(7)
空から魚が降ってくる現象。
これはオリンピア号の船上でも見たわ。
だから今から考えるとオリンピア号がインスマウスに流れ着いたのも町の人たちが何かの力を使ったからだったんでしょうね。
降ってきた魚は、祭壇の周りに飾られていた串に突き刺さった。
ねぇオリヴィア、ここまででもじゅうぶんに狂った話なのはわたしだってわかっているわ。
それでもここまでなら、もしもあなたに「キャロラインは頭がおかしくなった」みたいに言われたら、わたしは「そんなことない!」って怒るわ。
でもここからはね、こうやって書いているわたし自身も、わたしが狂ったのであってほしいと願うぐらいのことなのよ。
魚の雨が収まったと思ったら、今度は人間が降ってきたの。
かがり火の煙で覆われた空から。
小さな魚なら手品でどうとでもできるのかもしれない。
だけど人間よ?
大きさも重さもあるの。
人形じゃないの。
祭壇の串に刺さって、祭壇の周りの地面にたたきつけられて、血や内臓が飛び散っていたの!
(8)
あんなの夢か幻だったって思いたい。
わたしの気がヘンになって見てもいないものを見たと思い込んでいるんだったらどんなにいいか!
でもこの手紙を書いている机の横には、飛び散った血のかかった服が、わたしが脱ぎ捨てたままにくしゃくしゃになっているの!
この血はメアリー・セレスト夫人のものよ!
メアリーさんはわたしのすぐ鼻先で串刺しになったの!
ほかの生け贄も見覚えのある人ばっかり。
華やかに着飾った人もいれば船員の制服を着てる人もいた。船長もいた。
生け贄にされたのはオリンピア号に乗っていた人たちだったのよ。
インスマウスを離れてニューヨークへ向かったはずだったのに。
ああ、だけど本当に恐ろしいのはここからよ。
みんな確かに死んでいたのよ。
メアリーさんも、ほかの人たちも。
それが突然、一斉に動き出したのよ。
生き返ったんじゃないの。
死んでなかったわけでもないの。
死んだまま動き出したの。
あの表情。
あの手足の関節の動き。
今でも目に焼きついているわ。
どんなに激しく壊れたマリオネットでも、あんなにひどくはなりえない。
死者が死者のまま暴れだしたの。
串刺しにされたまま、苦しむでもなく、ただ、もがいてた。
(9)
ルイーザが金切り声を上げた。
「妨害が入った」とか「儀式は失敗した」とか「指輪を返して」とか。
それで初めてルイーザのブルーダイヤの指輪が、祭りのリーダーの指に嵌まっているって気づいたの。
ルイーザが祭りのリーダーに飛びかかって、リーダーがルイーザを振り払ってルイーザは尻もちをついた。
リーダーはわたしのほうへ歩いてこようとした。
何か脅すような言葉を発していた気がするけれど覚えていない。
次の瞬間リーダーの、ブルーダイヤを嵌めた指が、へし折れたの。
リーダーの悲鳴が響いて、指の先がちぎれて飛んだ。
リーダーの体がこちらを向いていたから、はっきりと見えてしまった。
羽もない指輪が羽虫のように浮き上がって、銃弾のような勢いでリーダーの心臓を貫いたのよ!
貫いて、穴の向こう側まで見えたの!
