神社の鳥居の前に置いていく者がいたり、その人なりの神に渡していたそうです。
「生まれたて」という表現に関しても人によって解釈は違いますが、古い祠よりも「生まれたて」――すなわち、できたばかりの新しい祠や鳥居、神棚に捧げることが多かったようです。
「米呼子」によって蘇る子どもは、一見生前の子どもそのままの姿をしていますが、実は人間ではなく、「曇虞狸」と呼ばれる怪異だと言われます。
「曇虞狸」は人間ではないため、死ぬことも滅びることもありません。もはやそれは人間でも、彼ら彼女らの子どもでもないのですが、例え怪異だとしても永遠の命を持つものとして愛する者をそばに置いておきたい人々が、儀式を行ってきました。
「曇虞狸」は基本的に自分自身を蘇らせた親に害を及ぼすことはありませんが、小動物を殺し、その死体を一部損壊する残虐な儀式を通じて生まれる存在であるため、完全に無害というわけではありません。「きおくの会」への入会手続きがすんでいない人がその存在を知り、興味を持つと、あまりよろしくないようです。
「曇虞狸」に深く関わってしまった人は、第一段階として小さな不運が続くようになります。そして、第二段階では聞こえるはずのない場所で米を咀嚼する音が聞こえるようになり、最終的に動物を殺す夢を見るようになると言われます。
曇虞狸を追い出す方法は、曇虞狸を記憶の外に追いやる――つまり、「忘れる」ことしかありません。
最もよくないのは、忘れかけたときに思い出してしまうことです。
忘れかけたときに思い出すことで、曇虞狸はより強く根を張るようになります。
耳元で米を咀嚼する音が聞こえたくらいで忘れ去ることができればよいのですが、動物を惨殺する夢を見るところまで行ってしまうともう手遅れに近いのです。
咀嚼音は次第に大きく聞こえるようになり、他の音が聞こえなくなります。起きているうちはずっと米を噛む音だけが耳の奥で響き、寝れば毎晩動物を殺す夢を見る者は、次第に精神を蝕まれ、やがて行方不明になると言われます。
あなたも、もうこの件について考えたり、関わったりするのはやめることをお勧めします。
おかしな集団の、なんの科学的根拠もない、取るに足らない儀式のはずなのですが、
もう、私の耳元にはずっと、誰かが米を噛む音が聞こえていますよ。
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●●大学●●学部●●学科
准教授 宮内敏夫
携帯:×××-××××-××××
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かなり特殊な状況の死体だったので、まさかとは思いますが、関連性がある可能性も浮上してきました。
大島さんの記憶の真相を解き明かすために誰をあたるのが正解か迷いましたが、まずはあの最後の動画のサムネイルの謎に迫る必要があると思いました。
「曇虞狸」という三文字には、パッと見ただけでもどことなく不吉な雰囲気があり、ずっと心に引っ掛かっていました。
私はダメ元で、比較的オカルト的な分野に明るそうな大学時代の先生にメールを送ってみることにしました。
そこまで親しい先生ではありませんが、穏やかな人でしたし、彼の民族学の講義ではそれなりに優秀な成績をおさめていたので、無視はされないかなと思いました。
私は、あの動画のサムネイル画像とことの経緯を記したうえで、宮内先生――民族学の先生に送りました。
すると、以下のような返信がありました。
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RE:お久しぶりです。昨年度の卒業生です。
お疲れ様です。宮内です。メール有難うございます。
お送りいただいた動画のサムネイルに記載されている文字は、「曇虞狸(どんぐり)」ですね。
私の知っている範囲で、順を追って説明いたします。
2010年代、東北地方のとある地域で「きおくの会」という組織ができました。この組織は、「大切なものの『きおく』がいつまでもここに在るために、何度でも思い出そう」をスローガンに、子どもを亡くした親の自助グループとして、娘を亡くしたとある新聞社のお偉いさんが立ち上げたものだそうです。
しかし、やがて怪しげな儀式を行う、いわゆるカルト風の集団に変貌していったと言われます。
当該組織で行われる死者蘇生の儀式の一種に、「米呼子」があります。
流産した子どもや、若くして亡くなった子どもをよみがえらせる儀式で、蘇生させたい子どもの親本人しか行うことができません。
「米呼子」の手順は、以下の通りです。
1. 口の中に血をみたした状態で、もち米を八回噛んだものを吐き出し、丸める
2. 鳥、もしくは小動物の死体の目をくり抜いて、丸めた米を詰める
3. くり抜いた瞳と、目に米を詰めた動物の死体を、供物として生まれたての神に捧げる
「きおくの会」はカルト的な雰囲気を持ちつつも宗教の類ではなく、特定の神を信仰するような組織ではありませんでした。そのため「供物として生まれたての神に捧げる」という部分は人によって解釈が異なり、地域の祠の前に捧げる者がいたり、神社の鳥居の前に置いていく者がいたり、その人なりの神に渡していたそうです。
「生まれたて」という表現に関しても人によって解釈は違いますが、古い祠よりも「生まれたて」――すなわち、できたばかりの新しい祠や鳥居、神棚に捧げることが多かったようです。
「米呼子」によって蘇る子どもは、一見生前の子どもそのままの姿をしていますが、実は人間ではなく、「曇虞狸」と呼ばれる怪異だと言われます。
「曇虞狸」は人間ではないため、死ぬことも滅びることもありません。もはやそれは人間でも、彼ら彼女らの子どもでもないのですが、例え怪異だとしても永遠の命を持つものとして愛する者をそばに置いておきたい人々が、儀式を行ってきました。
「曇虞狸」は基本的に自分自身を蘇らせた親に害を及ぼすことはありませんが、小動物を殺し、その死体を一部損壊する残虐な儀式を通じて生まれる存在であるため、完全に無害というわけではありません。「きおくの会」への入会手続きがすんでいない人がその存在を知り、興味を持つと、あまりよろしくないようです。
「曇虞狸」に深く関わってしまった人は、第一段階として小さな不運が続くようになります。そして、第二段階では聞こえるはずのない場所で米を咀嚼する音が聞こえるようになり、最終的に動物を殺す夢を見るようになると言われます。
曇虞狸を追い出す方法は、曇虞狸を記憶の外に追いやる――つまり、「忘れる」ことしかありません。
最もよくないのは、忘れかけたときに思い出してしまうことです。
忘れかけたときに思い出すことで、曇虞狸はより強く根を張るようになります。
耳元で米を咀嚼する音が聞こえたくらいで忘れ去ることができればよいのですが、動物を惨殺する夢を見るところまで行ってしまうともう手遅れに近いのです。
咀嚼音は次第に大きく聞こえるようになり、他の音が聞こえなくなります。起きているうちはずっと米を噛む音だけが耳の奥で響き、寝れば毎晩動物を殺す夢を見る者は、次第に精神を蝕まれ、やがて行方不明になると言われます。
あなたも、もうこの件について考えたり、関わったりするのはやめることをお勧めします。
おかしな集団の、なんの科学的根拠もない、取るに足らない儀式のはずなのですが、
もう、私の耳元にはずっと、誰かが米を噛む音が聞こえていますよ。
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●●大学●●学部●●学科
准教授 宮内敏夫
携帯:×××-××××-××××
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