妖怪村の異類婚姻譚

 小姫が冷静さを取り戻したのを確認し、乙彦は仕方なさそうに説明した。

 彼によると、この枕返しは昔から村長の屋敷に憑いている妖怪で、他の妖怪の頼み事や訴えを、当事者に代わって伝えてくれることがあるらしい。

「何それ、ほんと? 枕ひっくり返して、からかうだけの妖怪じゃないの?」
「他の枕返しは知りませんが、この枕返しはそういう性質(たち)なのです」

 小姫は不思議に思ったが、乙彦がそう言うのならそうなのだろう。改めて向き合おうと正座をしてみたものの、それからも困難の連続だった。

「……えっと、あの、よく見えないんだけど……?」

 部屋の隅に人っぽい形をした黒い影があるのはわかる。でも、それだけだ。照明をつけたら逃げると言われ、仕方なく手探りで近づいてみるとビクっとされた。

「……母上様が不在なので、代わりにヒメに伝えようとしたのでしょう。ですが、ヒメは調停者ではないので、警戒しているのかもしれないのです」
「それは……、だって、しょうがないじゃない」
「ええ。むしろ、いいことなのです。ヒメが私達に歩み寄ろうとしているのを知って、話してみようという気になったのかもしれないのです」
「え……」

 乙彦の言葉に、小姫はぽかんとした。

 ここ数か月、小姫が妖怪のためにしていることといったら、たまに虐待現場を見かけたときに、子どもたちに生き物を大切にするよう言い聞かせることくらいだった。

 なにしろ、妖怪の数が少なすぎて、出会うこと自体がめったにない。しかも、妖怪を見ることのできる人間はほとんどいないのだ。
 乙彦によると、子どもの頃は妖怪が見えることも多いらしい。しかし、彼らは妖怪に出会っても、見知った生き物の突然変異か何かかと思って終わるのだという。その場合は大抵、気味が悪いと忌避するか、あるいはいじめて追い払おうとする。

 そういった場面に出くわしたとき、相手が妖怪だと知らせないよう、小姫は弥恵に言い含められていた。妖怪の存在が幻のようになっている今、小姫が変な目で見られるだけだというのである。

「……でも、別に何もできてないような気がするんだけど……」

 妖怪だと言わなくても充分変な目で見られるし、煙たがられるだけで、真面目に聞いてくれる子はいない。だが、乙彦はそれでもいいと言う。

「そうかなあ……」
「ええ。少なくとも、妖怪は助かるのです」

 いまいち腑に落ちないが、乙彦が認めてくれるのなら、小姫も悪い気はしない。

「ヒメはそこから動かないでほしいのです。近くにいてくれれば、私にも話してくれるかもしれないのです」

 乙彦が近寄っても、その影はおびえる様子を見せなかった。部屋の隅の黒い塊が二つに増えて、ひそひそ、こそこそとささやき声が聞こえる。

「……わかったのです。どうやら、助けてほしい妖怪がいるようなのです」

 やがて、乙彦がうなずきながらそう言った。

「助けてほしい妖怪? え? それってどういうこと?」

 聞き返すと、また、ひそひそ話が始まった。

「……妖怪伝えに聞いただけで、詳しくはわからないらしいのです。ただ、何かに閉じ込められた可能性があると」
「何かって、何に?」

 ひそひそ。

「現場を見ていた妖怪によると、丸いものらしいのです」
「丸いものって何よ? それだけじゃわからないんだけど。ちなみに、場所はどこ?」

 ひそひそ。ひそひそ。ひそひそ……。

「~~~~っ!」

 とうとう、小姫はしびれを切らした。バン、と両ひざを叩いて訴える。

「――まどろっこしい! ねえ! これって、私、いる? 私、いる!?」
「……この枕返しは、人間に言伝をするために出てきているのです」
「でも、結局、話をしているのは乙彦じゃない! 私じゃないじゃない! 起きてなくてもいいじゃないっ!」
「……ヒメ。眠くて機嫌が悪いのはわかるのですが、黙って聞くのです」
「~~~~っ」

 乙彦にたしなめられ、小姫は不承不承、唇を閉じた。

 その後も、乙彦と枕返しの間で話が進んでいく間、小姫は憮然とした顔のまま、必死で目を開けていたのであった。