私の元へ一通のDMが届いたのは、三日後の七月二十九日の昼休憩だった。
 女性と思しき漢字フルネームだったので、ここでは仮名で「鳥山取子」さんとする。

 鳥山さんのアカウントをチェックすると、普段はメイクやダイエットについて発信している方だった。スウォッチ画像で映る目元や腕と選ぶアイテム(ラメが大きい)(カバー力より透明感)から、二十代の若い女性である印象を受けた。

 その鳥山さんのDMには、はじめましての挨拶のあと、七月二十六日に私がポストした実話怪談についての感想が綴られていた。大まかに紹介すると『たまたま目に入ったから読んだけど、面白かったです。最初の二つが怖かったです』『すごく肌に合ったので書籍買います』と、そんな内容だった。
 ポストへの感想はもちろん、書籍を買いますと言ってもらえたのが嬉しくて、御礼を返した。

 昼休憩中のやり取りはそこで終わり。仕事を終えてスマホを取り出すと、鳥山さんから新たなDMが届いていた。早速開いたそれに、私は仕事終わりの解放感を一気に奪われ消沈してしまった。
 そのDMを要約すると、『私の実話怪談も魚崎さんのところに載せてほしい』『魚崎さんの体験したことにしてもらって構わない』、そしてその実話怪談だった。

 当然拒否するつもりだったが、鳥山さんがなぜこんな提案をしてきたのかが気になった。百歩譲って、鳥山さんの実話怪談を私が『寄せられた怪談を紹介します』とポストするなら分かる。でも、なぜ「魚崎のもの」にする必要があるのか。どことなく上から目線に思える文面と相俟って「私の本を読んで、自分の方が巧いと思われたのかもしれない」と思い至り、大変に落ち込んだ。
 ただ私はもういい大人なので鳥山さんと同じ線路を走るほどの体力も時間もなく、かと言って教え諭すほどの慈悲もないため、拒否をして終わらせることに決めた。

◆送信したDM

『いただいたご提案、申し訳ありませんがお断りいたします
ご自身のアカウントでポストされるか、実話怪談を募集しているアカウントにお送りください』

 これでもう揉めないことを祈りつつも何かあったら面倒なため、念の為に単身赴任中の夫にも知らせておくことにした。

 夫からは『何かあってもすぐ帰れないんだから十分に注意しろ』と言われ、その晩はいつも以上に戸締まりをしっかりして、老犬二匹と早めに眠ることにした。


 一匹がベッドの中でもぞもぞと動き始めてぼんやりと目を覚ました深夜、不意に玄関のチャイムが鳴り響いた。びくりとして起き上がりスマホ画面を確かめると、深夜二時を過ぎたところだった。

 聞き間違いかとも思ったが、犬が二匹ともベッドを下りてうろうろし始めたので、「誰か」来たのは間違いなさそうだった。ただ我が家は鳥取の中でも過疎地区の、酒に酔った近所の人が家を間違えるとは考えにくい場所にある(隣の家まで一キロ)。しかも県道から家までは私道で一本道のため、我が家に来る目的の人しか通らない。要は、この「誰か」はわざわざ深夜を選んで我が家に来たことになる。

 可能性として唯一考えられるのは夫だったが、妻が不穏なDMを受け取ったくらいで車をすっ飛ばして帰ってくるような人かと言えば、そんなこともなく。ただ110番をする前に確かめておくべきだろうと思い、夫へ電話をかけつつ玄関へ向かった。
 でも予想に反して流れたのは、『お掛けになった電話番号は現在~』と通話不能を伝える声だった。いやな予感がして、電話をかけ直しながら廊下を急いだ。

 最後の角を曲がって玄関へ出た時、外の玄関灯に照らされた誰かの影が、すりガラス越しに見えた。おそるおそる近づくと、開けてくれ、と夫の声がした。

「鍵、持ってるでしょ」
「持ってるけど、無理だ。手がない」

 ぼそぼそと、心許ない声が告げた恐ろしい言葉に固まってしまった。

「帰る途中で、たぶん、居眠りして事故を起こした。どうやってここまで帰ってきたのか、分からない」

 事故を起こしたのなら、手がなくなるほどの怪我をしたのなら、こんなところにいるはずがない。ざあ、と血の気が引いていくのが分かった。そして、ここにいるのは夫の霊なのかもしれない、霊になって最期に帰ってきたのかもしれない、と思った。

「眠い。寝かせてくれ」

 今にも消えそうな弱々しい声に、私は慌てて裸足のままでたたきへ下りる。そして鍵を開けようと玄関戸へ手を伸ばした時、背後から犬の吠える声と駆けてくる音がした。

 犬達は玄関までやってくるとたたきへ飛び下り、影に向かって激しく吠え始めた。
 年を取って吠えなくなっていた二匹が敵意を剥き出しにして吠える姿に、戸の向こうにいるのは夫ではない、と確信した。
 その途端、私が夫だと信じそうになっていたものは、すりガラスの向こうでぐにゃりと揺れ、消えていった。