【水仙のように美しく毒を持っている僕を、君は愛していると言った】
バラまかれた水仙の花の上に静かに横たわる男。その周りを、もう一人の男が歩きながら話しかける。
【それなのに、僕が毒を持っていたから死ぬと、君は言うのか】
水仙を一輪一輪拾い集める男の白い手が震える。
【それなら、僕はどうすれば良かった。君に愛されるためにどうすれば良かった】
水仙の花束を手に持った男が、ゆっくりと倒れこむ。その目に涙はない。ただ虚空を見つめているだけだ。
舞台の上を照らしていたスポットライトが徐々にしぼられ、男の手にある水仙の花束だけが、闇の中に浮かび上がる。
【どうすれば、良かった】
男の絶望に満ちた声が静まり返った空間にもう一度響き、舞台は幕を閉じた。
***
「三番、東雅大学 薬学部三年 西原透真です」
ミス・ミスターコンの実行委員が向けているスマホに、笑顔で手を振っている透真さんを眺める。中庭のグリーンをバックに、なんてことのない白いTシャツが映えている。
透真さんから一メートルほど右にあるゴミ箱は画角の外に追いやられ、スマホの画面上では完璧に爽やかな絵面となっているのだろう。
舞台を見ることが趣味で自分も演劇部に所属してます、と楽し気に語っている姿をぼんやり見つつ、結局何を話すのか決まらないままだなぁと考えていると、急に透真さんがこっちに向かって歩いてきた。
あれ、もう俺の番かと思ったら、スマホのカメラも透真さんを追ってくる。
「それで、二週間後の七月公演が終わったら、今度は十月にある学園祭で、この鷹野友とダブル主演で、ナルキッソス――ナルシストの語源にもなったギリシャ神話の少年の話をアレンジした物語を演ることになっていまーす。舞台も日本にうつして、僭越ながら僕がナルキッソスをもとにした成瀬役で」
一ミリも僭越とは思っていなさそうなあっけらかんとした口調で、透真さんが自分自身を指さす。顔がいいのは誰もが認めるところなので、本気で謙遜したら逆に嫌みになるからこれで正解なのだろう。
続けて透真さんは俺の肩を右腕で抱いた。
「ユウは、ナルキッソスに恋するアメイニアスを元にした雨衣という名前の青年役でーす」
自己紹介ついでに演劇部のアピールをすることにしたらしい透真さんの隣で、ぺこり、とスマホへ向かって頭を下げる。
「ちなみにこのユウは俺がミスターコンテストに推薦しましたー。ぱっと見クールなイケメンなんですけど、笑うとけっこう可愛いんですよ、ほんと。ね、ユウ、ちょっと笑ってみせてよ」
左の人差し指でつんつんと頬をつつかれ、へらっと分かりやすく作り笑いをすると「それはおれの好きな笑顔と違う」とダメ出しをされる。
「いや、笑顔なんてそう違わないですよ。ってか、いいって俺のことは。今、あなたの紹介中でしょ」
「いいじゃん、演劇部の宣伝しろって言われてるしさ。そう、僕ら演劇部の先輩後輩なんですけど、うちの部みんな仲良くて見てのとおり垣根なんてない感じで」
「ありますけど」
「ありますけどって言えてる時点でないんだって」
笑った透真さんが続ける。
「このとおり、ユウはマイペースな男です。とはいっても、やることはきっちりやるタイプで、根はすげー真面目でストイック……あ、だからこそのマイペースってとこもあんのかな」
透真さんは少し考えるように首を傾げた。
「ただ、ユウってそういうストイックさが嫌みにならないんですよね。むしろユウが頑張ってるのを見て、こっちもやってみようって前向きな気持ちになるっていうの? そういう気持ちにさせてくれる人で、俺もユウのほうが年下なのにけっこう影響を受けてる気がします。なので、まだ二年なのに演劇部の中でも頼られてるし、この前もユウが――」
「あのー、鷹野くんの話は、そのへんにしておいてもらって」
スマホをずっと構えていた実行委員の男に苦笑しながら遮られ、透真さんは慌てたように左手で口を押さえる。
「ごめん、長すぎた」
「いや、長いのは全然いいけど、これ、鷹野くんじゃなく西原くんのアピール動画なんで」
「えー、じゃあ、いいじゃん。俺はそんなユウのことが好きっていうアピールをしてるってことで」
「後輩としてね」
横から注釈をいれる。
誰に対しても、すぐに好きだ好きだと素直に口にする性格であるということを付き合いのある人は知ってるけど、何も知らない人には誤解されかねない。
それなのに、人のフォローを透真さんは笑顔でぶった切った。
「えー、それだけじゃないって。ほんと、人としてユウのこと大好きだしー、尊敬してるしー、だから今回も雨衣役がユウで良かったって思ってるもん。ラブシーンもユウとなら不安ゼロだし」
誤解をさらに深めそうなことを言いつつ、改めて俺の肩を抱きなおした透真さんはカメラにピースをしてみせる。
「そんな僕たちのラブが繰り広げられる舞台、興味があったら見にきてくださーい!十月の青竜祭でやります!」
「きてくださーい」
透真さんに続き、俺もそれだけ言ってダブルピースをカメラに向ける。どう振舞うのが正解なのか、もう分からない。
「はーい、オッケーです。んじゃ、鷹野くん、いろいろ言われたあとで喋りにくそうだけどよろしくー」
