――外縁装甲(アウトフィット)が無ければ、戦闘出力が出せるのは最大で五分。

あまり自分のことを語りたがらない義姉だったが、ORBSのことになると饒舌だった。
戦時の急造品ゆえ、内部義装(グリーンウェア)にはまともな冷却機構が施されていない。このまま冷媒が尽きれば自動で固定具が外れ、脆い生身を敵に晒すことになる。

「あと四分……」
トツカは腰を落とす。
今しがた殴り飛ばした棄械(スロウン)も、致命傷には至らなかったようだ。破裂した頭部が再生を始めて、新たな感覚器を生やしている。トレンチコートを(ひるがえ)してこちらを見つめる姿には、既に目立ったダメージは見られない。
先ほど、拳頭が接した瞬間には確かな手応えがあった。
だが腕を振り抜くまでの寸毫(すんごう)で、感触がふいに消えた。
平手で水面を打ったようなものだ。流体金属の硬く張った表面を過ぎれば、内部のコロイド流体で衝撃を受け流されてしまう。

こいつに打撃は効果が薄い。構造そのものを破壊しなければ。
敵の顔がごぼごぼと泡立つ。
「来る――」
トツカが踏みしめると、脚のケーブルが白熱した。放たれた銀弾を半身でかわし、その勢いで地面を転がって射線から外れる。
脚が触れたそばから、融けたアスファルトがじゅうじゅうと音を立てて(にえ)た。
トツカが受け身を取り終えると、一足の間合いに敵がいた。相手も気付いたらしく、片足を引こうとしていた。間合いを離される前にトツカは踏み込み、脚で敵を払う。
ケーブルが触れるや、化繊(かせん)と肉の焼ける悪臭を放ちながら、敵の膝がずぶずぶと崩れていった。熱が股まで食い潰すと、支えを失った胴が地面を転がった。

とどめを刺そうとトツカが(かかと)を上げた刹那、敵の背中が割れた。
銀色の針が散らばり、四方の空間を埋め尽くす。
「くっ……」
顔は手で覆うことができた。だが、かばい切れなかった腰から胸に鈍い痛みがあった。
たたらを踏むように下がりながら、トツカは自分の腹を見る。
損傷はほぼ下腹の全体に及んでいた。ケーブルに刺さった針がどろどろと液体となって滴っている。破壊されたケーブルの被膜からも、空気に触れて酸化した駆動液が漏れ出て止まらない。

戦いで腹をやられたらおしまい――義姉は口癖のように言っていた。
獣は元来、四つ足で動くものだ。立ち上がって歩くヒトは、臓腑(はらわた)を守る位置に骨がない。そこを打たれることがあれば、如何に鍛えた兵士であろうと命に関わる。
今の一撃は幸いに、わずかに届かなかった。
次は、死ぬ。

「落ち着け。まだ行ける……」
息を止め、吐く。
意識を挟んだ動きをしたことで、少し考える(ひま)ができた。
すでにトツカはふたつ当てた。向こうはひとつ。技量はこちらが(まさ)っている。
針の攻撃は言うなれば、点のようなものだ。
槍と同じと考えればいい。穂先を避ければ硬い柄が手元まで伸びているが、そちらをぶつけたところで滅多に人は死なない。離れて狙われるよりは近付く方が安全ということだ。

動けば次の一撃も当てられるだろう。しかしトツカも有効打があるわけではない。
敵がゆっくりと立ち上がる。
崩れた足を金属が補い、コンパスのような爪先が地面を()いた。こつこつと鳴らしながら歩みを進めてくるあいだに、膨れあがった機械の目が、ぬらりとした表面にトツカを映す。
敵の目を通して見えたトツカは、怖気(おじけ)た顔をしていた。
やはり、気負けしていた。
さっきから嫌な予感はあった。
これまでも、こうなった試合では必ず敗北してきた。今もわずかに気が萎えている。わずかながらでも、負ける気がしている。

――私、守らなきゃ。
ふと女の子の顔が浮かんだ。
トツカが身じろぎしたとき、足元で砂利が散った。
その音ではっと我に返る。まばたきをすると、敵の泡立つ顔がはっきりと見えた。ごぼごぼと揺れる表面から針が突き出し、ひとつ、またひとつと尖った切っ先をこちらへと伸ばしてくる。
思うより先に身体が動いた。
妙にゆっくりとした視界の中で、光る針が動点となって軌跡を描く。今度は捉えた。ひとつの動きを目で追うと、残りも等しい加速度で迫ってきていると分かった。

――(かわ)せる。
一瞬の後、動点が腕をかすめる。焼けるような痛みが走った。
しかし浅い。
次の点をかわし、その次は左腕で受ける。無数の切っ先が頬をかすめ、顔をかばったケーブルの表面もかじり取られる。血しぶきが左目を覆った。肩の関節も衝撃で外れるのが感じられた。
左手が下がったとき、目と鼻の先に敵の顔があった。
この距離になってもなお針を射出している。うち十ほどの先端はトツカの顔を捉えている。

反射的に右手が出た。
巻きついたケーブルが青い閃光を放つ。掌底に触れた針がジュッと勢いを失い、金属の玉となって腕を伝った。
もはや抵抗は無かった。
ぬめった顔面へと、トツカが突き出した手が沈む。行き場を失った熱が互いを破壊しながら膨れあがり、増大する熱と光ですべてを溶融させていく。

均衡はじきに崩れた。
敵の顔が輝きを失い、黒ずんだ表面にオレンジの火が透ける。ひとたび焦げた金属がはらはらと剥がれると、それに連鎖するように中枢を失った全身が崩れていった。

冷媒の煙に包まれながら、トツカは腕を引き抜く。
右腕のケーブルは完全に炭化し、内側のノーメックスの耐熱層もところどころ融けていた。指先をこすり合わせると、グローブの内側でずるりと()けた薄皮が感じられた。
腰の発電機から、耳障りなビープ音が鳴り響く。冷媒が切れたらしい。
スーツのケーブルが硬度を失っていき、勝手に離れていく。腕の拘束も外れると、関節の外れた左肩がぶら下がった。唐突な激痛にトツカはうめく。

「くそ……。向こうはどうなって……」
兵士たちの銃声はまだ続いていた。時間稼ぎをしているらしい。戦車でも来るのだろうか。
そのとき、空から甲高い音が響いた。