こっちのこいつはロンドンの古書店で見つけた魔術書だ。
 店にあったのは上巻だけだった。
 わかるかい? このヨゴレ。
 古い血液みたいな色だが、触った感じはただの絵の具だね。
 本の内容は……う~ん……きみにもわかりそうなのはこの辺かな。

『・偉大なる(ヨゴレにより判読不能)の皮をなめしてキャンバスにせよ。
 ・キャンバスは十二枚、用意せよ。
 ・十二人の巫女で輪を作れ。
 ・輪の中央に立つ十三番目の巫女を生け贄にせよ。
 ・生け贄の血で絵の具を作れ。
 ・輪になった巫女は、各々(おのおの)の左隣の巫女の肖像画を描け。』

 ところできみ、こちらも見てくれ。
 とある美術雑誌の出版社のデスクの奥にしまい込まれていた草稿だ。

『ここ最近のサロンでもっとも話題となっているのは「嘆く巫女の肖像」と名づけられた十二枚の絵画についての噂である。
 十二枚はいずれも同じ構図の肖像画であり、十二枚同時に画廊へ持ち込まれた。

 モデルとなったローブ姿の婦人は、ギョロリとした目や、ぬめりのような光沢のある顔などの過度のデフォルメのために同一人物のようにも見えるが、注意をもって観察すれば全て別人だとわかる。

 いずれのタッチも良く似ており、サインも一致しているが、鑑定士は十二枚すべて異なる画家の手によるものとしている。
 なお、サインは見たことのない文字で記されており、読み方はおろかどこの国の文字であるのかすらも判然としない。

 この十二枚の絵が話題となっているのは芸術的な価値からではない。
 この絵を持つ者には富と権力がもたらされるというオカルト的な売り出しかたをされたのだ。
 多くの良識ある芸術愛好者が一笑に伏す一方で、十二人もの購入者により「嘆く巫女の肖像」は完売となった。
 しかし実際は購入者は』

 ここで草稿はぷつりと途切れている。
 調べたけど、この記事が雑誌に掲載された形跡はなかったよ。
 でもってこちらは同じ時代のとある鑑定士のメモだ。

『【失われし神殿都市】
 風景画。
 灰色と茶色の二色のみで構成。

 署名は「嘆く巫女の肖像」のものと一致。
 筆遣いも十二枚のうちの一枚と一致。
 独特のキャンパスも一致。素材は相変わらず不明。
 日付けは例の事件の一年後。
 悲劇の女流画家の復活?

 ○○の画廊にて展示中。
 画家との対談は叶わず。人を避けている模様。
 事件の影響、痛ましく。
 この一枚ののち美術集団シャーマーメイズの活動の形跡なし』

 それからこっち。
 前に見せたルルイエ家の元執事へのインタビューの続きだね。

『――あれは確かパトリシア様が六歳のころのことにございます。
 パトリシア様のお父上のトーマス様が、何やら気味の悪い絵をお屋敷の廊下に飾られまして……
 ――私にはあれがよい絵だとはとても思えなかったのですが、何でも作者は前年に起きた悲惨な事件の生き残りだとかで、トーマス様は画家の境遇に同情なされたのでしょうなぁ。

 ――幼いパトリシア様はなぜかその絵に夢中になり、クレヨンでの模写をくり返しておられたのです。
 ――パトリシア様の母君はそれにひどくお怒りになり……こう聞くと理不尽に思えるでしょうが、あなたもあの絵を見れば母君が正しいとおわかりになりましょう……母君はパトリシア様のスケッチブックを破り捨てました。
 ――しかしそれがまた何と皮肉な運命なのか、風に飛ばされたスケッチブックの切れ端をサン・ジェルマン・ルルイエ伯爵が拾ったことにより、パトリシア様はあの忌まわしき男と出逢ってしまったのでございます。』

 さてきみ、先ほどの魔術書の下巻についてだが、本の入手こそできなかったが我々に必要な情報だけは得られたよ。
 こんな手紙が上巻のほうに挟まっていたんだ。

『拝啓 ◯◯様
 あなたがお探しの本と同じものは確かに父のコレクションの中に存在しますが、父はこの本を他人の目に触れさせることを頑なに拒んでおり、もし我が家にお越しいただいてもお見せすることは叶わないと思われます。
 ですが先日のお手紙に書かれていた事件は、当時の世間の熱狂もあってわたくしの記憶にも残るところであり、もし父の本があの事件の謎の解明に役に立つなら、そしてもし◯◯様が危惧されておられるような世界の危機を防ぐ役に立つのであれば、父の意にそぐわない範囲での協力は惜しまない所存でございます。
 さしあたりまして先日のお手紙の内容から、件の絵画に関係のありそうな箇所を例の魔術書から書き写しましたものをお送りいたします。

・恐れるなかれ偉大なるクトゥルフは崇める者に富と権力をもたらす。
・崇める者よ、その魂を巫女の肖像画に捧げ、自らの身に火を点けよ。
 汝らの灰は大いなる神殿都市を描く絵の具に混ぜられる。
・十二人の巫女のうち六人が生け贄となり、その血は大いなる神殿都市を描くための絵の具となる。
・汝らの魂は神殿都市へと導かれ、偉大なるクトゥルフにより愚昧なる人類の上に立つ権利を与えられる。』

 手紙の二枚目以降には、儀式についての詳細が非常に丁寧な文字で一語一句書き写されているが……
 きみには見せないほうがいいだろうな。

 ところできみ、ゆうべはひどくうなされていたようだけど大丈夫かい?
 ああ、覚えていないのならば何よりだ。