ようやくスマホが下ろされ、ほっとため息をつく。
「いや、ほんとそれななんですけど」
「そんなことないっしょ。だって俺、ユウの趣味のこととか喋ったわけじゃないし、喋ることいろいろあるじゃん」
「そこじゃないって。俺を褒めまくって、ハードルあげまくったこと言ってんの。俺の動画を見た人にがっかりされたら透真さんのせいだからね」
「ユウなら大丈夫だって」
両手を握って応援ポーズをする透真さんの悪気の無さに、再びため息をつく。
「俺、ただでさえ自己アピールとか苦手なのに」
「舞台だと思えばいいじゃん。ほら、役になり切る感じで、鷹野友を演じれば」
「俺を演じても俺でしょ」
「明るくてやる気のある、爽やか青年の鷹野友になり切れってこと」
「今の俺をなんだと思ってんすか」
ぶつぶつ言いながら、さっき透真さんが立っていた場所に移動し、今度は一人でスマホのカメラと向き合う。
まあきっと、実行委員のほうで動画は適当に編集してくれるだろうし、そこに期待するしかない。そもそも俺なんかの動画を見る人がいるかどうかも分からないし。
「はい、じゃあ自己紹介お願いしまーす」
「エントリーナンバー四番、東雅大学 生命科学科二年 鷹野友です」
「あー! 俺、エントリーナンバーって言うの忘れた!!」
「透真さん、わりと大きな声で人のしゃべりにかぶせてくるのやめてくれます?」
「ごめーん」
「もう一回最初から撮ります?」
実行委員の人に聞くと、ふるふると首を振られたので「えーっと、じゃあ」と続ける。
「趣味は、古いレコードを集めることです。休みの日とか、レコードを売ってる店をはしごしたりしてます。でもレコードプレーヤー持ってないので、なんていうか、今は曲よりも見た目っていうか、カバー重視で買って飾って楽しんでます。まあそのうちレコードプレーヤーも買えたらなって……」
「ユウ! 今度舞台美術でその古いレコードも使われるよって宣伝して!」
「あー、うん、そう、お気に入りのレコードを舞台で飾ってもらう予定なので、けっこう楽しみですね」
「でも特にお気に入りの一軍レコードは、壊れたらやだから貸し出さないんだよね!」
「そう……あの、透真さんのほうが、たぶん俺に関することいろいろ話せると思うんで、良ければあっちにカメラ向けてもらって……」
透真さんの方に手を差し出して画面から外れようとすると「待って待って!」と止められる。
「それじゃ鷹野くんの動画じゃなくなるし!」
「俺、ユウのいいところもっとアピールできるよ!」
「シーッ! 西原くんは黙って! 鷹野くんもあからさまにやる気なくさない! ほら! 頑張れ!」
実行委員の人の言葉にいやいやもとの位置に戻る俺を見て、透真さんが声を出して笑った。
*
衝撃的なことに、透真さんの動画も俺の動画も、ほとんど編集されることなくツブッターとピンスタグラムに載せられた。
自分たち以外の四人は、かっこよく決めていたり緊張してる感じが初々しかったりと違いはもちろんありつつもみんな真面目に自己アピールをしている中、透真さんと自分の動画だけ自由過ぎて明らかに悪目立ちしてしまっていた。
でも、これで透真さんが絡んでくれなかったら、明らかに自分の動画だけやる気も面白味もないものに仕上がっていたのは確実なので、感謝しないといけないかもしれない。というか、透真さんのことだから、俺がうまくできないであろうことを見越して絡んできていた可能性もある。
しかしその結果、他の人の動画には「かっこいい」とか「笑顔がかわいい」とか「応援する!」とかいったコメントがきているのに、俺と透真さんの動画には「付き合ってる」とか「結婚式はいつですか」とか「年下攻めであれ」とかいった方向性が著しく異なったコメントがきているので果たして正解だったのかどうかは分からない。
その原因を作った張本人はといえば、どういう反応であれ舞台の宣伝となっていることには間違いないとご満悦で、コメントにいちいちハートマークをつけるものだから、「ご本人様がいいねしてるってことは、この二人ガチってこと!?」と追い焚きされた人たちがますます血気盛んになっているような状況である。
「でね、結果的に西原くんと鷹野くんの動画だけ、閲覧数が桁違いだから、これは定期的にコンビ売りを続けてもらえるとありがたいなって。普通はミスターコンのSNSがここまで見られるってことないし」
そして数日後には、実行委員の女子がわざわざ演劇部の部室まで俺たちに手を合わせにくるほど、二人の、特に透真さんの動画はプチバズりしていた。
「注目度があがれば、企業とかからの協賛も増えるし、盛り上がるしいいこと尽くめなの」
「俺はいいよ。舞台見にきてくれる人が増えたら嬉しいし。ユウはどう?」
床に座ってストレッチしていた透真さんが、首にかけたタオルで顔の汗をぬぐいながら隣に立つ俺を見上げた。
こちらとしてもとくに問題はないので「別にいいっすよ」と頷く。
「でも、具体的にどんな感じの写真とか載せればいいんですかね? ツーショット写真撮ればいいってこと? そればっかだと飽きられたりしません?」
