妖怪村の異類婚姻譚

 休憩後、打ち上げ現場には忙しない空気が漂っていた。職人の他、手伝いの人なのか、様々な格好の人が行ったり来たりを繰り返している。

 その中には小姫の姿もあった。堂々と花火の筒に近づいたり、トラックの荷台に登って中をうろついたりしている。
 午前中と違って、誰にも見とがめられていない。彼らと目が合ったりしても、すぐに視線をそらされたり、しっしっと手で軽く払われるくらいで、無理やり連れだされることはない。

 実は、彼らには小姫が小鳥の姿に見えていた。変化ができるというムジナに頼んで、術をかけてもらったのだ。

「……いや、わし、置物とかなら朝飯前じゃが、動くものはあまり自信がないのう。まして、わしじゃなくてあんたをってことじゃろう? ……うーん。残念じゃが、他を当たってもらえるかのう」

 と、乗り気ではないムジナをなんとか説得できたのは、酒のおかげだ。

 最終的には幻といわれる秘蔵酒一本で手を打った。他力本願で申し訳ないが、あとで弥恵か青峰に何とかしてもらうことにする。

 しかし、苦手というのは本当のようで、なかなか成功しなかった。やっとセキレイという白黒の小鳥に見せかけるのに成功したときには、日が暮れかかっていた。ムジナは疲れたと言ってどこかへ消えてしまったが、小姫にとってはこれからが本番だ。
 変化といっても、周りからそう見えるだけで、小姫自身は人間の姿の時と変わらない。会話もできるし、手を使ってスマホも操作できる。ただ、普通は小鳥がしゃべったりスマホを扱ったりはしないので、そこは、さえずったり採餌をしたりしているかのように見えるのだそうだ。相手の脳が、不自然さを勝手に修正するのだろうとムジナは言っていた。

 今、小姫は、それらしき花火玉を探しながら、弥恵からの連絡を待っているところである。

 ムジナが変化の術を試みている間、弥恵から着信があったのだ。心の端ではずっと心配だったから、無事だとわかってほっとした。青峰もまだちゃんと人間だからと言われた時には、思ったよりきわどい状況だったのかと、背筋が寒くなってしまったが。

「私、考えたんだけど……、かがり様とこっちの妖怪、関係があるんじゃないかな?」

 その時、ムジナから聞いて推測した内容を、考え考え、弥恵に伝えた。

「お母さんの話聞いてると、かがり様って、けっこう面倒な神様じゃない? だからきっと、身の回りのお世話とかしてくれる妖怪がいるんだと思うのよ。それが突然いなくなって……、だから、青峰さんが代わりにされそうになったとしたら……。こっちで閉じ込められている、光る小さな妖怪たちが、それって可能性もあるんじゃないかって」

 そしてそれらが、次の町へ渡るかがり様の道を用意していた。その途中で、花火玉の中に閉じ込められてしまったのではないだろうか。
 ムジナの話をどこまで信じていいのかわからない。希望的観測に基づいたこじつけにすぎないかもしれないが、今はそれにかけるしかない。

 かがり様に確認すればすぐにわかることだった。しかし、今は難しいと弥恵が言う。肝心のかがり様は、現状、酔いつぶれて寝ているらしいのだ。村から出られない術も解けず、自然に目が覚めるのを待っている状態らしい。無理やり起こすと祟られる可能性があるから、弥恵も強くは出られないのだそうだ。

「う、嘘でしょ……。こんな時に……!」

 女神の自由すぎるふるまいに、小姫は呆れかえった。
 もし、小姫の推測が当たっているとしたら、自分の世話係がしばらく行方不明になっているということだ。それなのに、探しにもいかないし、心配もしていない。推測が外れていたとしても、道がなければ行かないと言い、ふて寝する。あまりにも奔放すぎではないか。

 弥恵は目覚めを待ってから、女神に確かめてくれると約束した。ふつふつと湧いてくる怒りをなだめながら、小姫は彼女からの連絡を待った。が、一向に電話がかかってこない。待ちきれなくなって再度こちらからかけると、予想外の答えが返ってきた。

「あれから何度も呼び掛けているんだけど、全然お返事がなくて。まだお休みになっているんだと思うわ。……まあ、今までの言動からして、起きていらっしゃる可能性もあるけど」
「――え……っ?」

(それ、寝たふりをしてるってこと!?)

