○月○日

 映画館。思わず声が出そうになった。
 いきなりスクリーンにアランの顔が大映しになったから。
 主役だった。役名はアーサー。
 驚きすぎてストーリーだとかは全然覚えていない。

 エンディングのテロップによればジョン・スミスという芸名だった。
 主演って書かれていたから、これがアラン。

『恐怖の吸血ミイラ』のテロップはジョン・スミスだらけだった。
 アランだけでなく、他の俳優も全員ジョン・スミス。
 女優はジョアン・スミス。

 音楽も音響もメイクも衣装も。
 ジョン・スミス以外にはジョアン・スミスしか居ない。
 芸名というより偽名。

 そもそもどうしてジョン・スミスなの?
 芸名ってもっと派手なのをつけるものなんじゃないの?
 本名だったらもっと早く見つけられた?
 イギリスに居ても噂ぐらいは届いて――

 ルイーザが、明日は別の映画館で同じ映画を観ると言っている。
 アタシもお供する。
 アランの姿をもっと観たい。
 今度はちゃんとストーリーも観ておかないと。

 主演俳優。
 目指していた場所に行けたのね。
 ずいぶん遠くへ。
 あれから何年?
 アタシは立ち止まったまま。



○月△日

 同じ映画を場所を変えながら何度も観る。
 銀幕のアランは別れたときそのままに若々しくて――
 最初は元気そうで何よりみたいに思っていたけど、さすがにおかしい。

 ホテルの部屋で映画を思い出しながら鏡のアタシと比べてみる。
 ハリウッドのメイク技術の力?
 映画スターは輝いているから年を取らない?
 それだけでこんなに差がつくものなの?

 これではアランの前に出られない。
 アランを捜してアランを見つけて。
 だけど逢えたとしてアタシは何をするの?



○月□日

 画面のアランの顔が変わった。
 確かにアタシと同い年な三十代の顔に。
 でもストーリーは前のまま。
 役柄も若者。
 アラン以外のキャストの顔は変わっていない。
 アラン一人だけがアタシの望みにつき合うように老け込んだ。

 驚いてルイーザに話したら『この映画はそういうもの』って言われた。
 望めばほかの配役もストーリーも変えられるらしい。
『劇場に入るときに自分がヒロインの恋物語を観たいと念じてみろ』って。
 それをやったらいろいろオシマイな気がする。
 ルイーザはやっているようなので黙っておく。



○月✕日

 映画館を点々とたどりながら少しずつハリウッドへ近づいていく。
 別れたときアランはハリウッドへ行こうとしてたけれど、本当にそこに居るの? 今も?
 あの映画はアタシの望みを映しているだけだから、あの主演俳優はアランではなく、ただの幻。

 ルイーザの目当ての相手は居るらしい。ハリウッドに。
 ニャルなんとか。
 何べん聞いても名前を覚えられない。
 ルイーザは覚えないほうがいいって言う。
 人間ではないらしいけど、それじゃあ何なのかは知らないほうがいいの一点張り。
 ただ、ニャル――の力があれば人捜しなんて簡単で、アランもすぐに見つけられるらしい。
 ニャル――の力があれば、クトゥルフとも戦えるらしい。




映画ファンの証言メモ

「友達とさ、エキストラの顔が全員同じじゃね? みたいな話をしてたんだ。
 そっくりっつっても全員親戚なのかなーとか、予算がなくて身内を集めて撮ったのかなーとか、そのレベルだったんだけどさ。

 そしたら次の日、例の火事が起きてさ。
 あの映画、火事のシーンなんてあったっけ? ってなって確かめに行ったんだよ。別の映画館に。

 火事のシーンなんかなかったよ。
 でもさ、それよりさ、エキストラの顔がさ、変わってたんだよ。
 みんな全然似てねーの。
 しかもさ、なんかチグハグなんだよ。
 顔と体型が合ってないっつーか、顔だけすげ替えたみたいっつーか。

 それだけじゃねーよ。
 例の火事でさ。現実のほうの。映画館の館長が焼け死んだってんで館長の顔写真が新聞に出てたっしょ? 出てたんだよ。
 エキストラの一人の顔がさ、館長にそっくりなんだよ。
 友達と話したんだ。
 ありゃあ映画の悪魔に取り込まれたんじゃないかって。

 おれは怖くなっちまってアレっきり映画館には行ってないんだけどさ。
 あんた、記者だってんなら調べてくれよ。
 火事で死んだほかのやつらも映画に出させられてるんじゃねーのか?」



○月◇日

 火事。
 死ぬかと思った。
 今さらだけど。

 ルイーザは避難の間は落ち着き払っていた。
 消防隊の前では脅えたフリまでしてみせた。
 だけどホテルの部屋に戻った途端に大声で笑いだした。
 ニャルロタホプ? が近くに居るって。
 もうすぐだって。

 ルイーザをたしなめた。
 火事で亡くなった人もいるのにその態度は良くない。
 得体の知れない相手をたしなめるなんてするのは怖ろしかった。
 キャロラインがいれば任せられたのに。
 ルイーザは困惑した様子だったけれど逆上したりはしなかった。

「そういえば、そういうものだったわね」
「こんなところをサン・ジェルマンに見られたら嫌われてしまう」
「やっぱり叔母さまを連れてきて良かったわ」

 あの火事はニャルラロテプ? が起こしたもの。
 別にアタシたちが狙われたわけではないし、もしもそうならそう簡単には逃れられない。
 ニャルララを追っていれば、こういうことはまだまだ起きる。
 らしい。