(13)
ルイーザがぼろぼろと涙をこぼしてた。
首なし騎士が怖いのかと思ったけれども、そうじゃなかった。
しゃくり上げながらつぶやいた。
「サン・ジェルマン、あなたなのね」って。
騎士は返事をしなかった。
首がないから口もないもの、返事のしようがないわ。
馬車が急に速度を上げて、何かと思って振り向いたら、追っ手がすぐそこに迫ってた。
首なし騎士が何をどう感じて――察知して判断しているのかさっぱりわからなくって。
わたしたちはただ、木の根の飛び出した細い道で、揺れまくる馬車から振り落とされないように、しがみついているしかなかった。
追っ手は見るもおぞましい魔獣めいた怪物を馬の代わりに乗りこなしていた。
コウモリのような羽が生えたサルみたいな生き物よ。
スピードはあるけれど小回りは利かなくて、羽が木の枝に引っかかって。
その度にこの世の生き物とは思えないような恐ろしい声を上げて。
何度も追いつかれそうになったけど、森を抜けたときにはいなくなっていた。
(14)
森を抜けて、空気から魚臭さがなくなっているのに気づいて、ああ、わたしたちの世界に帰れたんだって感じたわ。
インスマウスは別の世界だったのよ。
悪い夢の中のような、そんな感じ。
星空の下、目の前には町の明かりが広がっていたわ。
町に近づくと看板にアーカムって書かれてた。
わたしたちのもともとの目的地に連れてきてもらえたの。
地方都市といっても大学もある、立派な文明社会よ。
首なし騎士は町の手前で馬車を停めて、降りるようにわたしたちにうながした。
「あなたの頭はどこへいったの?」みたいなことをルイーザが訊いていた。
ルイーザが首なし騎士にすがりついたけど、騎士はルイーザを振りほどいて黙って去っていってしまった。
ルイーザは「あなたの頭を必ず取り戻す!」って、馬車の後ろ姿が森の木々の向こうに見えなくなるまで叫び続けてた。
どうしてなのかしら。
首なし騎士の正体が本当にサン・ジェルマンおじいちゃまだとして、二人は初めて逢ったはずなのに。
いくらルイーザがパトリシアおばあちゃまから情熱的な恋の話を聴いていたとしても、祖父と孫娘の別れがこんな、聞く者の胸を締めつけるほどの叫びをともなうものなのかしら?
(15)
すぐに警察に行こうと思ったけれど、アデリン叔母さまが警察の人に何て話すか考えてからのほうがいいっておっしゃって。
確かにわたしたちがインスマウスで見てきたことは、伝えかたを間違えればわたしたちのほうが病院に入れられてしまうかもしれないようなものなのだから。
例えば、お祭りで死体を見せられたとは言っても死体が空から降ってきたとは言わないようにとか。
警察に行くのはそういった打ち合わせを済ませてからということになったの。
夜明け前の人気のない道を早足で通り抜けて、わたしたちはそれなりにちゃんとしたホテルにすべり込んだ。
お財布と身分証だけはポーチに入れてお祭りにも持っていっていたから、部屋を取るのに問題はなかったわ。
辺りがまだ暗かったから、わたしの服が血まみれなのは受け付けの人には気づかれずに済んだみたい。
日が昇って、商店も開き始めて。
今、アデリン叔母さまがわたしの着替えを買いにいってくださっているわ。
叔母さまの服はわたしのほどは汚れなかったの。
降ってきた死体の血が飛び散ったときに叔母さまはわたしの後ろに隠れていたからなんだけどね。
ルイーザは眠っているわ。
さすがに疲れたみたい。
小さな子が夜通しの逃走劇だなんて、どうかしているものね。
手紙、ずいぶん分厚くなっちゃったわね。
これ以上は封筒に入らないかも。
そろそろアデリン叔母さまが帰ってくると思うから、着替えたら投函しにいくわね。
キャロラインより
PS.ルイーザが首なし騎士に変なことを言っていたような気がするの。
「わたしはパトリシアです」って。
あとでルイーザに訊いたら、聞き間違いだって言われたけど。
