※キャロラインからの手紙の続き

『ルイーザが囮になって巫女たちをおびき寄せて、わたしは物陰から網を投げて――漁師さんが使うような網――狭い路地だったわ――
 巫女を二人、捕まえた。
 気負う必要はないってルイーザに言われた。
 でもわたし、駄目だった。
 自分で網を投げたのに、それでも怖くなってしまって。

 ルイーザが言うにはわたしがここで巫女たちを逃したって意味はないって。
 もともとニャルラトホテプは巫女たちに目をつけていて、だから前にも別の映画館で炎や水の魔法を使って巫女の仲間の命を奪ってる。
 ニャルラトホテプの期限を損ねたら何が起きるかわからないって。』




映画の中のキャロライン「やっぱりいけないわ! これは悪いことよ! ニャルラトホテプだかなんだかしらないけど、そんなものに従ってこんなことをしてはいけない!」

映画の中のパトリシア「へえ……不思議ね……」

キャロライン「何がよ!?」

パトリシア「血は繋がっていないのに考えかたがサン・ジェルマンに似ているわ。ワタシがヘンリーにサン・ジェルマンの話をくり返し聞かせてきたから? それとも一定の割合でこういう人間って生まれてくるものなのかしら?」

キャロライン「わたしは……普通よ!」

パトリシア「え?」

キャロライン「人間って、こういうものよ」

パトリシア「そう……なの……?」

キャロライン「そうよ!」

パトリシア「そうね……言われてみれば……そんな資料を見たような気がするわ……資料……?……どこで……?……いつ……?」

キャロライン「ルイーザ? あなた、何を言って……」

パトリシア「ワタシはパトリシアよ!! ……そう。ワタシはパトリシアのはず。父はトーマス・ピークス。母はイザベラ・ピークス。スーザンという幼なじみの友達が居た。それで間違いないはず。なのに何? この違和感……」

キャロライン「えーと……パ、ト、リ、シ、ア……?」

パトリシア「ああ、キャロライン、あなたそんなにのんびりしていられる状況じゃないわよ? 自分の手ぐらい見えるでしょ?」

キャロライン「え? えええええー!?」




映画の観客Dの証言

「ナンかヘンな演出だったね。パトリシアに『体がモノクロになってきてる』って言われて、キャロラインが大騒ぎするんだ。そもそも映画の画面では全部モノクロだってのに。
 手足の先から徐々に色が失われていって、全身全部モノクロになったら、この先ずっと映画の世界でエキストラとして暮らさなくっちゃならなくなるとか。パトリシアはそう言ってキャロラインを焦らせてたな」




※キャロライン・ルルイエからの手紙の続き

『いきなり現れた三人目の巫女がナイフで網を切り裂いて、それからルイーザに切りかかっていったの。
 わたしは体が動かなくて――たぶん別の巫女に薬を嗅がされたんだと思う――気を失ってしまったの。』




E「ナイフ使いがパトリシアの指を切り落としたの。
 いくらただの映画でも、あんなシーンを観せちゃいけないわ。
 大粒のダイヤのリングを嵌めていた指よ。
 ブルーダイヤかって? モノクロ映画よ?」




※キャロライン・ルルイエからの手紙の続き

『夢を見ていたの。
 見せられていたの?
 目の前に巨大な緑色のバケモノがいたの。

 ものすごく簡単に説明するなら、邪悪なドラゴンの首を切り落として切り口から無数な触手を生やしたような姿――
 だけどこんな書きかたじゃあ、あのおぞましさは伝わらないわ。
 この世の言葉をどう並べてもあの恐ろしさは表現できない。
 ウロコも爪も名状しがたいとしか言えない。

 巫女の声がわたしの周りをぐるぐる回った。
「逆らうな」「従え」「ニャルラトホテプではなくクトゥルフの生け贄に」
 そんな言葉がぐるぐるぐるぐる――
 耳をふさいでもその声は少しも小さくならなくて、両手をすり抜けて聞こえてきて――
 段々と――
 本当にそうしたほうがいいような気がしてきて――』




F「あれ、どうやって撮影したんだろうな? 周りの書き割り丸出しの景色から絵の具が剥がれて、リアルな町並みが現れたんだ。
 リアルっつっても質感がリアルってことで、建物とかはまあファンタジーなわけなんだけどな」

G「パトリシアはパニックになってたな。
『ワタシは絵に描かれたルルイエしか知らないはず! それなのにこれが本物のルルイエだとわかる! どうしてワタシは本物のルルイエを知っているんだ!?』……ってな」




※キャロライン・ルルイエからの手紙の続き

「おじいちゃまに助けられて目を覚ましたら状況が一変していたわ。
 気を失う前よりも何倍もひどいことになっていたのよ。

 何から説明したらいいのかしら?
 まずね、ルイーザの体が、大人の女性のパトリシアでなく九歳のルイーザの背丈に戻っていたの。
 ああ、オリヴィア、わたしの気がヘンになったんだって思ってくれて構わないのよ?
 本当にそうならどんなにいいか!
 ルイーザの顔から触手が生えていたのよ! 緑色の!
 クトゥルフの! 体の一部だけ! 触手の部分だけがルイーザの体の一部としてわたしの目の前に現れていたの!

 その触手が巫女たちを襲って――
 一人は締め潰され、一人はねじりちぎられ――
 血が飛び散って、すごいニオイで――
 食べようとしていたのね――
 触手で掴んで、ルイーザの顔の、口がある辺りに押し当てていたわ――」




H「当時としてはありえないほどシャープなアクション・シーンでした。
 今となってはそれほどでもありませんが、当時はスクリーンの前で思わず目を見張ったものでしたよ。
 細身の美青年が闇と触手の合間を縫って、怪物と化した少女に駆け寄りましてね。
 いやー、もう、本当に鮮やかな身のこなしでしたよ。
 私、憧れて真似をして足首をひねってしまいまして……
 いやいや、それはどうでもよろしいですな。

 青年は少女の前でひざまずき、切り落とされた指を拾って少女の左手にそえました。
 私、こういうのわかるんですよ。
 あのシーンは作り物の指を引きちぎる様子を撮影してフィルムを逆回しにしたのです。
 少女の指はもと通りに手にくっつきました。
 指輪をしたままね。

 青年は『すぐに助ける』と叫びましたが、少女は青年を突き飛ばしてしまいました。
『クトゥルフの力を使わなければニャルラトホテプと戦えない』と。
 もともとはニャルラトホテプの力でクトゥルフを退治する話だったのに、いつの間にか逆になってしまいましたね」