 開いた口が塞がらない。

 打ち上げ場所の空気は、しだいにピリピリし始めた。機器を確認したり、指示を出したりする職人たちの表情に、時折、緊張が走るようになる。

 打ち上げ開始の時間が迫ってきていた。川を挟んだ祭りの会場には人々が集まり始め、否が応でも小姫の焦りは募っていく。

 ああ、もう、限界だ。――これ以上、待ってはいられない。

「~~っ、もう、あったまきた! お母さん、かがり様と代わって! それが無理なら、これ、スピーカーにしてかがり様に聞かせて!」
「え、ちょっと小姫――」
「いいから! お願い!」

 神様と通話ができるかはわからないが、やってみるしかない。やけになった小姫は、弥恵が言う通りにしてくれたと信じて、送話口に向けて一方的にわめいた。

「かがり様! いい加減にしてください! もう、時間がないんです! 今助けられなかったら、あなたの大切なお世話係が死んじゃうかもしれないんですよ!? 大体、うちの母も、青峰さんも、あなたの付き人じゃないんです! いつまでも引き留めてないで、さっさと解放してください!」

 言い切った後、電話口の向こう側も含めて、周囲が静まり返ったような気がした。数秒の後、一気に受話口が騒がしくなった。

「ちょ――、小姫、言いすぎ、言いすぎ」
「い、言いすぎとかいう問題じゃないですよ! なんで本当にスピーカーにしちゃうんですか!? か、かがり様に聞こえてしまっていたら、どうするんですか!」

 弥恵が珍しく焦っている。青峰の方はほとんど悲鳴のようだった。一方、小姫に反省の色はなかった。むしろ、これでも起きてこないならは、次はどう言ってやろうか――、そう考えた時だった。

 周囲が再び静まり返った。しかし、先ほどまでとは違い、人の声だけではなく、森のざわめきや川のせせらぎ、風の吹く音まで消えている。

 ――。

 ――……。

 ――――…………、胸を締め付けられるほどの、全くの無音。

 ……何か、まずい気がした。沈黙をかき乱すため、自ら音を生み出そうと足を動かしかけたが、それをしたら自分の居場所がばれてしまう気がして、すんでのところで踏みとどまる。

(……え……?)

 ――ばれてしまうって、誰に――?
 ――もしくは、何に……?

『――怖いもの知らずだな。人間の小娘』

「えっ……!? わ、あれ……っ?」

 突然、無音の世界で、妖艶な女の声が響いた。小姫は思わず、スマホを取り落としてしまう。
 スマホを拾おうと屈んで伸ばした手は、我知らず震えていた。しかも、ようやく手に取ったスマホの通話は、すでに切れている。
――では、この声は一体どこから……。

『そこな調停者の娘とあって、思いあがったか。身の程しらずめ』

「……っ」

 その声がもう一度聞こえて、せっかく拾い上げたスマホを再度落としかけた。かろうじてつかみ直したその画面は、確かめるまでもなく真っ暗だ。

『その思い上がりを正してやってもいいが……、その度胸に免じて、今回だけは許してやろう。……しかし、二度目はない。わかったな?』

(――かがり……様?)

 ぞっ……と、背筋を怖気が這う。つい先ほど口にしたばかりの言葉を盛大に後悔したが、もう遅い。返答しようとしても、舌が張り付いたように動かない。

 その間に、神の気配が遠ざかろうとしていた。

「――っ」

(怖い……、でも、言わなきゃ……!)

