やあきみ、見てくれたまえ。
 こちらの手紙は封筒まできっちりと残っているよ。
 アーカムの消印が押されているね。
 ああ、便せんを取り出す際は慎重にね。
 はち切れそうなほどの枚数が詰められている。
 一枚目から読んでみよう。


親愛なるオリヴィアへ

(1)

 何から書けばいいかわからなくて、もう何枚も便せんを無駄にしてしまったわ。
 わたしが書こうとしているのはただの手紙なのに、何度書き直してもまるで冒険小説のようになってしまうの。
 それか怪奇小説ね。
 だからもう手紙らしく書くのはあきらめたわ。
 わたしは怪奇な冒険をしたの。
 きっと信じてもらえないだろうけど、全部、本当のことなのよ!

 十月七日、わたしたちを乗せた客船オリンピア号はインスマウスの港に入った。
 この町は魚臭いから覚悟しておくようにって船長にあらかじめ言われていたの。
 もちろんちゃんと覚悟したわよ。
 わたしだって漁港へ行くのは人生初ってわけじゃあないし、だいたいこのぐらいって予想して身構えていたわけよ。
 だけどそれじゃあ全然足りなかったのよ!
 そんな予想なんか、はるか彼方に超えていたの!

 オリンピア号に乗っていた全員が顔をしかめていたわ。
 甲板の上どころか船倉の奥に居た人たちもよ。

 それにね、何ていうか――
 この説明は何度も詰まって書き直したんだけど、やっぱりダメね――
 ただの魚臭さだけじゃあないのよ。
 何とも言えない嫌なニオイが混じっているの。
 何とも言えないんじゃ伝わらないでしょうけど本当に何とも言えないの。
 名状し難いのよ。

 そのニオイがね、パトリシアおばあちゃまの死に顔をわたしに思い出させてくるの。
 魚顔の霊能者のジューリャ。
 おばあちゃまを殺したのかもしれない人。
 あの人のニオイにすごく良く似てるのよ。

 でもね、そんなのはほんの始まりでしかなかったの。


(2)

 船を降りたのは、わたしとルイーザとアデリン叔母さまの三人だけだったわ。
 入れ替わりにインスマウスの町の人がオリンピア号に乗ってきたの。
 オリンピア号の補給を手伝いに来たみたい。

 タラップですれ違って、わたし、驚いて叫びそうになって、とっさにアデリン叔母さまにたしなめられたの。
 その人は男の人だから別人なのはわかってるんだけど、それでもギョッとするぐらいジューリャにそっくりの魚顔だったのよ!


 インスマウスは寂れているっていうのを通り越して人っ子一人いなかった。
 古めかしい町並みが朽ちるに任されているようで。
 わたしたち三人、港で見た男性が最後の人間って状態がバス停についてからもしばらく続いていたの。
 あの人が居たんだからゴースト・タウンってことはないはずなのに、ゆうげの時刻になってもどの煙突からも煙一つ上がらなかったわ。

 バス停のベンチは冷たくて軋んでて、風も凍えるようで。
 だけどそれとは別の得体のしれない薄ら寒さは、コートの襟をいくら押さえても防げなくて。
 わたしたちはルイーザを真ん中にして身を寄せ合って震えてた。


(3)

 オリンピア号の出港の汽笛が聞こえて、もう船に戻ることはできないんだってなって。
 まるでそのタイミングを待っていたみたいに町の人がヌッて現れたの。
 ヌッて。
 前触れもなく。
 足音も気配もなく。
 あり得ると思う?
 確かにわたしはバスが来るはずの道路のほうばかりを見ていたわよ?
 でも寂れきったせいで見通しのいい、誰もいない、風の音しかしない道だったのよ?

 その人はわざわざ足音を忍ばせてわたしたちに近づいて、それでいて普通に話しかけてきたの。
 おかげでこっちは心臓が飛び出そうになったのに、相手は別にふざけて脅かそうとしていた感じでもないの。
 こんなの地面から湧いて出ましたとでも言われたほうがまだ納得ができるわ。

 その人の顔もまたジューリャやタラップの男性にそっくりで。
 それはまあインスマウス顔ってことで。
 タラップのところでアデリン叔母さまに教わったから似ているってことだけではもういちいち驚いたりはしないつもりだけど。
 でもあのギョロリとした目や、やたら大きくて唇の薄い口には、どうやったって慣れられないわ。

 その人は親切っぽく話しかけてきたの。
 本当はただの親切じゃなかったんだって、あとになってわかるんだけどね。

 このバス停に貼ってある時刻表は昔のもので、インスマウスの住民の数が減ったから今はバスは通っていないって言われたの。
 これは、あとで調べたら本当だったわ。

 だからどっちみち、逃げ道はもうなかったの。