「もちろんツーショットもいいんですけどお互いの写真を載せ合うのもいいですよね。あとは匂わせっていうんですか二人で食事に行ってお互い相手の存在には触れずに同じ店の写真を載せるとか他にはもちろん稽古の様子を載せてもいいと思いますしじゃれ合ってる動画とかあったら最高オブ最高だし――」
どこで息継ぎをしているんだ、という勢いでつらつらと喋っていた女の子が、はっとしたように言葉を止め、俺は膝下に両腕で絡みついてきた透真さんを見下ろす。
「じゃあ今日、二人でご飯食べに行こっか」
女子が目を皿のようにして見ていることなどお構いなしに、透真さんが首を傾げて見上げてくる。
「いや、今日俺、焼きそばの日だから無理」
「なにそれ」
「うちの近くのスーパは、毎週水曜はカップ焼きそばが特価になるから水曜は焼きそばの日って決まってんの」
「じゃあ今日買うだけ買って、明日食えばいいじゃん」
「無理。朝から焼きそばって思ってたから焼きそば食いたい」
「じゃあ焼きそばのある店に行こ」
「違うの。あのちょっとジャンク感のある焼きそばを食べたいんだってば」
「ユウってさー、変なとこ頑固だよね」
「食にこだわりがあるだけですー」
「そういうの食へのこだわりって言わなくない?」
ジャージを履いた足に絡まれたまま話をしていると、実行委員会の子がスマホを取り出し、こちらに向ける。
「お二人は、今日の夕飯をどうするのかで揉めています」
突然実況が始まり、透真さんがカメラに向かって「俺がご飯に誘ってんのに、食にこだわりがあるユウくんは家でカップ焼きそば食うって言って聞いてくれないんですー」と口を尖らせる。
「今日は、焼きそばの気分なんですって。明日なら付き合いますよ」
「なんかこう、俺より焼きそばを優先されてるのがいまいち納得いかない……」
鼻に皺を寄せて俺をまた見上げた透真さんが、すぐに表情を崩し、ふふっと笑う。
「うそうそ。そういうちょっとしたこだわりを大事にしてるとこもユウっぽくて好き」
さらりとまた火種になりそうなことを言った透真さんが「そんなわけで」と俺の足から片手を離し、カメラにヒラヒラと振ってみせる。
「今日は諦めて、明日こそはユウと飲みに行ってきまーす」
「飲みじゃなくて飯ね」
「暑いしビール飲みたい気分なんだけど」
「嫌ですよ。透真さん、飲んだらすぐ寝ちゃうし」
「俺が寝ちゃうと寂しいもんな……」
「面倒なだけです」
「ひど」
ひどくはない。実際に熟睡態勢に入ってなかなか起きず、男二人で引きずるようにして連れて帰ったこともある。
「まあ、じゃあそんなわけで、明日は透真さんのおごりで飯食ってきます」
「誰もおごるって言ってないけど!?」
「今日は焼きそばを一人で満喫しまーす」
透真さんのツッコミを無視してカメラに手を振ると、心得たように実行委員の女の子が画面をタップし、満足そうにスマホを胸に抱えた。
「いいものを撮らせていただきました……!」
「どうでもいいこと喋ってるだけなのに?」
「その日常の中に垣間見える仲の良さが至高なんですよね」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんなんです」
有無を言わさぬ口調に「勉強になります」と頷いた俺を見た透真さんは「素直」と笑い、すっと足から離れていった。
次の日、二人で食事にいったあと、さっそくお互い相手には触れずにツブッターとピンスタに写真を載せたら、「同じ店じゃない!?」とコメント欄がざわついた。数時間後、そこに実行委員から自分たちをタグ付けした前日の動画が投下されると「答え合わせー!」「おごった?」「かわいー!」「焼きそば至上主義わらう」とコメントがまた盛り上がり、透真さんも自分も、フォロワー数が数十人単位でぐっと増えた。実行委員の采配に感服である。
それからも、透真さん関連の写真をときどき載せていったものの、ミスターコンに参加するメンバーは、写真か動画を最低でも一日一回、SNSに投稿することが義務付けられている。
となると、透真さんに関係ない写真も撮らねばならないということで、友達が教科書に描いた落書きとか、自販機で見つけた謎な乳酸菌飲料だとか、塀の隙間から鼻の頭だけ出している犬とかを投稿していたら「そういうことではないんですけど、もう鷹野くんはそれでいいです」とミーティングのときに実行委員から言われてしまった。
どういうことかと隣に座っている同学年の参加者に聞くと、呆れたような視線が返ってきた。
「これ、ミスターコンに向けた自己アピールの場なわけだから、本来は自撮りだとか、普段の生活の様子だとか、そういうのを載せるのが普通だろ」
「そんなこと誰か言ってた?」
「言ってなくてもさ、自己アピールできる写真をって言われたら普通そうなるじゃん」
「自己アピールっていうから、自分がいいと思ったものを載せてたんだけどな……」
でも、もうそれでいいと言われたならいいか、と思っていると、今度は三年生の参加者が口を開く。
「鷹野はさ、何載せても、もしかして透真との写真が載るんじゃないかってみんな見に来るし、ついでに『いいね』も押してくれるから楽でいいよな」
「まあ、そうっすね」