 恐ろしさに身がすくみ、舌がもつれているのはわかったが、このまま行かせてしまったら意味がない。妖怪たちの命も救えなくなる。心臓が締め付けられるのを感じながら、あえぐように声を絞り出した。

「……い、一度だけ……、許してやるとおっしゃるなら……、な、名前……、彼らの、名前を――」

『――』

 気配はその場に留まった。しかし、言葉は返ってこない。

 沈黙は、怒りによるものだろうか。そうだとしたら、今度こそ命がないかもしれない。……そう思ったが。

『――奴らの名は、かやぼしじゃ』

「……っ、ありがとうございます!」

 お礼を言うのと、周囲の圧迫感が消えて川原に音が戻るのとは同時だった。

 森のざわめき。川の水の流れる音。花火師たちの作業による喧噪。遠くの小鳥のさえずりや人々の話し声。

 小姫は、糸が切れたかのように地面に崩れ落ちた。小石に素足を思い切りぶつけ、スカートで来てしまったことを後悔する。

「痛……っ。……でも、やっと……! これでやっと……!」

 震える足に活を入れて立ち上がる。……しかし。

 その時、ドオン、と周囲をとどろかす号砲が聞こえた。

 ――花火が、上がってしまったのだ。

(――うそっ……!)

 呆然と空を見上げる。星がいくつか光り始めた空を眺め――それから、我に返った。

「や……、やめて! 待って! まだ……あとちょっとだけ待って!」

 悲鳴のような声を張り上げながら、とっさに周囲を確認する。打ち上げられた花火の場所、機械の操作をしている職人の様子。だが、そんなことをしてもそれこそ後の祭りだ。もう空に――打ちあがってしまったのだ。

 ……しかし、いつまで経っても、上空に光の花が咲く気配はない。音も一度だけだ。それを不思議に思っていたが、ふと、ポスターに書いてあった小さな文字を思い出した。

(――ああ、そう言えば、花火を打ち上げるかどうか、えーと……号砲? でお知らせするって。……このことだったの……?)

 たしか、打ち上げ開始の十分前だったか。
 だとすれば、花火の玉は使われなかったはず。胸をなでおろしたが、時間がないことを改めて思い知らされた。

(早く……とにかく早く、見つけなきゃ……!)

「かやぼしさん! かやぼし様!? どこにいるの!?」

 小姫は筒から筒へと走って移動し、片っ端から名前を呼びかけていった。上から覗き込むのは危険だろうから、筒の横や斜め上から出来る限りの大声を出す。

「かやぼし様! 聞こえたら返事して! かやぼし様! ……なんで、返事してくれないの? それとも、声が聞こえないの……!?」

 あるいは、小姫が人間だから警戒されているのだろうか。

 ムジナの話の様子では、人間に親しみを覚えているような印象があったが、その後の経緯を考えると、悪意を持つようになっていてもおかしくはない。だとしたら、ここでどんなに呼びかけても、答えてくれない可能性がある。

 ――だが、今できるのはこれだけだ。それに、まだ全ての筒を確かめたわけではない。

『では、お時間になりましたので、花火の打ち上げを開始いたします――』

 アナウンスで花火大会の開始が宣言された。もう、本当に時間がない。

「ああ、もう、本当に――、かやぼし様! 返事して! このままじゃ死んじゃうんだから! 閉じ込められちゃったのは運が悪かっただけで、悪意はないんです! だから今は……。――かがり様が待ってるんです! お願い、返事して……!」

 その時、視界の端に白い靄が見えた。いや、靄のような動きではない。鈍く、ぼんやりとした淡い光だ。目を凝らさないと気づかないほど弱いそれは、小姫の左側――打ち上げ場所の中央付近に置いてある筒の下方から漏れ出ている。

(――あれは……!)

