その人は弥一そっくりな顔で、長い黒髪に金色の瞳、容姿は人間とは桁違いに美しい。
「や~ごめんごめん。急に会社で急用が入って。帰るの遅くなっちゃったよ~」
ヘラヘラ笑えば「今日の弥一もカッコイイ~」なんて言って抱きつくので、弥一は「離れて下さい」と少しうっとおしそうだった。
「それでそれで~?磯ちゃんの孫がここに来てるんだって~?」
男性が尋ねれば、弥一は頷き「楓」と自分に声をかける。すると男性も楓の方をジッと見つめた。
「八咫烏楓です…あの、、」
楓が挨拶すれば向こうはこちらを観察している。怖い。
「ふ~ん、確かに磯ちゃんの血が濃く流れてるね~。どうも~弥一のパパの酒呑童子で~す!」
「あ、宜しくお願いします」
だが心配なんてなんのそのって感じで、その人はウキウキした様子で楓に近づく。手を差し伸べてくれるので楓も黙って握り返した。
「かわいい~。なんだ弥一、こんな可愛い子いたならパパに紹介してよ~」
「会ったのは今日が初めてだっつーの」
「じゃあもしやナンパ?はは、流石はパパの子だ~」
そんな酒呑童子に弥一は「てめえと一緒にすんな」とゲシゲシ足を蹴っていた。
え、何この人…ノリ良すぎでは??
しかも弥一のお父さん??
でも酒呑童子なんだよね?なんかもっとこう…
「あっは~楓ちゃん、もしや僕のこと疑ってる?」
「え、あ、えっと」
考えていたことがバレていたらしい。慌てて誤魔化そうとすれば酒呑童子が笑う。
「そんな慌てずとも大丈夫だよ。別に取って喰いはしないからさ。まあでもそうか~確かに酒呑童子って人間が聞いて考えることと言ったら、あの大江山の話だからね~」
「じゃあ本当にあの酒呑童子なんですか?」
「そうだよ~でもそれは僕が若い頃の話だ。伝説じゃ源頼光君が退治したって言われているけど。その前に隠世へ逃げてきてるからね~」
「に、逃げて…」
この何とも言えない反応の中、向こうは「この通り~」とクルクル回っていた。
「因みに平安時代に美女を攫っていたというのは?」
「それは事実~でも単に女の子と遊びたかったからだよ~。あの時代は今と違ってネットもゲームも無いからね。いわゆるナンパって奴」
「へ、へえ…」
え、、マジでこの人、酒呑童子だよね?
楓はもう白目が向きそうだった。
「父さん、もうその辺に」
見かねた弥一はそう声をかけた。
「釣れないな~弥一君は。まあいいや、それで?楓ちゃんとは何処で知り会ったって?」
「中央区5番地のF公園です。Bクラスの魔物が出現したと、上から報告があったので。だが俺が到着した時、魔物は既に彼女によって討伐された後でした」
「ふ~ん、それで楓ちゃんはどうやって魔物を倒したんだい?」
酒呑童子は楓の方を見る。
「え、えっと…あ、足で」
「ん~?」
「だからその…足で、、蹴りました」
「…」
するとその場は静寂に包まれる。
ヤバイ、これはやってしまったか。
楓は内心焦っていた。
だが不意に、酒呑童子は体をプルプルと震わせれば盛大に笑い始めた。
「あっはははは!!噓でしょ、魔物を足で蹴って殺しただって?そんな話聞いたこともないんだけど」
酒呑童子は「あ~可笑しい可笑しい」と腹を抱えていた。
「流石は磯ちゃんの孫だ。彼も凄い人だったけど、そう…」
酒呑童子は一頻り笑えば、何処か懐かしむような目で楓を見つめた。話からして二人は知り合いだろうか。
「おじいちゃんと知り合いなんですか?」
「旧友だよ~彼とは五十年前に人間界で会ったんだ。当時、魔物狩り調査で人間界に足を運んでいた僕を、先に狩ろうとしてきたのが彼だった」
「おじいちゃんが⁈」
初めて聞く話に楓はビックリした。
「これでも僕、過去を騒がせた伝説の鬼だからさ~。実地調査のため人間に化けていたにも関わらず、磯ちゃんは僕の存在に気づいた。もう人を襲う気なんて無いのに退治してこようとした時は焦ったよ~」
「八咫烏一族は直感が人並み以上だからな。その血には妖や魔物を見抜く力がある」
弥一はのんびり話す父親の横からそう付け足す。
「まあ色々あったけど今では仲も良い。八咫烏一族はその昔、一匹の八咫烏が人間の娘に恋をして生まれた特殊な家系。産まれた子供が異能に似た力を宿すなんてことも十分あり得たわけさ」
だが酒呑童子は困ったように笑った。
「でも一つ問題が起きててね~」
「問題ですか?」
「いやね、八咫烏は異界から漏れ出る魔物を狩る上で極めて重要な存在なんだ。魔物は本来、死者の魂に負の瘴気が混じって生まれてしまうものなんだが。妖が見分けるのにも限界があってね」
「…と言うと?」
「妖は人間と違って能力に秀でる。それは過去も今も変わらない。人間には見えない魔物を、代行して討伐しようと作られたのが今の『鬼灯』。でも魔物の階級が高すぎると妖でも見ることはできなくなるんだ」
「それってどういう…」
楓が尋ねれば弥一が口を開く。
「俺たち妖が倒せる魔物にも限界があるってことだ。人間界で行方不明者が依然として減らない原因の一つがここにある」
ニュースでも度々取り上げる行方不明事件。最初は誘拐か?なんて考えていたが、魔物に襲われたからと考えれば辻褄が合う。
「僕が鬼灯を作ったのは百年ぐらい前なんだ。その時は魔物も今ほど酷くなかったし。僕一人で退治できてたんだけどね。でも時代を重ねるごとに手に負えないSランクのものまで出てきちゃってさ~」
酒吞童子は「これも時代かな~」と苦笑していた。
「八咫烏一族の血が途絶えつつある。中でもSランクは八咫烏の異能を持つ人間にしか見えない。八咫烏磯五郎は八咫烏一族の最後の砦だった」
「おじいちゃんが?」
楓は祖父と聞いて分かりやすく反応する。
「彼は烏本家の中でも史上最大の退魔術師だよ~そこを僕が声をかけて契約したんだ」
「契約?」
「つまりね、妖史上最大の力を誇る酒呑童子と八咫烏の血を引く人間。二人が契約することで魔物クラスへの耐性を高めたって訳。お陰で僕にもSランクが見えるようになった」
「視覚共有的な?」
楓が聞けば向こうはウンウンと頷いている。
「そこでだ!楓ちゃん、君、ウチの弥一君と結婚してくれないかな~」
「えええ!!」
まさかそっちからもそれ言う?
