これはアデリンの日記だ。

『この町はおかしい。
 大人しか居ない。
 子供も年寄りも居ない。
 平日の昼間の公園で大人がぶらぶら。
 失業者という風体でもない。

 道行く人とやたらと目が合い、すぐに逸らされる。
 ショーウインドウのガラスの反射や、停まっている車のミラーで確認。
 アタシは監視されている。


 カフェで男の人が話しかけてきた。
 いやらしい誘いのたぐいではなかった。
 ルルイエとどういう関係なのかと訊かれた。
 姉の嫁ぎ先だと言ったらひどく驚かれて、しばらく話が噛み合わなかった。
 相手が聞きたがっていたのはルルイエ家のことではなく地名のほうのルルイエについてだった。

 ルルイエはどこの海域に沈んでいるのかと訊かれた。
 くだらない宝探し。

 海底にあるなんてアトランティスみたいってだアタシが言うと、相手は激しく動揺した。
 普通の人間がアトランティスの存在を知っているはずないだとか。
 普通の本で読んだだけよ。
 ありがちな冒険小説で。

 相手は自分から来たくせに逃げるように去っていった。』


 こっちはキャロラインからの手紙。

『親愛なるオリヴィアへ

 レターセットが前のと違うのに気づいてる?
 ホテルを変わったの。
 アデリン叔母さまが前のホテルは危ないって言い出して、夕食も取らずにチェックアウト。
 そんな時間に次のホテルの当てもないのに、急いで探せば何とかなるって。

 そうしたらルイーザがパンフレットを出してきたの。
 昨日は一日中一緒だったのに、いつの間にどこで手に入れたのかしら?
 訊いても怪しげに笑うだけ。
 いいの。この子はこういう子だって、もう慣れたわ。

 パンフレットに書かれていたホテルは町の外れにポツンと建っていて、そこに着くまで――
 キギータウンには馬車もタクシーもないらしくってしばらく歩いて――
 もとのホテルを出てからずっと鳥の羽音が聞こえていたの。
 でもね、鳥の姿は見ていないのよ。
 道沿いの建物の屋根で隠れて見えないの。
 羽音が気になって何度見上げてもそうなの。

 わたしたち、あとをつけられていたみたい。
 だってその鳥は一度も姿を見せなかったの。
 単にあちこちに鳥がいて、鳥が多い町だっていうだけなら姿をチラリとも見せないなんておかしいわ。

 それでね、町外れの、軒が途切れるところで羽音がピタッと止まったの。
 このときたった一度だけ、この鳥の鳴き声が聞こえたよ。
 キイイって悔しがってるみたいな声だったわ。

 だから今度のホテルはきっと大丈夫よ。
 建物が古いせいかちょっとヘンなニオイがするけど。
 こちらのホテルはデザインだけでなく本当に古いみたい。
 まあ、大丈夫よ。

キャロラインより』