 川原の小石に足を取られ、バランスを崩しながらも必死に走る。と同時に、機器の操作をしている職人に向かって声を張り上げた。

「見つけた! 見つけました! その筒です! ……一瞬だけでいいから、打ち上げを待って――!」

 しかし、聞こえていない。近くで待機している作業員にすら届いていない。それもそのはず、彼らにとって、今の小姫は一羽の小鳥にすぎないのだ。どんなに大声で叫んでも、野鳥がかしましくさえずっているようにしか見えないのだろう。

「あ、そうか、え、これって……、どうすれば元に戻れるの!?」

 筒にたどり着いたはいいが、この先どうすればいいのか。小姫は困惑した。小鳥の姿では、職人と意思の疎通もできないのだ。

「! ――やだ、ちょっと待って!」

 そうこうしているうちに、ヒュウ、という細い音が空気を引き裂いた。数拍遅れ、頭上に大輪の花が咲く。

 花火大会の始まりの合図は、数少ない十号玉。ドォン、という重低音が広範囲の空気を震わし、小姫の体の内側までも強引に波立たせる。

 耳をふさいだくらいでは抑えきれない巨大な音。遠くから聞こえる歓声。心臓が止まるかと思った。

 だが、呆けている場合ではない。上がった。上がり始めてしまった。次は、この筒に点火されるかもしれない。
 失敗だ。元に戻る方法を、ムジナに聞いておくべきだった。

「お、お願い、待ってってば! これだけでいいから! お願いやめて――っ!」

 必死に叫ぶが、どうやったって敵わない。鼓膜を打ち震わすかのような花火の音に、たやすくかき消されてしまう。
 右端にある固まった筒の中身が、一斉に夜空へ打ち上げられる。かと思えば、小姫のすぐ左隣りから爆発音がした。

 息つく間もなく次から次へと点火される。一度導火線に火が付けられたら終わりだ。途中で止めることなどできはしない。

「あ……っ」

 ――ついに、薄く光る筒を含む十二個組の花火に点火される順番が来た。コンマの差をつけられた花火が、左上端から順にリズムよく筒から飛び出していく。

 光る筒は、横三つ×縦四つの、一番手前の左から二番目だ。このかすかな光が消えるのを、何もせずに見送ることしかできないのか――。

(……私、結局、何もできなかった……。ここまでわかったのに、何も――)

 絶望し、呆然と崩れ落ちた小姫の口が、勝手に開いた。

「――。ごめん……乙彦――、――助けて……!」

 怒鳴るでも叫ぶでもなく、ただつぶやくように零れ落ちる。それは、鼓膜が破れそうなほどの大音量に、跡形もなく飲み込まれた――……。

 ――のだが。

「――了解したのです、ヒメ」

 聞こえるはずのないそんな声が、聞こえた気がした。

 目にも見えない速さで打ち上げられた花火の玉が、横から飛んできた何かに弾き飛ばされた。それは通り過ぎた後、小姫の顔にぽつりぽつりとわずかな雫を落としていく。

(……雨? じゃない、水……?)

 それが飛んできたのは、支流のある方角からだった。花火の玉は逆方向に飛ばされ、主流の川に落ちたように見えた。少し待っても爆発することはなく、一つの花火が打ちあがり損ねたことに、誰も気づいた様子はない。

「嘘……」

 無事、だったのだろうか。妖怪たちは、助かったのだろうか。
 小姫はへたり込んだまま、しばらく呆けたように玉が飛んでいった方向を見つめた。

 おそらく、川の水を線のように細く縒って、花火の玉を本流の方へと押しやったのだ。打ちあがった際、花火を破裂させるための導火線に空中で着火したはずだが、それも川の中に落ちることで消えたのだろう。
 それを目撃したのは小姫だけのようだ。花火のプログラムは何事もなく進行していく。

「――あれ、おかしいぞ。一発足りない」
「? 変だな……。ちゃんと点火されたと思ったけど……」

 いや、花火師たちはちゃんと異変に気が着いたようだ。訝しげに小姫のいるあたりを指さしている。
 小姫は慌てて立ち上がり、心の中でごめんなさいと繰り返しながら遠ざかった。