宝石としては大きくても、結局は指に嵌まる程度の小ささでしかないのに、リーダーの胸には拳よりも大きな穴が開いてた。
その穴の向こうで、自分の左手に戻った血まみれのブルーダイヤに、ルイーザが愛おしそうにほおずりしていた。
「誰にも渡しませんわ、わたくしのサン・ジェルマン」
そんな声が聞こえた気がした。
幼いルイーザの声じゃなくって、まるで亡くなったパトリシアおばあちゃまの声みたいだった。
まばたきをしたらリーダーの体が倒れて、縁取りナシでルイーザが見えた。
ルイーザは凛と立っていた。
下ろした拳を固くにぎって、唇を引きしめて、まっすぐに。
さっきの――妖艶さ? 小さな子供なのにこんな言い方でいいのかしら? ――そんなのなんて、なかったみたいに。
空から魚が降ってくる現象。
これはオリンピア号の船上でも見たわ。
だから今から考えるとオリンピア号がインスマウスに流れ着いたのも町の人たちが何かの力を使ったからだったんでしょうね。
降ってきた魚は、祭壇の周りに飾られていた串に突き刺さった。
ねぇオリヴィア、ここまででもじゅうぶんに狂った話なのはわたしだってわかっているわ。
それでもここまでなら、もしもあなたに「キャロラインは頭がおかしくなった」みたいに言われたら、わたしは「そんなことない!」って怒るわ。
でもここからはね、こうやって書いているわたし自身も、わたしが狂ったのであってほしいと願うぐらいのことなのよ。
魚の雨が収まったと思ったら、今度は人間が降ってきたの。
かがり火の煙で覆われた空から。
小さな魚なら手品でどうとでもできるのかもしれない。
だけど人間よ?
大きさも重さもあるの。
人形じゃないの。
祭壇の串に刺さって、祭壇の周りの地面にたたきつけられて、血や内臓が飛び散っていたの!
(8)
あんなの夢か幻だったって思いたい。
わたしの気がヘンになって見てもいないものを見たと思い込んでいるんだったらどんなにいいか!
でもこの手紙を書いている机の横には、飛び散った血のかかった服が、わたしが脱ぎ捨てたままにくしゃくしゃになっているの!
この血はメアリー・セレスト夫人のものよ!
メアリーさんはわたしのすぐ鼻先で串刺しになったの!
ほかの生け贄も見覚えのある人ばっかり。
華やかに着飾った人もいれば船員の制服を着てる人もいた。船長もいた。
生け贄にされたのはオリンピア号に乗っていた人たちだったのよ。
インスマウスを離れてニューヨークへ向かったはずだったのに。
ああ、だけど本当に恐ろしいのはここからよ。
みんな確かに死んでいたのよ。
メアリーさんも、ほかの人たちも。
それが突然、一斉に動き出したのよ。
生き返ったんじゃないの。
死んでなかったわけでもないの。
死んだまま動き出したの。
あの表情。
あの手足の関節の動き。
今でも目に焼きついているわ。
どんなに激しく壊れたマリオネットでも、あんなにひどくはなりえない。
死者が死者のまま暴れだしたの。
串刺しにされたまま、苦しむでもなく、ただ、もがいてた。
(9)
ルイーザが金切り声を上げた。
「妨害が入った」とか「儀式は失敗した」とか「指輪を返して」とか。
それで初めてルイーザのブルーダイヤの指輪が、祭りのリーダーの指に嵌まっているって気づいたの。
ルイーザが祭りのリーダーに飛びかかって、リーダーがルイーザを振り払ってルイーザは尻もちをついた。
リーダーはわたしのほうへ歩いてこようとした。
何か脅すような言葉を発していた気がするけれど覚えていない。
次の瞬間リーダーの、ブルーダイヤを嵌めた指が、へし折れたの。
リーダーの悲鳴が響いて、指の先がちぎれて飛んだ。
リーダーの体がこちらを向いていたから、はっきりと見えてしまった。
羽もない指輪が羽虫のように浮き上がって、銃弾のような勢いでリーダーの心臓を貫いたのよ!
貫いて、穴の向こう側まで見えたの!
宝石としては大きくても、結局は指に嵌まる程度の小ささでしかないのに、リーダーの胸には拳よりも大きな穴が開いてた。
その穴の向こうで、自分の左手に戻った血まみれのブルーダイヤに、ルイーザが愛おしそうにほおずりしていた。
「誰にも渡しませんわ、わたくしのサン・ジェルマン」
そんな声が聞こえた気がした。
幼いルイーザの声じゃなくって、まるで亡くなったパトリシアおばあちゃまの声みたいだった。
まばたきをしたらリーダーの体が倒れて、縁取りナシでルイーザが見えた。
ルイーザは凛と立っていた。
下ろした拳を固くにぎって、唇を引きしめて、まっすぐに。
さっきの――妖艶さ? 小さな子供なのにこんな言い方でいいのかしら? ――そんなのなんて、なかったみたいに。