「……なんだか、最近人間たちが浮足立っている気がするのです」
学校からの帰り道、乙彦が村の繁華街を後方に見ながらつぶやいた。
小姫の登下校の際は、乙彦が送り迎えをするのが日課のようになっている。しかし、二人でいるのを目撃されれば、生徒たちの間で噂になるのは必至である。そのため、彼と一緒に歩くのは、家から繁華街までの川路だけと決めていた。
帰路の場合は、繁華街を抜けたところで合流する。街路樹の向こうに隠されたそこを、小姫も一瞬だけチラッと見やった。
「え? 乙彦、知らないの? そろそろ夏祭りの時期じゃない。ほら、うちの村のお祭りって、夏休みが始まる前にあるでしょう? もう今週だから、準備も佳境に入ってるのよ」
夏祭りは三日間行われ、金曜日には繁華街で物産市が催されたり、日曜日には村の施設で講演会が開かれたりする。メインは、屋台が並び、花火大会も行われる土曜日だ。
小姫は、顔が緩みそうになるのをこらえながら説明した。そんな彼女に、乙彦はいぶかし気な視線を向ける。
帰り道、小姫はずっとこんな調子だった。終始にやけた顔をしていて、時折含み笑いをもらす。それは家に着いてからも続き、さすがに乙彦が理由を尋ねた。
「ヒメ。今日はいつも以上におかしいのです。何か変な物でも食べたのでは」
「ええ? そんなわけないでしょ。やだなもう……。うふふ……」
「…………」
乙彦は目を細めると、扇子を閉じて玄関のノブに手をかけた。それを見た小姫が、慌ててドアの前に立ちはだかる。
「ちょっと、乙彦、何する気? 今日も、私しかいないって言ったでしょ!?」
「だからこそ心配なのです。こんなおかしいヒメを一人にしてはおけないのです」
「そんなこと言って、私の部屋に入る気じゃないでしょうね? その手にはのらないんだから!」
睨む小姫を、乙彦が半眼で見下ろした。
「枕返しがまた出たらどうするのです?」
「それも、心配いらないから! 大丈夫、なんとかなるわ!」
「……大丈夫じゃなさそうだから心配しているのですが……」
小姫はさっきから抽象的なことしか言っていない。背中をぐいぐい押されながら、乙彦は不満そうに彼女を見つめた。
「そこまで言うなら、今日こそ解決するのです。ですが、何かあった時のために、家の中に入る許可だけは得ておきたいのです」
真剣な表情で訴えられ、小姫はしぶしぶ了承した。
「う……、家に入るくらいなら、まあ、いいけど……」
「それでいいのです」
乙彦はにっこり微笑むと、大人しく門の外へと出て行った。小姫は注意深くそれを見送り、しっかりとドアを閉める。
乙彦は心配性すぎる。枕返しは危険ではないと言ったのは、乙彦ではないか。しかも、あんなふうにからかわれたら、なおさら部屋に入れられるわけがない。
小姫はため息をついて、がらんとした室内へ視線を走らせた。
以前は確かに、この広い家に一人きりというのは心細かった。家鳴りにビクビクしたり、部屋の隅にお化けの幻影を見たりすることもあった。最近そうならなくなったのは、正直に言って乙彦のおかげだった。
彼は基本的に意地悪だが、何かあったときは必ず助けに来てくれる。家の中にいないときも、近くにいて見守ってくれているのだ。だから本当は、乙彦のことは信頼しているし、言葉では言い表せないくらい感謝している。乙彦たち妖怪がこの村で暮らしやすくなるよう、何かしたいと思っているのは、その献身に応えたいからでもある。
しかし、決意してから早数か月。今のところ、何もできていなかった。せめてこの枕返しの件を無事解決することで、今後に向けての弾みをつけたい。そんな決意も新たに、小姫は唇を引き締めた。
「――そうよ。今度こそ、ちゃんと話し合ってみせるんだから……! それに、これさえ解決しちゃえば、あとは……、うふふふふ」
小姫はあふれ出てしまう嬉しさをかみしめながら、夜の対決を待ち望んだ。
