親愛なるオリヴィアへ

 最初に書いておくけど、わたしは正気よ。
 こう言うと余計に不安になるかしら?
 でも信じてと言うしかないわ。
 わたし幻を見たのよ。

 ああもう! こんな書きかたじゃますますわたしがヘンになったみたいじゃない!
 ただの幻じゃあなくて、ルイーザが魔法みたいなことをしたのよ。
 それで今、ホテルの中をパトリシアおばあちゃまとサン・ジェルマンおじいちゃまの幻が歩き回っているの。
 この町に来なかった、来られなかった、二人の幻。

 ルイーザが霧吹きでホテルの廊下や庭に水を吹いて回っているの。
 ほら、晴れた日に庭で霧吹きを使うと小さな虹ができるでしょ?
 あんな感じに霧の中におじいちゃまとおばあちゃまの若かりし姿の幻が現れるのよ。

 わたし、その霧を吸い込んじゃって。
 でもルイーザは、ただの水だから危なくないって。
 ただの水にこんな力があるわけないじゃない!
 霧吹きだって普通のものにしか見えないのよ?

 わたしがそう言ったらルイーザは「あなたは“ただの水”の何をどれだけ知っているの?」って。
「あなたが日々飲んでいる“ただの水”は当たり前に魔力を宿している」
「魔力のこもった品なんてそこら中にあふれている。そうでなければこの惑星はとっくに闇の力に喰い尽くされている」
「珍しくもないターメリックやコリアンダーを詰めただけのお守りでも海の化物を退けた。あれらも力ある植物だ」
 ですって。

 ねえオリヴィア。
 ターメリックとかって、あれよね?
 あのお守りってカレー粉だったの?
 カレーに入ってるクローブってスパイスが虫除けになるって聞いたことはあるけど。


 幻のおじいちゃまはとってもハンサムで、おばあちゃまも絵に描いたような淑女って感じ。
 わたしより少し年上ぐらいの新婚カップル。
「どう思う?」ってルイーザに訊かれて、そんな、魔法をどう思うかなんてって戸惑っていたら「美しいと思うなら黙って見ていて。そうでないなら向こうへ行って」って。

 ああオリヴィア、怒らないでね。
 魔法なんて異教の魔女が使う邪悪な力。
 それくらいわたしだってわかっているわ。
 だけどそれでもわたしはこの幻を美しいと感じてしまったの。

 まあオリヴィアなら怒らないわよね。
 ほかのクラスメイトは卒倒しそうだけど。
 この手紙のことはみんなにはナイショよ!

 新婚の二人は手を取り合って景色を眺めて、見つめ合ってキスをして。
 ルイーザが言うにはこれはただの幻で、理想を映しているだけなのだそうだけど。

 わたしもいつかあんな甘い新婚旅行ができるのかしら?
 なんてね。
 こんなときなのにふざけてるって思った?
 わざとよ。
 こんな強がりでも言っていないとやっていられないわ。

 ああ神さま、異教の魔術に手を染めるルイーザをお許しください。
 どうかわたしたちをお護りください。
 オリヴィアも祈っててね。

キャロラインより



親愛なるオリヴィアへ

 さっきまでルイーザの様子を見てたんだけど、あんまりうまくいっていないみたい。
 ルイーザが霧吹きで作る幻には、種類が二つあるの。

 一つは前の手紙に書いた幸せな新婚夫婦の幻。
 二つ目は、夫が妻に目もくれずに調べものに明け暮れている幻。
 ルイーザが出したいのは二つ目のほうらしいんだけど、一つ目のばかりが出てきちゃうみたい。

 幸せなほうを見ていたいという気持ちが強すぎて、本当にあるはずだったほうを思うように映せないんですって。
 どうして幸せじゃダメなのかしら?
 どっちもどうせ幻なのに。

 おじいちゃまの調べものが何なのかとか、幻でそれがわかるのかとか、質問攻めにしたらジャマがられて追い払われちゃった。
 だからこうして部屋に戻って手紙を書いているの。
 そろそろお茶の時間だし、ルイーザも戻ってくるでしょ。
 じゃ、またね。

キャロラインより



親愛なるオリヴィアへ

 ルイーザが幻をあやつり始めてから三日目。
 やっとコツを掴めてきたって言ってたわ。

 サン・ジェルマンおじいちゃまはこのキギータウンでフライング・ヒューマノイドについて調べようとしていたんですって。

 フライング・ヒューマノイドって前にオリヴィアが話していたあれよね?
 人間みたいな形をした、空を飛ぶ謎の生き物。
 羽もないのに飛んでいたり、悪魔みたいな羽が生えていたり、いろんな種類がいるの――で、あってるわよね?
 われながら良く覚えていたなって感じだけど、もしオリヴィアから先に聞いていなかったら、きっともっと混乱していたわ。
 もちろん知ってたら知ってたで混乱はしているわけだけど。

 おじいちゃまとフライング・ヒューマノイドに何の関係があるのかルイーザに訊いたら、なんとサン・ジェルマンおじいちゃま自身がフライング・ヒューマノイドだなんて言うのよ。
 空が飛べるなら、どうして汽車や船に乗ったりするの?

 羽の生えた人間――
 もしおじいちゃまが天使か悪魔だったなら、骨からよみがえることもきっとできるわ。

 天使だったらいいんだけど――
 もしも悪魔だったら――
 わたし、怖くてこれ以上、訊けなかったわ。

 ねえ、こんなのわたしの考えすぎよね?
 そりゃあここに来るまでに不思議なことが山ほどあったけど、いくらなんでも本物の悪魔なんて出てこないわよね?

 それがわたしの――血は繋がってないって話だけどおじいちゃまだなんて――そんなことありえないわよね?

キャロラインより