口調にも表情にも棘を感じるが、実際そのとおりなので素直に頷くと「えーー?」と透真さんが隣に座っていたその三年に頭を寄りかからせた。
「なになに、イッシーも俺と写真撮りたいってことー? 大歓迎だけど?」
「そんなこと言ってねーって。つーか、くっつくなって」
肘でぐいぐいと押しやられ、それに合わせて頭をぐらぐらさせながら透真さんが笑う。
「またまた照れちゃってー。この前、パピッコ半分こした仲なのに」
「お前が半分強奪したんだろうが」
「ちょうだいって言ったらイッシーがくれたんじゃん。ってか、またアイス半分こして、それこそ一緒に投稿せん?」
「透真が買ってくるならな」
「えー、ケチくね?」
「どっちがだよ」
「じゃあこの前のチョコだったし、ホワイトのほう買うかー。購買に売ってたっけ?」
ミーティング終わったら行ってみるか、と言う透真さんを見ながら、あのアイス確かに二本セットだけど、一本だと物足りないから誰かと分けたことないな、と考えていると「あとユウはさ」と、身体を起こした透真さんが柔らかく言う。
「演劇部のアピールのために俺が無理やり参加させたところもあるし、マイペースなのは勘弁してやって。本人もミスターコンで勝ちたいとか全然考えてないから」
「まあ、無欲なのは分かる」
透真さんにすっかり棘を刈り取られたイッシーさんがこっちを見る。
「でも、無欲なのに自分より『いいね』が多かったりすると、正直くそって思うこともあるわな」
他の人もちょっと頷いているところを見ると、どうやらみんな思うところはあったらしい。
「鷹野くんの投稿って、ゆるーい感じだから、逆に『いいね』を押しやすいってのもあると思うんですよね」
黙って話を聞いていた実行委員の一人がようやく口を開く。
「でも、これってキャラクターもあるじゃないですか。鷹野くんって本物のマイペース人間だってことが西原くんとの動画とかでも伝わりつつあるから、こういう投稿してもまあ鷹野くんだしなーってなるけど、普通の人が真似しても狙ったみたいになっちゃってあまり受けなかったり」
本物のマイペース人間ってすごい呼び名だと思っている間に、普通ではないという烙印までさりげなく押されてしまった。
「だから、鷹野くんはもうこれでいってもらって、これまで通りときどき西原くんとの写真とか動画を載せることで、一応ミスターコンに参加してるって世間に分かってもらえればいいかなと思うんです。逆に他の方は、どんどんミスターコンらしい投稿をしてもらえたほうが、こちらとしても助かります。全員が鷹野くんみたいな投稿だと、東雅大学のミスターコンはどうなってんだ、となると思うので」
「ユウ、なかなかな言われようだけど反論しなくていいの」
透真さんが苦笑しながら声をかけてくる。
「いや、実際そのとおりだと思うんで。むしろ、今のスタイルから変えなくていいってことで安心してます」
「まあ、計算していい感じの自撮りとかできないもんな、ユウは」
「この前、額のど真ん中にできたニキビはけっこううまく自撮りできましたよ」
「そういうのはいい感じの自撮りって言わないの」
「むずいっすね」
「でもユウが上手に自撮りしだしたらなんか嫌だから、俺はそのままでいてほしいけど」
透真さんが笑い「で、なんだっけ。今日の本題。ファッションショーだっけ?」と実行委員に話を振る。
「そうそう。その話をしないと。スケジュールが決まりました」
夏休み、同じ県内にある服飾専門学校では、オープンキャンパスに合わせて生徒たちのデザインした服を使ったファッションショーを行うのが恒例となっている。
そのショーでのモデルとして、東雅大学も含め、近隣の大学のミスター・ミスコンテストに出るメンバーが毎年招待されているのだ。
「まずは服の採寸にいって、その後の予定としては――」
実行委員がホワイトボードに書き込むスケジュールを見ていたみんながざわつき、一人の男子が手を挙げる。
「あの、ポージングの練習って……?」
「一応ランウェイを歩くので、ちゃんとプロの講師を呼んで、歩き方やポージングの練習をする時間をとりました」
「そんなことまですんの?」
「はい」
当然のように頷いた実行委員がリハーサルや本番の日程を書いていくうしろでイッシーさんがため息をつく。
「ぎこちなくなる自信しかねーな……西原とか鷹野は、舞台慣れしてるから余裕そうだよな」
「いやー、舞台とは全然違うだろ」
顔をしかめて見せてはいるが、実際その場にいけば、透真さんは完璧にやってのけるだろう。
そして、きっと会場中の視線を集める。普段は周りに気を配って和ませてその場に溶け込んでいるから分かりにくいけど、本気を出せば驚くほどのオーラを出す人だから。
先週の七月公演でも、後半感情が乗るにつれ、出番はそれほど多くないのに完全に主役を喰っていた透真さんを思い出す。
次の舞台は透真さんとW主演だし、さらに遠慮なく来るだろう。気合いを入れていかないと、主演のはずの自分が、ただのモブキャラに成り下がりかねない。
頑張ろー、と思ったとたん、お腹がぐうとなった。
あとで透真さんたちにくっついて購買に行き、あわよくばおごってもらおうと心に決めた俺は、ファッションショーに向けての日程が書かれたホワイトボードをスマホで撮った。