ルイーザがぼろぼろと涙をこぼしてた。
首なし騎士が怖いのかと思ったけれども、そうじゃなかった。
しゃくり上げながらつぶやいた。
「サン・ジェルマン、あなたなのね」って。
騎士は返事をしなかった。
首がないから口もないもの、返事のしようがないわ。
馬車が急に速度を上げて、何かと思って振り向いたら、追っ手がすぐそこに迫ってた。
首なし騎士が何をどう感じて――察知して判断しているのかさっぱりわからなくって。
わたしたちはただ、木の根の飛び出した細い道で、揺れまくる馬車から振り落とされないように、しがみついているしかなかった。
追っ手は見るもおぞましい魔獣めいた怪物を馬の代わりに乗りこなしていた。
コウモリのような羽が生えたサルみたいな生き物よ。
スピードはあるけれど小回りは利かなくて、羽が木の枝に引っかかって。
その度にこの世の生き物とは思えないような恐ろしい声を上げて。
何度も追いつかれそうになったけど、森を抜けたときにはいなくなっていた。
(14)
森を抜けて、空気から魚臭さがなくなっているのに気づいて、ああ、わたしたちの世界に帰れたんだって感じたわ。
インスマウスは別の世界だったのよ。
悪い夢の中のような、そんな感じ。
星空の下、目の前には町の明かりが広がっていたわ。
町に近づくと看板にアーカムって書かれてた。
わたしたちのもともとの目的地に連れてきてもらえたの。
地方都市といっても大学もある、立派な文明社会よ。
首なし騎士は町の手前で馬車を停めて、降りるようにわたしたちにうながした。
「あなたの頭はどこへいったの?」みたいなことをルイーザが訊いていた。
ルイーザが首なし騎士にすがりついたけど、騎士はルイーザを振りほどいて黙って去っていってしまった。
ルイーザは「あなたの頭を必ず取り戻す!」って、馬車の後ろ姿が森の木々の向こうに見えなくなるまで叫び続けてた。
どうしてなのかしら。
首なし騎士の正体が本当にサン・ジェルマンおじいちゃまだとして、二人は初めて逢ったはずなのに。
いくらルイーザがパトリシアおばあちゃまから情熱的な恋の話を聴いていたとしても、祖父と孫娘の別れがこんな、聞く者の胸を締めつけるほどの叫びをともなうものなのかしら?
(15)
すぐに警察に行こうと思ったけれど、アデリン叔母さまが警察の人に何て話すか考えてからのほうがいいっておっしゃって。
確かにわたしたちがインスマウスで見てきたことは、伝えかたを間違えればわたしたちのほうが病院に入れられてしまうかもしれないようなものなのだから。
例えば、お祭りで死体を見せられたとは言っても死体が空から降ってきたとは言わないようにとか。
警察に行くのはそういった打ち合わせを済ませてからということになったの。
夜明け前の人気のない道を早足で通り抜けて、わたしたちはそれなりにちゃんとしたホテルにすべり込んだ。
お財布と身分証だけはポーチに入れてお祭りにも持っていっていたから、部屋を取るのに問題はなかったわ。
辺りがまだ暗かったから、わたしの服が血まみれなのは受け付けの人には気づかれずに済んだみたい。
日が昇って、商店も開き始めて。
今、アデリン叔母さまがわたしの着替えを買いにいってくださっているわ。
叔母さまの服はわたしのほどは汚れなかったの。
降ってきた死体の血が飛び散ったときに叔母さまはわたしの後ろに隠れていたからなんだけどね。
ルイーザは眠っているわ。
さすがに疲れたみたい。
小さな子が夜通しの逃走劇だなんて、どうかしているものね。
手紙、ずいぶん分厚くなっちゃったわね。
これ以上は封筒に入らないかも。
そろそろアデリン叔母さまが帰ってくると思うから、着替えたら投函しにいくわね。
キャロラインより
PS.ルイーザが首なし騎士に変なことを言っていたような気がするの。
「わたしはパトリシアです」って。
あとでルイーザに訊いたら、聞き間違いだって言われたけど。