(……乙彦? 乙彦だよね、こんなことできるの……。 私、あんなこと言ったのに……)

 花火玉を特定できないのなら、全ての花火玉を壊せばいい。彼はそう言っていたはずだ。
 しかし、打ち上げが始まっても、花火は邪魔されることなく夜空へ舞い、観客たちを楽しませた。小姫が見つけた花火玉一つだけを、すさまじい速さと正確さで撃ち落としたのだ。

 花火大会も成功させて、妖怪も助けたい。そんなわがままを、乙彦は聞いてくれた。ぎりぎりまで、信じてくれたのだ。

 小姫は走りながら、目元を拭った。花火玉が飛んで行ったはずの川べりに足を踏み入れる。本当は今すぐにでも乙彦に会いに行きたいが、他の人に回収される前に、かやぼしが閉じ込められている花火玉を見つけ出さなければならない。

 玉は運よく、浅瀬にある岩と岩の間に挟まっていた。火の気が残っていないだろうかと慎重に手を伸ばすと、指が触れる寸前に亀裂からパカッと割れて、何十もの光の粒が放射状に飛び出した。

「――わっ!?」

 まるで小型の打ち上げ花火だ。思わず目をかばった小姫が、そっと隙間から様子をうかがう。
 小さな光たちは小姫にぶつかることなく、ゆったりとした動きできゃわきゃわと騒いでいる。やがて、一つ一つ、空中に並び始めた。それは一定の間隔を空けて線のようなものを二本作り、二メートルほどの間隔をあけて隣り合わせになった。

「あ……これって……、光る道……?」

 道はどんどん長くなっていく。隣村へとつながる道は、川の向こうへと伸びていき、もう先が見えないほどだ。

(もう一方の方は、お祭りの中心部――会場へ……。やっぱり、これがかがり様の……?)

 小姫は、祭り会場へと伸び続ける道の先端を追いかけた。まっすぐ会場へ向かうのかと思いきや、光る道は途中でぐにゃりと折れ曲がり、支流に架かる橋を経由していく。

 いつか乙彦に話したほたる橋。会場とは違って明かりも飾りも乏しいそこが、かやぼしの光で照らされ、ライトアップされている。
人工的な光に邪魔されないから、妖怪の放つ淡い光が、普通の人間の目にも見えるのだろうか。

 息を整えるために地面に視線を落としたとき、頭上を一陣の風が通り過ぎた。同時に、目を開けていられないほど強烈な光が放たれ、目を閉じる。
 奇妙に思いながらそっと目を開けるとそこには、輿に乗った美しい女性がいて、小姫をにらみつけていた。

「――貴様か。調停者の娘とやらは」
「えっ……?」

 知らない人だ。いや、人ではない。ただの人間が、浮かぶ神輿に乗っているわけがない。

「なんじゃ、その間抜けな顔は。頭も下げないとは、やはり無礼な娘だ。……ん? 貴様、ヘタな目くらましがかかっておるの」

 彼女は虫でも追い払うかのように、小姫の顔の辺りで手をひらひらさせた。小姫は、状況についていけずにぽかんと口を開けたままだ。

 濡れ羽色の長い髪をした気品のある女性。鮮やかな色彩の豪奢な着物を何枚も重ねている。一見するとお姫様のようないでたちだが、彼女の妖艶さと気だるげな雰囲気が、それをぶち壊していた。

(まさか……かがり様?)