バラまかれた水仙の花の上に静かに横たわる男。その周りを、もう一人の男が歩きながら話しかける。
【それなのに、僕が毒を持っていたから死ぬと、君は言うのか】
水仙を一輪一輪拾い集める男の白い手が震える。
【それなら、僕はどうすれば良かった。君に愛されるためにどうすれば良かった】
水仙の花束を手に持った男が、ゆっくりと倒れこむ。その目に涙はない。ただ虚空を見つめているだけだ。
舞台の上を照らしていたスポットライトが徐々にしぼられ、男の手にある水仙の花束だけが、闇の中に浮かび上がる。
【どうすれば、良かった】
男の絶望に満ちた声が静まり返った空間にもう一度響き、舞台は幕を閉じた。
***
「三番、東雅大学 薬学部三年 西原透真です」
ミス・ミスターコンの実行委員が向けているスマホに、笑顔で手を振っている透真さんを眺める。中庭のグリーンをバックに、なんてことのない白いTシャツが映えている。
透真さんから一メートルほど右にあるゴミ箱は画角の外に追いやられ、スマホの画面上では完璧に爽やかな絵面となっているのだろう。
舞台を見ることが趣味で自分も演劇部に所属してます、と楽し気に語っている姿をぼんやり見つつ、結局何を話すのか決まらないままだなぁと考えていると、急に透真さんがこっちに向かって歩いてきた。
あれ、もう俺の番かと思ったら、スマホのカメラも透真さんを追ってくる。
「それで、二週間後の七月公演が終わったら、今度は十月にある学園祭で、この鷹野友とダブル主演で、ナルキッソス――ナルシストの語源にもなったギリシャ神話の少年の話をアレンジした物語を演ることになっていまーす。舞台も日本にうつして、僭越ながら僕がナルキッソスをもとにした成瀬役で」
一ミリも僭越とは思っていなさそうなあっけらかんとした口調で、透真さんが自分自身を指さす。顔がいいのは誰もが認めるところなので、本気で謙遜したら逆に嫌みになるからこれで正解なのだろう。
続けて透真さんは俺の肩を右腕で抱いた。
「ユウは、ナルキッソスに恋するアメイニアスを元にした雨衣という名前の青年役でーす」
自己紹介ついでに演劇部のアピールをすることにしたらしい透真さんの隣で、ぺこり、とスマホへ向かって頭を下げる。
「ちなみにこのユウは俺がミスターコンテストに推薦しましたー。ぱっと見クールなイケメンなんですけど、笑うとけっこう可愛いんですよ、ほんと。ね、ユウ、ちょっと笑ってみせてよ」
左の人差し指でつんつんと頬をつつかれ、へらっと分かりやすく作り笑いをすると「それはおれの好きな笑顔と違う」とダメ出しをされる。
「いや、笑顔なんてそう違わないですよ。ってか、いいって俺のことは。今、あなたの紹介中でしょ」
「いいじゃん、演劇部の宣伝しろって言われてるしさ。そう、僕ら演劇部の先輩後輩なんですけど、うちの部みんな仲良くて見てのとおり垣根なんてない感じで」
「ありますけど」
「ありますけどって言えてる時点でないんだって」
笑った透真さんが続ける。
「このとおり、ユウはマイペースな男です。とはいっても、やることはきっちりやるタイプで、根はすげー真面目でストイック……あ、だからこそのマイペースってとこもあんのかな」
透真さんは少し考えるように首を傾げた。
「ただ、ユウってそういうストイックさが嫌みにならないんですよね。むしろユウが頑張ってるのを見て、こっちもやってみようって前向きな気持ちになるっていうの? そういう気持ちにさせてくれる人で、俺もユウのほうが年下なのにけっこう影響を受けてる気がします。なので、まだ二年なのに演劇部の中でも頼られてるし、この前もユウが――」
「あのー、鷹野くんの話は、そのへんにしておいてもらって」
スマホをずっと構えていた実行委員の男に苦笑しながら遮られ、透真さんは慌てたように左手で口を押さえる。
「ごめん、長すぎた」
「いや、長いのは全然いいけど、これ、鷹野くんじゃなく西原くんのアピール動画なんで」
「えー、じゃあ、いいじゃん。俺はそんなユウのことが好きっていうアピールをしてるってことで」
「後輩としてね」
横から注釈をいれる。
誰に対しても、すぐに好きだ好きだと素直に口にする性格であるということを付き合いのある人は知ってるけど、何も知らない人には誤解されかねない。
それなのに、人のフォローを透真さんは笑顔でぶった切った。
「えー、それだけじゃないって。ほんと、人としてユウのこと大好きだしー、尊敬してるしー、だから今回も雨衣役がユウで良かったって思ってるもん。ラブシーンもユウとなら不安ゼロだし」
誤解をさらに深めそうなことを言いつつ、改めて俺の肩を抱きなおした透真さんはカメラにピースをしてみせる。
「そんな僕たちのラブが繰り広げられる舞台、興味があったら見にきてくださーい!十月の青竜祭でやります!」
「きてくださーい」
透真さんに続き、俺もそれだけ言ってダブルピースをカメラに向ける。どう振舞うのが正解なのか、もう分からない。
「はーい、オッケーです。んじゃ、鷹野くん、いろいろ言われたあとで喋りにくそうだけどよろしくー」
ようやくスマホが下ろされ、ほっとため息をつく。
