さてきみ、これらはイーグルスホテルの跡地で発見された録音用レコードだ。
 一九三〇年代にはこういう道具が使われていたんだよ。
 こっちが再生機だ。
 まずは一枚目から聴いてみよう。


「……誰?……誰なの?……」


「……アラン?……」


「……違うの?……」


「……待ちなさい!……待って!……」


 アデリンの寝言の隠し録りだ。
 思っていたより音質がクリアだな。
 ああ、きみ、こんなものを聴かせて悪趣味だなんて私を責めないでくれたまえ。
 それより二枚目だ。


(寝息)


「……アラン?……」


「ちがうよ」


「……そう……」


「ごめんね」


(寝息)


 アデリンと会話しているのは若い男性のようだね。
 さて、三枚目。


「また来たわね。アンタ、何者なの?」


「ぼく……モスマン……」


「はあ!? 冗談はやめて!! そんなくだらないことを言うなんて……やっぱりアランなのね!?」


「……アランじゃない……ぼくはモスマン……ぼくのなまえ、これしか、ない……」


 それにしてもいったい誰がこの録音用蓄音機を仕かけたんだろうね?
 ともあれ四枚目。


「すごいや、このきりを かきわけてくるなんて。きみみたいに ゆうかんなひと はじめてだよ」


「あっ。まってよ。ここまで きといて なんで かえるのさ」


「人違いだったからよ。アランじゃないなら……」


「だれ? それ」


「夢でもいいから会いたい人よ。まあいいわ。何の用なの? 夜中に婦女の夢に押しかけるなんて、そうそう許されることではないわよ?」


「サン・ジェルマンをふっかつさせないで」


「は?」


「めいごさんをとめて。でないと せかいが ほろびるよ」


(アデリンが息を呑み、飛び起きる音)


「どういうこと!? モスマン!!」


 おっと、ここで急にレコードが雑音だらけになったぞ。
 いや、古い機械なのだからこちらのほうが当然なんだな。


(ノック音)


「アデリン叔母さまっ? どうなさったのっ?」


「キャロライン? 何でもないわ。ちょっと変な夢を見ただけ」


「叔母さまも? わたしもですっ」


「どんな!?」


「歯が抜ける夢……これって確か、夢占いでは……」


「寝る前に歯を磨きなさい。ああもう! そこを退きなさい! ルイーザ! ルイーザ! 起きなさい!」


 この録音のすぐあとに書かれたのがこの手紙だよ。


『親愛なるオリヴィアへ

 聞いて。夜中にいきなりとなりの部屋のアデリン叔母さまが大声を出したと思ったら、わたしとルイーザの部屋に入ってきてルイーザをたたき起こしたの。
 クトゥルフについて教えろって。
 夜中にいきなりよ?

 ルイーザは落ち着いてたわ。
 訊かれたから答えますって感じで淡々と話し始めたの。

 考えてみればどうしてもっと早く訊かなかったのかとも思うけど、こんな子供がそんなもののことを知っているわけないっていうか――
 ううん、知らないでいてほしかった――
 訳知り顔をしているだけで本当はそんな恐ろしいものに深く関わってなんていないって信じていたくて――

 これも違うわ。
 認めたくなかったの。
 訊くのが怖かったのよ。
 でもアデリン叔母さまはわたしが知らないうちに覚悟を決めていらした。


 クトゥルフについてルイーザが言っていたことを思い出せるだけ書いてみるわね。
 まずは――

「名状し難きモノ。
 だからわたしが『ナニナニに似ている』『ナニナニのようなもの』と言ってもそのままだとは思わないで。
 地球にあるモノの中で近いと言えなくもないモノの名前を無理やり引っ張ってきているだけなのだから」

「邪悪なドラゴンの頭部をおぞましき海洋軟体生物にすげ替えた姿をしている――と言えなくもない」

「タコなんて可愛らしいモノじゃあないわ。それでも我々はソレをタコに例えることしかできない。
 タコにもいろんな種類がいるし、タコに見慣れていなければじゅうぶん怖いでしょうけどね。
 地球上の生物にアイツと少しでも似た部分のあるものが紛れ込んでいるってだけで奇跡なのよ」

「凶暴な邪神よ。我々風の言いかたをすればだけど。
 そんな概念など届かない闇の空のはるか彼方より飛来せし存在で、人類なんてものが誕生するはるか以前から我々の知るよしのない種族によって神として崇められてきた」

「クトゥルフがよみがえれば、そうね、キャロラインみたいなタイプは生け贄にされるわ」

「アデリン叔母さまは運が良ければ奴隷かも。
 ほかの人間をクトゥルフへの生け贄として集め、運ぶ、奴隷」

「奴隷頭って器じゃなさそうだけど」

「でもね、そういう人ほど奴隷頭の座を目指して争うのよ」

「絶望って、ただ絶望する以外に何の選択肢もなくなるってことよね?
 クトゥルフが復活した世界では、ろくでもない選択肢が最高のものに思えてくるの」


 クトゥルフ。
 インスマウスの港町で聞いた名前。
 ルイーザが言うにはインスマウスの人たちはまさにクトゥルフの奴隷で、クトゥルフの復活のために尽力した奴隷は、のちの世界で奴隷頭にしてもらえるんですって。

 奴隷になれば自分が生け贄にされる恐れはなくなって、奴隷ですらない人たちを生け贄にできる。
 奴隷頭は奴隷たちの上に立てる。
 だからってそんなものをわざわざ目指すなんて理解できないわ!
 タコもドラゴンも本物なんて見たことないけど、そんなものに従うなんて、クトゥルフってそんなに恐ろしいものなのかしら?


 目が冴えちゃったんでこんな手紙を書いているけど今はまだ夜中。
 アデリン叔母さまは自分の部屋に帰っちゃったわ。
 ルイーザはぐっすり眠ってる。
 朝になったら三人でもっとじっくり話してみるわね。

キャロラインより