(ビデオチャットによるインタビュー)

 ……えーと、これ、写ってますか?
 あ、大丈夫ですね、音声も聞こえてますね。最近、ルーターの調子が悪くて、時々電波が途切れることがあるんですよ。
 では、よろしくお願いします。

 はい、まず、自己紹介からですね。
 僕はK田(仮名。以下同様)っていいます。ネット上では、「かばやき」と名乗っています。あんまり何も考えずにつけた名前ですが、こうやって改めて名乗るとなんか恥ずかしいですね。
 映像関係の専門学校に通ってて、CMとかを制作してる会社でアルバイトもしています。昔から、映画監督に憧れてて。
 ……あ、ええ、ここは自宅です。両親と暮らしてたんですが、二年前に両親は事故で亡くなってしまって。それから、この家に一人で住んでます。画面では広く見えるかも知れませんが、そんなに広くないんですよ。
 子供の頃からここに住んでるんで、そのうち「こどおじ」とか呼ばれちゃったりするんでしょうかね。まあ両親がもういないんで、ただの一人暮らしですけど。

 動画を撮り始めたのは、高校の頃からです。
 買ってもらったばかりのスマホのカメラを使って、友達と一緒にショートコントみたいなのを撮って。今から思えばちゃちなものでしたが、仲間内では好評でした。
 今の専門学校に入ってから、本格的にショートフィルムを作り始めました。学校で学んだことを実践してみたかったし、自分の技量を試してみたいという気持ちもありました。
 動画投稿サイトに作品を上げて、いいねがついたりコメントが来たりした時は、本当に嬉しくて。また面白い動画を撮ろう、とモチベーションが上がるんです。創作をしてる人なら、みんなわかるんじゃないかな。
 ジャンルはホラーが主です。コメディとかも時々撮るんですけど、やっぱホラー好きなんで。それに、ぶっちゃけホラーの方が受けるんですよね。再生数だって明らかに多いし。「怖い」っていうのは一番根源的な感情だから、みんな興味あるのかも知れませんね。そういうものに触れたいって。

 ……で、僕に話が聞きたいっていうのは、あの動画についてのことですよね? ――やっぱり。ええ、あれを撮ったのは僕ですよ。
 ホラーが好きってさっきも言いましたけど、その中でも僕が好きなのはいわゆるモキュメンタリーって奴で。作中の人物が体験した出来事をカメラに録画して残していたとか、監視カメラやホームビデオの映像に奇妙なものが写り込んでいたとか、そんな作品です。
 僕も一回、ああいうの撮ってみたくて。主人公が引っ越した友人に宛てたビデオレターみたいな感じで始まって、どんどん不穏な感じになって行って、最後にはこの主人公の方が行方不明になっていることが明かされる。主人公がいるのはこの世かあの世かわからない。考えてる時はとても楽しかったですよ。
 でもああいうのは、リアリティがないと興醒めですよね。一見ごく普通の場所だけど怪異が潜んでいる、僕が目指したのはそういう作品ですから、生活感のない場所で撮っちゃ台無しです。
 どこかの民家でも借りられればいいんですが、撮影の為に家を借りるにはやはりお金が必要です。そして、僕にはそんなお金はありませんでした。考えた末、自宅を撮影に使うことにしたんです。はい、ここです。あの動画を見たんなら、見覚えありますよね、この部屋。
 撮影はさくさく進みました。主人公役はY美さんという僕の知り合いで、俳優の養成所に通ってる女優の卵です。他にも専門学校の同級生のS藤とかN野とか、気心の知れた連中が色々手伝ってくれて。正直滅茶苦茶頼りになりましたね。
 ええ、僕は監督として、全てのシーンに目を通してます。でも、その時は僕が意図して仕掛けたところ以外、おかしなものが写ってるなんてことはなかったんですけどね。
 ネットに上げると、じわじわと再生数が上がって来て、そのうちバズりました。最初は喜んでたんですが、そのうち妙なことに気付いたんです。
 みんなが怖いと言っている場面――例えば押入れが細く開いて誰かがのぞいているとか、画面の上の方から長い髪が垂れ下がっているとか、クライマックスで主人公の肩に女の手がかかっているとか――、そんなもの僕は撮ってないんです。もちろん編集も僕がしてるから、後から紛れ込ませることだって出来ません。
 しかも、それらの場面は人によって見えたり見えなかったりするらしいじゃないですか? ……ええ、僕は見えない方の人間なんです。だから最初、みんなが何を言っているかさっぱりわからなくて。
 そのことが知れ渡ると、あの動画は「本物が写っている」とますますバズるようになりました。しまいにはどこかのバカが「舞台となった家を特定する」とか言い出したんです。冗談じゃない、凸って来たら遠慮なく不審者として警察に突き出しますよ。ここは僕が暮らしてる僕の家なんだ。

 ……でもね。正直な話をすれば、あれは本当に「本物」なんじゃないかって、僕自身も思うんですよ。
 あれを撮ってから、家の中で変なことが起こるようになったんです。
 水気の全くない部屋の畳がじっとりと湿っていたり。明らかに僕のものじゃない長い髪の毛がごっそりと落ちていたり。誰もいない、テレビやラジオも何もない部屋からぼそぼそと人の声のようなものが聞こえたり。洗面所の鏡の隅に、一瞬だけ誰かの影が写ったり。
 何なんでしょうね。あれを撮る前はそんなことなんて一切なかったのに。たった一回ホラー動画を撮っただけですよ? それだけでこの家がそういう物件になったとでも? 僕がここを、両親から受け継いだ、生まれた時から住んでる家を、お化け屋敷にしちゃったんですか?

 極めつけは、昨日、ですよ。
 二階に行ったら、女が首を吊ってたんですよ。そう、梁にロープをかけて。僕より二〜三歳程歳上の、知らない女です。……知らない筈なんだ、確かに。でも、その女を見た時、何故か口からついて出たんです。

 ――「姉さん」、って。

 そんなわけないんだ。だって僕には姉なんていないんだから。戸籍謄本にもそんな記載はないし、アルバムにもパソコンにもそんな写真はない。それでも僕にはその女が「姉さん」だと思えてしまった。
 女は首を吊ったまま、ニィ、と笑って……消えてしまいました。僕はすぐさまその部屋の四隅に盛り塩をして、戸を封鎖しました。それでどうにかなるのかはわかりませんが……。
 どうすればいいんでしょう? ここは思い出だってたくさんある、出て行きたくないですよ。そんな変なものに追い出されるのも癪じゃないですか。誰か、お祓いが出来る人を探すしかないんでしょうか。何か伝手をたどって。
 ……そう言えば、あれからY美さんにもS藤にもN野にも、誰にも連絡を取れてない。みんな一体どうしたんだ……?

 ……え? やめてくださいよ、ふざけるのは。
 いや、何もありませんよ、後ろになんて。ほら、何も見えないし。
 本当に、何もないです。あるわけないんだ。あってたまるもんか。

 嘘だ。

 嘘だ。

 嘘だ。


 ………………。


 ……姉さん……!