「いや、ほんとそれななんですけど」
「そんなことないっしょ。だって俺、ユウの趣味のこととか喋ったわけじゃないし、喋ることいろいろあるじゃん」
「そこじゃないって。俺を褒めまくって、ハードルあげまくったこと言ってんの。俺の動画を見た人にがっかりされたら透真さんのせいだからね」
「ユウなら大丈夫だって」
両手を握って応援ポーズをする透真さんの悪気の無さに、再びため息をつく。
「俺、ただでさえ自己アピールとか苦手なのに」
「舞台だと思えばいいじゃん。ほら、役になり切る感じで、鷹野友を演じれば」
「俺を演じても俺でしょ」
「明るくてやる気のある、爽やか青年の鷹野友になり切れってこと」
「今の俺をなんだと思ってんすか」
ぶつぶつ言いながら、さっき透真さんが立っていた場所に移動し、今度は一人でスマホのカメラと向き合う。
まあきっと、実行委員のほうで動画は適当に編集してくれるだろうし、そこに期待するしかない。そもそも俺なんかの動画を見る人がいるかどうかも分からないし。
「はい、じゃあ自己紹介お願いしまーす」
「エントリーナンバー四番、東雅大学 生命科学科二年 鷹野友です」
「あー! 俺、エントリーナンバーって言うの忘れた!!」
「透真さん、わりと大きな声で人のしゃべりにかぶせてくるのやめてくれます?」
「ごめーん」
「もう一回最初から撮ります?」
実行委員の人に聞くと、ふるふると首を振られたので「えーっと、じゃあ」と続ける。
「趣味は、古いレコードを集めることです。休みの日とか、レコードを売ってる店をはしごしたりしてます。でもレコードプレーヤー持ってないので、なんていうか、今は曲よりも見た目っていうか、カバー重視で買って飾って楽しんでます。まあそのうちレコードプレーヤーも買えたらなって……」
「ユウ! 今度舞台美術でその古いレコードも使われるよって宣伝して!」
「あー、うん、そう、お気に入りのレコードを舞台で飾ってもらう予定なので、けっこう楽しみですね」
「でも特にお気に入りの一軍レコードは、壊れたらやだから貸し出さないんだよね!」
「そう……あの、透真さんのほうが、たぶん俺に関することいろいろ話せると思うんで、良ければあっちにカメラ向けてもらって……」
透真さんの方に手を差し出して画面から外れようとすると「待って待って!」と止められる。
「それじゃ鷹野くんの動画じゃなくなるし!」
「俺、ユウのいいところもっとアピールできるよ!」
「シーッ! 西原くんは黙って! 鷹野くんもあからさまにやる気なくさない! ほら! 頑張れ!」
実行委員の人の言葉にいやいやもとの位置に戻る俺を見て、透真さんが声を出して笑った。
*
衝撃的なことに、透真さんの動画も俺の動画も、ほとんど編集されることなくツブッターとピンスタグラムに載せられた。
自分たち以外の四人は、かっこよく決めていたり緊張してる感じが初々しかったりと違いはもちろんありつつもみんな真面目に自己アピールをしている中、透真さんと自分の動画だけ自由過ぎて明らかに悪目立ちしてしまっていた。
でも、これで透真さんが絡んでくれなかったら、明らかに自分の動画だけやる気も面白味もないものに仕上がっていたのは確実なので、感謝しないといけないかもしれない。というか、透真さんのことだから、俺がうまくできないであろうことを見越して絡んできていた可能性もある。
しかしその結果、他の人の動画には「かっこいい」とか「笑顔がかわいい」とか「応援する!」とかいったコメントがきているのに、俺と透真さんの動画には「付き合ってる」とか「結婚式はいつですか」とか「年下攻めであれ」とかいった方向性が著しく異なったコメントがきているので果たして正解だったのかどうかは分からない。
その原因を作った張本人はといえば、どういう反応であれ舞台の宣伝となっていることには間違いないとご満悦で、コメントにいちいちハートマークをつけるものだから、「ご本人様がいいねしてるってことは、この二人ガチってこと!?」と追い焚きされた人たちがますます血気盛んになっているような状況である。
「でね、結果的に西原くんと鷹野くんの動画だけ、閲覧数が桁違いだから、これは定期的にコンビ売りを続けてもらえるとありがたいなって。普通はミスターコンのSNSがここまで見られるってことないし」
そして数日後には、実行委員の女子がわざわざ演劇部の部室まで俺たちに手を合わせにくるほど、二人の、特に透真さんの動画はプチバズりしていた。
「注目度があがれば、企業とかからの協賛も増えるし、盛り上がるしいいこと尽くめなの」
「俺はいいよ。舞台見にきてくれる人が増えたら嬉しいし。ユウはどう?」
床に座ってストレッチしていた透真さんが、首にかけたタオルで顔の汗をぬぐいながら隣に立つ俺を見上げた。
こちらとしてもとくに問題はないので「別にいいっすよ」と頷く。
「でも、具体的にどんな感じの写真とか載せればいいんですかね? ツーショット写真撮ればいいってこと? そればっかだと飽きられたりしません?」