予想の遥か上をいく質問に、楓は反応に困ってしまった。
「弥一は僕の一人息子として(酒吞童子)の血を強く引き継いでいる。鬼灯を引退した僕に変わり、軍を引っ張る上でなくてはならない存在だ。でもそんな彼にも問題はある」
「ね~弥一君」と酒吞童子が目線をずらせば、弥一は溜息をついた。
「俺には黒鬼装備とこの妖力もある。だから他の隊より幾分か強い。だが俺にSランクの魔物は倒せない」
「八咫烏との契約ができてないから?」
「そうだ。楓、お前は魔物を倒した。可能にしているのはそのフィジカルギフテッドだ。八咫烏の異能とはいえ、磯五郎にも限界はある。元は妖である俺達と体も備わるエネルギーも違うんだ。エネルギーが尽きれば倒せるものも倒せない。強い術師ならそれだけ消費量も激しい。その点、お前は体力が続く限りその力は無限だ」
弥一はそう楓を見つめた。
「俺にとって最も都合がいい。八咫烏の力が尽きれば回復まで魔物の判断能力が鈍る。お前ならその心配はないだろうし、これは結婚という名の異類婚契約だ」
「異類婚契約…」
楓は困ってしまった。
契約とか結婚とか、楓にとっては縁が無さ過ぎて直ぐには即決できない。何なら高校卒業後は家と縁を切って、一人で自由に生きようとさえ思っていたのだ。
「急だし戸惑うのは分かる。でも頼む、俺と結婚してくれ。その代わりお前には自由をやる」
「自由?」
「あの家から解放してやる。代わりに八咫烏磯五郎と養子縁組を申請すれば問題ないだろう。そうすればお前もあの家で暮らせるし、空手だってやり放題だぞ?」
その言葉に楓は目を見開く。
あの家から解放できるの?でも父は八咫烏グループの会長。きっと養子縁組だって反対するに違いない。
「でも八咫烏は井崎と並ぶ日本の上昇企業だよ⁈そんな上手くいくかな…」
「あっは、楓ちゃ~ん、ウチを舐めて貰っちゃ困るな。僕はあの酒吞財閥の会長だよ~?」
「え、ま、まさか酒吞って。あの酒吞財閥の⁉」


日本最大規模を誇る大手企業・酒吞財閥。
今やその名前を聞かぬ者はいないんじゃないかってぐらい有名な大手企業だ。世界にも進出するほど強い影響力で日本の国を支える彼らはどこにいても有名だった。
「まさか酒吞さんが…あの酒吞財閥の会長」
「人間界で何気なく始めた取り組みだったんだけど。なんかもう後戻りできないとこまで企業デカくしすぎて鬼灯に手を回せなくなっちゃったんだ。まあ息子もこんな立派に育ってくれたし?この際引退して全力投資極めることにしたんだ~」
「す、すんげぇ」
そんなやってみたのテンションで。
規格外すぎて楓は苦笑いすることしかできなかった。
「決まりだ。明日の朝、お前の家に話をつける。いざとなれば権力でも何でも使うから安心しろ」
「人間は執念深いからね~」
物騒なことを語る親子が恐ろしすきた。
二人はその後も話があるらしく、「今日はもうお休み~」と酒吞さんの一言で、迎えにきた一江さん達とその部屋を後にする。
「ここが本日の寝床でございます」
案内された客間の一室は凄く綺麗で広かった。
「急ぎでしたので、今日は我慢して下さいね」
「ゆっくりお休み下さい。何かあれば遠慮なくお申し付けください」
二人は声を揃えてそう言えば部屋を出ていった。
「はあ~疲れた…」
急に静かになった部屋の中、楓は布団にダイブした。明日からどうなるのか不安ではあったが、疲れていたのか直ぐに眠ってしまった。