学校からの帰り道、乙彦が村の繁華街を後方に見ながらつぶやいた。
小姫の登下校の際は、乙彦が送り迎えをするのが日課のようになっている。しかし、二人でいるのを目撃されれば、生徒たちの間で噂になるのは必至である。そのため、彼と一緒に歩くのは、家から繁華街までの川路だけと決めていた。
帰路の場合は、繁華街を抜けたところで合流する。街路樹の向こうに隠されたそこを、小姫も一瞬だけチラッと見やった。
「え? 乙彦、知らないの? そろそろ夏祭りの時期じゃない。ほら、うちの村のお祭りって、夏休みが始まる前にあるでしょう? もう今週だから、準備も佳境に入ってるのよ」
夏祭りは三日間行われ、金曜日には繁華街で物産市が催されたり、日曜日には村の施設で講演会が開かれたりする。メインは、屋台が並び、花火大会も行われる土曜日だ。
小姫は、顔が緩みそうになるのをこらえながら説明した。そんな彼女に、乙彦はいぶかし気な視線を向ける。
帰り道、小姫はずっとこんな調子だった。終始にやけた顔をしていて、時折含み笑いをもらす。それは家に着いてからも続き、さすがに乙彦が理由を尋ねた。
「ヒメ。今日はいつも以上におかしいのです。何か変な物でも食べたのでは」
「ええ? そんなわけないでしょ。やだなもう……。うふふ……」
「…………」
乙彦は目を細めると、扇子を閉じて玄関のノブに手をかけた。それを見た小姫が、慌ててドアの前に立ちはだかる。
「ちょっと、乙彦、何する気? 今日も、私しかいないって言ったでしょ!?」
「だからこそ心配なのです。こんなおかしいヒメを一人にしてはおけないのです」
「そんなこと言って、私の部屋に入る気じゃないでしょうね? その手にはのらないんだから!」
睨む小姫を、乙彦が半眼で見下ろした。
「枕返しがまた出たらどうするのです?」
「それも、心配いらないから! 大丈夫、なんとかなるわ!」
「……大丈夫じゃなさそうだから心配しているのですが……」
小姫はさっきから抽象的なことしか言っていない。背中をぐいぐい押されながら、乙彦は不満そうに彼女を見つめた。
「そこまで言うなら、今日こそ解決するのです。ですが、何かあった時のために、家の中に入る許可だけは得ておきたいのです」
真剣な表情で訴えられ、小姫はしぶしぶ了承した。
「う……、家に入るくらいなら、まあ、いいけど……」
「それでいいのです」
乙彦はにっこり微笑むと、大人しく門の外へと出て行った。小姫は注意深くそれを見送り、しっかりとドアを閉める。
乙彦は心配性すぎる。枕返しは危険ではないと言ったのは、乙彦ではないか。しかも、あんなふうにからかわれたら、なおさら部屋に入れられるわけがない。
小姫はため息をついて、がらんとした室内へ視線を走らせた。
以前は確かに、この広い家に一人きりというのは心細かった。家鳴りにビクビクしたり、部屋の隅にお化けの幻影を見たりすることもあった。最近そうならなくなったのは、正直に言って乙彦のおかげだった。
彼は基本的に意地悪だが、何かあったときは必ず助けに来てくれる。家の中にいないときも、近くにいて見守ってくれているのだ。だから本当は、乙彦のことは信頼しているし、言葉では言い表せないくらい感謝している。乙彦たち妖怪がこの村で暮らしやすくなるよう、何かしたいと思っているのは、その献身に応えたいからでもある。
しかし、決意してから早数か月。今のところ、何もできていなかった。せめてこの枕返しの件を無事解決することで、今後に向けての弾みをつけたい。そんな決意も新たに、小姫は唇を引き締めた。
「――そうよ。今度こそ、ちゃんと話し合ってみせるんだから……! それに、これさえ解決しちゃえば、あとは……、うふふふふ」
小姫はあふれ出てしまう嬉しさをかみしめながら、夜の対決を待ち望んだ。