「もちろんツーショットもいいんですけどお互いの写真を載せ合うのもいいですよね。あとは匂わせっていうんですか二人で食事に行ってお互い相手の存在には触れずに同じ店の写真を載せるとか他にはもちろん稽古の様子を載せてもいいと思いますしじゃれ合ってる動画とかあったら最高オブ最高だし――」
どこで息継ぎをしているんだ、という勢いでつらつらと喋っていた女の子が、はっとしたように言葉を止め、俺は膝下に両腕で絡みついてきた透真さんを見下ろす。
「じゃあ今日、二人でご飯食べに行こっか」
女子が目を皿のようにして見ていることなどお構いなしに、透真さんが首を傾げて見上げてくる。
「いや、今日俺、焼きそばの日だから無理」
「なにそれ」
「うちの近くのスーパは、毎週水曜はカップ焼きそばが特価になるから水曜は焼きそばの日って決まってんの」
「じゃあ今日買うだけ買って、明日食えばいいじゃん」
「無理。朝から焼きそばって思ってたから焼きそば食いたい」
「じゃあ焼きそばのある店に行こ」
「違うの。あのちょっとジャンク感のある焼きそばを食べたいんだってば」
「ユウってさー、変なとこ頑固だよね」
「食にこだわりがあるだけですー」
「そういうの食へのこだわりって言わなくない?」
ジャージを履いた足に絡まれたまま話をしていると、実行委員会の子がスマホを取り出し、こちらに向ける。
「お二人は、今日の夕飯をどうするのかで揉めています」
突然実況が始まり、透真さんがカメラに向かって「俺がご飯に誘ってんのに、食にこだわりがあるユウくんは家でカップ焼きそば食うって言って聞いてくれないんですー」と口を尖らせる。
「今日は、焼きそばの気分なんですって。明日なら付き合いますよ」
「なんかこう、俺より焼きそばを優先されてるのがいまいち納得いかない……」
鼻に皺を寄せて俺をまた見上げた透真さんが、すぐに表情を崩し、ふふっと笑う。
「うそうそ。そういうちょっとしたこだわりを大事にしてるとこもユウっぽくて好き」
さらりとまた火種になりそうなことを言った透真さんが「そんなわけで」と俺の足から片手を離し、カメラにヒラヒラと振ってみせる。
「今日は諦めて、明日こそはユウと飲みに行ってきまーす」
「飲みじゃなくて飯ね」
「暑いしビール飲みたい気分なんだけど」
「嫌ですよ。透真さん、飲んだらすぐ寝ちゃうし」
「俺が寝ちゃうと寂しいもんな……」
「面倒なだけです」
「ひど」
ひどくはない。実際に熟睡態勢に入ってなかなか起きず、男二人で引きずるようにして連れて帰ったこともある。
「まあ、じゃあそんなわけで、明日は透真さんのおごりで飯食ってきます」
「誰もおごるって言ってないけど!?」
「今日は焼きそばを一人で満喫しまーす」
透真さんのツッコミを無視してカメラに手を振ると、心得たように実行委員の女の子が画面をタップし、満足そうにスマホを胸に抱えた。
「いいものを撮らせていただきました……!」
「どうでもいいこと喋ってるだけなのに?」
「その日常の中に垣間見える仲の良さが至高なんですよね」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんなんです」
有無を言わさぬ口調に「勉強になります」と頷いた俺を見た透真さんは「素直」と笑い、すっと足から離れていった。
次の日、二人で食事にいったあと、さっそくお互い相手には触れずにツブッターとピンスタに写真を載せたら、「同じ店じゃない!?」とコメント欄がざわついた。数時間後、そこに実行委員から自分たちをタグ付けした前日の動画が投下されると「答え合わせー!」「おごった?」「かわいー!」「焼きそば至上主義わらう」とコメントがまた盛り上がり、透真さんも自分も、フォロワー数が数十人単位でぐっと増えた。実行委員の采配に感服である。
それからも、透真さん関連の写真をときどき載せていったものの、ミスターコンに参加するメンバーは、写真か動画を最低でも一日一回、SNSに投稿することが義務付けられている。
となると、透真さんに関係ない写真も撮らねばならないということで、友達が教科書に描いた落書きとか、自販機で見つけた謎な乳酸菌飲料だとか、塀の隙間から鼻の頭だけ出している犬とかを投稿していたら「そういうことではないんですけど、もう鷹野くんはそれでいいです」とミーティングのときに実行委員から言われてしまった。
どういうことかと隣に座っている同学年の参加者に聞くと、呆れたような視線が返ってきた。
「これ、ミスターコンに向けた自己アピールの場なわけだから、本来は自撮りだとか、普段の生活の様子だとか、そういうのを載せるのが普通だろ」
「そんなこと誰か言ってた?」
「言ってなくてもさ、自己アピールできる写真をって言われたら普通そうなるじゃん」
「自己アピールっていうから、自分がいいと思ったものを載せてたんだけどな……」
でも、もうそれでいいと言われたならいいか、と思っていると、今度は三年生の参加者が口を開く。
「鷹野はさ、何載せても、もしかして透真との写真が載るんじゃないかってみんな見に来るし、ついでに『いいね』も押してくれるから楽でいいよな」
「まあ、そうっすね」
口調にも表情にも棘を感じるが、実際そのとおりなので素直に頷くと「えーー?」と透真さんが隣に座っていたその三年に頭を寄りかからせた。
