腕と足。
小姫は学校へ向かいながら、あくびをかみ殺す。
昨日、青峰の話が頭から離れず、眠ることができなかった。しかし、会合から帰ってきた母親には、一笑に付されて終わりだった。
小姫は左手を握ったり開いたりしてみた。どこにも変なところはない。彼女の意志通りに問題なく動く。
(やっぱり、ただの、うわさ、だよね……)
もし本当に喰われていたとしたら、この左腕と左足は何だというのか。
「……あの砂利、目障りなのです……!」
隣を歩く乙彦は、今日は機嫌が悪そうだった。早めに日浦家に来た青峰と、さっそくひと悶着あったのである。
どうやら青峰は、あの噂の妖怪が乙彦ではないかと疑っているらしい。小姫を渡すまいとする彼と、さっさと自分の務めを果たそうとする乙彦との間で、一触即発の空気が流れていた。
(……まさか、ね)
小姫はちらりと乙彦に目をやった。
彼は小姫を命の恩人だと言った。まさか、小姫の腕と足を食べたから飢えで死なずに済んだ、という意味ではないだろう。
「次、会ったら、川に引きずり込んでやるのです」
小姫はため息をついた。
「まったく。仲良くしてよね。青峰さんは次の調停者なんだから」
「どうしてあの砂利が跡継ぎなのです。あなたではないのですか?」
「最初は私もそのつもりだったけど、途中でお母さんがそう決めたのよ」
(あ、そうだ。……確か、それも、あの事故の後だったような……)
「……ヒメ。着いたのです」
「――え?」
「学校なのです」
顔を上げると、いつの間にかまた校門の前にいる。目を戻すと乙彦がすでにいないのもいつものことだ。
(……ヒメって、私のことだったのか)
――王子様に憧れてるから「姫」なんて、ね。
乙彦に限ってそんなわけがない。きっと、自分で呼びやすいように略しただけだろう。
小姫は小さく笑いながら、校舎へ向かって足を踏み出した。
小姫は学校へ向かいながら、あくびをかみ殺す。
昨日、青峰の話が頭から離れず、眠ることができなかった。しかし、会合から帰ってきた母親には、一笑に付されて終わりだった。
小姫は左手を握ったり開いたりしてみた。どこにも変なところはない。彼女の意志通りに問題なく動く。
(やっぱり、ただの、うわさ、だよね……)
もし本当に喰われていたとしたら、この左腕と左足は何だというのか。
「……あの砂利、目障りなのです……!」
隣を歩く乙彦は、今日は機嫌が悪そうだった。早めに日浦家に来た青峰と、さっそくひと悶着あったのである。
どうやら青峰は、あの噂の妖怪が乙彦ではないかと疑っているらしい。小姫を渡すまいとする彼と、さっさと自分の務めを果たそうとする乙彦との間で、一触即発の空気が流れていた。
(……まさか、ね)
小姫はちらりと乙彦に目をやった。
彼は小姫を命の恩人だと言った。まさか、小姫の腕と足を食べたから飢えで死なずに済んだ、という意味ではないだろう。
「次、会ったら、川に引きずり込んでやるのです」
小姫はため息をついた。
「まったく。仲良くしてよね。青峰さんは次の調停者なんだから」
「どうしてあの砂利が跡継ぎなのです。あなたではないのですか?」
「最初は私もそのつもりだったけど、途中でお母さんがそう決めたのよ」
(あ、そうだ。……確か、それも、あの事故の後だったような……)
「……ヒメ。着いたのです」
「――え?」
「学校なのです」
顔を上げると、いつの間にかまた校門の前にいる。目を戻すと乙彦がすでにいないのもいつものことだ。
(……ヒメって、私のことだったのか)
――王子様に憧れてるから「姫」なんて、ね。
乙彦に限ってそんなわけがない。きっと、自分で呼びやすいように略しただけだろう。
小姫は小さく笑いながら、校舎へ向かって足を踏み出した。