 呆けた様子の小姫を見て、女性は眉間にしわを寄せた。「いつまでそんな顔をしておる」と叱咤され、慌てて口元を引き締める。

「ああ、不覚じゃ不覚。こんな間抜けの世話になるとは。見た目はまあまあだが、無思慮そのままの顔つきをしておる。こんなのに礼を言ったら、我の格が下がるのではないか?」

 そう言って、胡坐を組み、供えられたお神酒やお供え物をかっ喰らう。浮かんでいるように見えるのは、下に光る石たちが担いでいるからだろう。悪口ではなく、彼らに向かって素直に疑問を投げかけている様子だ。……いや、悪口にしか聞こえないが。

(確かに、気位がめちゃくちゃ高そうね……)

 小姫は顔を引きつらせながら、「お役に立てたのなら幸いです……」と辛うじて返答した。

「……ほう? 少しはわかっておるではないか。……こやつらは知能は低いが、自力で移動できない我には必要な奴らでな、特別に力を与えてやったのだ。なぜか祭りが好きで、ついでに人間にも好んで寄って行ってしまう。どうやら、火薬だの星だの話しているのが聞こえて、自分たちが呼ばれたと勘違いしたらしい。……まあ、大体、貴様の考えた通りというわけだ」
「……はあ」

 話は終わったのだろうか。逃げ出したい気持ちがハンパない。小姫が場を辞するタイミングをうかがっていると、輿の下でかやぼしたちがわいわいと騒ぎだした。女神が、見るからに嫌そうな顔をする。

「……わかっておる。だからこうして礼を言って――なに? 礼になってない? たわけ! 貴様らも礼など言っていないではないか! ……はあ? だからこそ言えって……。……貴様ら、主人を何だと思って……」

 女神は端正な眉をしかめ、これみよがしにため息をついた。ひやひやしながら見守っていた小姫は、それを見て首をひねる。
 彼女に対する印象が少し変わっていた。これまでは、見下していた相手から文句を言われたら、すぐにかんしゃくを起こしそうな感じだった。しかし、やれやれという呆れたようなため息は、先ほど小姫に罰を与えようとした女神のそれとは明らかに違う。

 しばらくの話し合いの末、女神はようやくこちらを向いた。

「あー、こやつらが言っておるんだが……。おかげで助かったと、名前が聞こえたような気がして一か八か全力で光ったのを、見つけてくれて感謝すると……。……はあ。どうやら、お互いの声は聞こえていなかったらしいな。こやつらの言葉は貴様にはわからないようだし。……ああもううるさい! 我からも礼を言う! ……面倒をかけたな!」
「い、いえ……」

 小姫は噴き出しそうになるのを、どうにかしてこらえた。横暴で恐ろしく、ろくでもない神様に思えたが、実際はそこまででもないのかもしれない。
 だが、それなら、なぜ行方不明になった時に探そうとしなかったのだろう。そう思ったのが顔に出てしまったのか、女神がむっとした表情になり、目をそらした。

「……さすがに、愛想をつかされたのかと思ったのだ……」

(……え?)

 そっぽを向いた頬が少し赤くなっているように見えるのは、光の加減だろうか。

 輿の下で光る石たちが、さっきより高い声できゃわきゃわと騒ぎ始めた。女神が「うるさい!」「ちょっと黙れ!」と怒鳴っているが、本気ではなさそうだ。

(もしかして、見捨てられたと思って、拗ねてたってこと? 前、岩の神様にも面倒くさがられたとか言ってたし……。だからやけ酒して、青峰さんを勧誘しようと――?)

 そうだとしたら、はた迷惑なのは一緒だが、人間臭くてちょっとだけ親しみを感じてしまう。小姫は無言を貫いていたが、女神が「その顔をやめろ」と言って、咳ばらいをした。

「あー、それでだな……。まあ、こうして、祭りにも間に合ってしまったことだし、例年通り、この村に祝福を授けるのもやぶさかではない。ありがたく思え」
「……はあ」

 小姫が反応に困り、気の抜けた返事をすると、気位の高い神様は横目で睨みつけてきた。慌てて「ありがとうございます」と付け加える。

「最初からそう言え! 貴様はやはり、頭が高すぎる。調停者は神に対してどうあるべきか、貴様の母親も今日――いや明日中には戻るだろうから、そのとき心構えを聞いてみろ。――それで、貴様はどうする」