「なになに、イッシーも俺と写真撮りたいってことー? 大歓迎だけど?」
「そんなこと言ってねーって。つーか、くっつくなって」
肘でぐいぐいと押しやられ、それに合わせて頭をぐらぐらさせながら透真さんが笑う。
「またまた照れちゃってー。この前、パピッコ半分こした仲なのに」
「お前が半分強奪したんだろうが」
「ちょうだいって言ったらイッシーがくれたんじゃん。ってか、またアイス半分こして、それこそ一緒に投稿せん?」
「透真が買ってくるならな」
「えー、ケチくね?」
「どっちがだよ」
「じゃあこの前のチョコだったし、ホワイトのほう買うかー。購買に売ってたっけ?」
ミーティング終わったら行ってみるか、と言う透真さんを見ながら、あのアイス確かに二本セットだけど、一本だと物足りないから誰かと分けたことないな、と考えていると「あとユウはさ」と、身体を起こした透真さんが柔らかく言う。
「演劇部のアピールのために俺が無理やり参加させたところもあるし、マイペースなのは勘弁してやって。本人もミスターコンで勝ちたいとか全然考えてないから」
「まあ、無欲なのは分かる」
透真さんにすっかり棘を刈り取られたイッシーさんがこっちを見る。
「でも、無欲なのに自分より『いいね』が多かったりすると、正直くそって思うこともあるわな」
他の人もちょっと頷いているところを見ると、どうやらみんな思うところはあったらしい。
「鷹野くんの投稿って、ゆるーい感じだから、逆に『いいね』を押しやすいってのもあると思うんですよね」
黙って話を聞いていた実行委員の一人がようやく口を開く。
「でも、これってキャラクターもあるじゃないですか。鷹野くんって本物のマイペース人間だってことが西原くんとの動画とかでも伝わりつつあるから、こういう投稿してもまあ鷹野くんだしなーってなるけど、普通の人が真似しても狙ったみたいになっちゃってあまり受けなかったり」
本物のマイペース人間ってすごい呼び名だと思っている間に、普通ではないという烙印までさりげなく押されてしまった。
「だから、鷹野くんはもうこれでいってもらって、これまで通りときどき西原くんとの写真とか動画を載せることで、一応ミスターコンに参加してるって世間に分かってもらえればいいかなと思うんです。逆に他の方は、どんどんミスターコンらしい投稿をしてもらえたほうが、こちらとしても助かります。全員が鷹野くんみたいな投稿だと、東雅大学のミスターコンはどうなってんだ、となると思うので」
「ユウ、なかなかな言われようだけど反論しなくていいの」
透真さんが苦笑しながら声をかけてくる。
「いや、実際そのとおりだと思うんで。むしろ、今のスタイルから変えなくていいってことで安心してます」
「まあ、計算していい感じの自撮りとかできないもんな、ユウは」
「この前、額のど真ん中にできたニキビはけっこううまく自撮りできましたよ」
「そういうのはいい感じの自撮りって言わないの」
「むずいっすね」
「でもユウが上手に自撮りしだしたらなんか嫌だから、俺はそのままでいてほしいけど」
透真さんが笑い「で、なんだっけ。今日の本題。ファッションショーだっけ?」と実行委員に話を振る。
「そうそう。その話をしないと。スケジュールが決まりました」
夏休み、同じ県内にある服飾専門学校では、オープンキャンパスに合わせて生徒たちのデザインした服を使ったファッションショーを行うのが恒例となっている。
そのショーでのモデルとして、東雅大学も含め、近隣の大学のミスター・ミスコンテストに出るメンバーが毎年招待されているのだ。
「まずは服の採寸にいって、その後の予定としては――」
実行委員がホワイトボードに書き込むスケジュールを見ていたみんながざわつき、一人の男子が手を挙げる。
「あの、ポージングの練習って……?」
「一応ランウェイを歩くので、ちゃんとプロの講師を呼んで、歩き方やポージングの練習をする時間をとりました」
「そんなことまですんの?」
「はい」
当然のように頷いた実行委員がリハーサルや本番の日程を書いていくうしろでイッシーさんがため息をつく。
「ぎこちなくなる自信しかねーな……西原とか鷹野は、舞台慣れしてるから余裕そうだよな」
「いやー、舞台とは全然違うだろ」
顔をしかめて見せてはいるが、実際その場にいけば、透真さんは完璧にやってのけるだろう。
そして、きっと会場中の視線を集める。普段は周りに気を配って和ませてその場に溶け込んでいるから分かりにくいけど、本気を出せば驚くほどのオーラを出す人だから。
先週の七月公演でも、後半感情が乗るにつれ、出番はそれほど多くないのに完全に主役を喰っていた透真さんを思い出す。
次の舞台は透真さんとW主演だし、さらに遠慮なく来るだろう。気合いを入れていかないと、主演のはずの自分が、ただのモブキャラに成り下がりかねない。
頑張ろー、と思ったとたん、お腹がぐうとなった。
あとで透真さんたちにくっついて購買に行き、あわよくばおごってもらおうと心に決めた俺は、ファッションショーに向けての日程が書かれたホワイトボードをスマホで撮った。