 次の調停者は私ではない――そう訂正しようとしていた小姫が、きょとんとする。

「……どうする、とは?」
「わざわざ言わせるな。我が橋を渡るのを、邪魔にならぬよう隅っこで傅いて待っていたのだろう。ということは、貴様にも個人的な願いがあるということだ。ほれ、遠慮せず言ってみよ。相手の男はどこだ」
「……えっ、男?」

 小姫は驚いて目を瞬いた。

 そういえば、ほたる橋の言い伝えのことを忘れていた。光る石たちが輪郭をなぞり、蛍で縁取られたかのように闇に浮かび上がる橋。ここで告白された者は、幸せになれる――。
 小姫は慌てて否定の仕草をした。

「いえ、あの、私はそういうつもりでは……!」
「なに? 違うというのか? 我は結びの神だ。人の縁、地の縁、金や物との縁。村と村の結びつきを強くしたりな。しかし、貴様も年頃の娘だ。縁結びをしてほしい男の一人や二人はいるだろう」

 縁結びと聞いて、頭の中で勝手に像が結ばれる。その顔を必死で追い払い、小姫は首を横に振った。

「い……っ、いえ! 私は特にそういう人は! っていうか、縁だけならもう充分といいますか!」

 しかし、女神は納得しなかった。

「なんだ、その顔、やっぱりおるのではないか。神に嘘をつくつもりか? 正直に申してみよ」

 この女神様、押しが強すぎるんですけど。

 小姫は困り果てて、しどろもどろに説明を始めた。

「うう……、で、でも、嘘じゃなくてですね……、本当に結構で……。たぶん、もう、縁の問題じゃなくて私の問題っていうか……。
 私が自分で考えなきゃいけないことで……。だからえっと、今はもうほんとに……」

「……何を言っているかわからぬ。はあ。仕方ないのう」

 女神はやはり、気が短かかった。一分も待てずにそう告げると、だるそうに右手を振って、ぱちんと指を鳴らす。すると、赤い火花が散って、大量の煙が局所的に発生した。つまりは、小姫が煙に囲まれて見えなくなった。

「――え? ひ、ひゃあ!?」

 あまりにすごい煙に目をつぶる。しばらくしてから目を開けると、煙の密度は低くなり、そして、小姫の服装が変わっていた。

 紫がかった赤い色を基調とした生地に、大輪のシャクヤクが咲き誇った浴衣。おそろいの柄の巾着と、鼻緒のついた漆塗りの下駄。ついでに、髪は複雑に編まれ、結い上げられている。

 ご丁寧に鏡を見せられ、小姫は戸惑いながらも自分の姿を確かめた。
 きれいだが、派手だ。彼女の趣味なのだと思うが、うろたえてしまうほど派手だった。

「か、かがり様……これは……?」
「よし、それで、意中の相手を誘惑して来よ」
「ええーっ!?」

 小姫はめまいがしてよろけた。なんてことを言い出すのかこの女神は。

「……ふん。なんてな。正直、我はどちらでもよい。貴様の好きにしろ。気が乗らなければ、何もせずに家に帰ればよい。服は家に着いた時点で元に戻るようにしてやろう」
「……はあ」

(……よ、要するに、どうでもいいのかな……?)

 振り回されすぎて、頭が飽和状態だ。小姫は涙目になりながら思った。彼女にずっと付き合わされていた青峰の苦労がしのばれる。これ以上この神様と話をしていたら、再び礼儀をどこかへ置き忘れてしまいそうだ。

「ん? おや、その飾りは合わぬのう。粗末すぎる。外して、こっちの簪をつけよ」
「え――」

 女神の視線の先を察した小姫は、ハッとして前髪を両手で隠した。

「こ、これは、いいんです、このままで……!」
「む。なんぞ妖力で作られておるな。生意気だ。外してくれよう」
「え、ちょ……っ。か、かがり様ーーっ!?」

 傍若無人な神へのなけなしの敬意は、あっという間に霧散した。