初めはただの石ころのようだった。
どこからともなく飛んでくると、トラックの前に転がってきた。
二度ほどアスファルトでバウンドして止まる。横断歩道の白いラインの上で、朝日を反射して、銀色の表面がきらめく。
やがて反射が不規則なパターンに変わり、表面がごぼごぼと泡立ちだす。
フロントガラス越しの運転手の顔が青ざめた。
慌ててステアリングを切った――そのときには、無数の針が運転手を串刺しにしていた。
「あ……」
トツカの前髪の先を、スピンしたトラックの荷台がかすめていく。
曲がりながらタイヤが浮き上がり、すぐに傾きが復元力の限界を超え、トラックは横転しながら向かいのビルに突っ込んだ。さっきの女学生が「びっくり」という顔のまま荷台とガレキの向こうに見えなくなる。
トラックが止まると、穴だらけになったガラスから血まみれになった針がずるりと抜けて、変形した石ころの中に収まった。
金属質の光が赤みを帯びて、今度は地面に針を刺していく。
道路に亀裂が走り、石ころを中心にクモの巣のような模様が広がっていく。
「棄械だ!」
すぐに兵員輸送車から兵士たちが下りてきた。フルオートで一斉に発射したライフル弾が、めくれ上がったアスファルトに阻まれる。
石の輝きはさらに増していく。
波打つ表面には幾何学模様が浮かび、血管じみたパターンを構成していく。湿ったようにうねる輝きに、心臓のような拍動が加わると、発せられた熱で景色が歪んだ。
トツカは横倒しになったトラックに駆け寄った。
粉砕された運転室を避けて、荷台とビルのあいだに身体をねじ込む。摩擦熱とエンジンの余熱で肌が焼けたが、なんとか耐えられるうちにガレキを抜けることができた。
まだ後ろで射撃は続いている。
トツカも棄械のことは知っていた。暗黒時代の文明が遺した暴走兵器だ。
実物を見るのは初めてだが、思ったよりも小さく、そしておっかない。
壁をぶち破られたビルの中で、例の女学生はガラスの破片の下敷きになっていた。
「おい!」
身体の下に手を入れて抱き起こして、その軽さにぞっとした。
だが、死体は硬直していて重く感じると聞いた。軽いならまだ生きている。
「……あ……」
薄いまぶたが開き、焦点の合わない瞳がトツカをぼんやりと映した。
「動けるか?外で棄械と兵隊が戦ってて」
「棄械……?」
オレンジの瞳に光が戻った。
トツカの身体を押しのけると、女学生はスカートをめくった。あらわになった太ももにはホルスターが巻いてあった。護身用には明らかに大きすぎる拳銃が逆さに吊るしてあり、それを折れそうに細い指で引き抜く。
「『グラム』が……私、守らなきゃ……」
女学生はふらつきながら立ち上がったが、すぐに膝をついた。見ると左の内ももに深々とガラスの破片が突き刺さっていた。トツカが手を差し伸べると、女学生は首を振った。
「大丈夫。痛いだけ。独りで立てるから……」
「その傷じゃ無理だ」
「あなたまで決めつけないでよ!」
女学生はもう一度立とうとした。ガラスの縁を真っ赤な血が伝っていく。
舌打ちしてガラスを抜こうとした女学生を、トツカは腕をつかんで止めた。
「その血、動脈が切れてる。今抜くと死ぬぞ」
「でも早くしないと!じゃないと……」
「『グラム』って、トラックの中身だよな?オレが行くから!」
女学生はうつむいた。
関節が白くなるほど拳銃を握りしめて、やがて歯ぎしりしてトツカに押し付ける。
「ごめん」
よく聞くと高い声をしていた。飛び級なのかもしれない。
「後で返す。名前は?」
「……シズ」
ビルの奥に残っていたドアにシズを誘導したあとで、トツカは拳銃をあらためた。
弾倉の代わりにスライド後部にバッテリーとペレットのケースが差してある。火薬式じゃない。コイルガンというやつだろう。義姉がときどきいじっていた軍用モデルと同じだ。
「シズって、まさか苗字じゃねえよな……」
ビルを出てトラックの後ろに回ると、誰かが荷台の鍵をいじっていた。
ひどくみすぼらしい身なりの男だった。すり切れたトレンチコートを羽織り、重たそうなブーツをひきずっている。肩が筋肉で盛り上がっているから、元軍人かもしれない。
「おい、そこの人――」
トツカが声をかけた瞬間、男が振り向く。
沸いたように濁った瞳をしていた。半開きになった口に、欠けた歯ががたがたと並んでいる。
その足元に、兵士の死体が転がっていた。
不意に殺気を感じて、トツカは姿勢を落とす。
頭のすぐ上を銃弾が飛んで行った。男が持ち上げた手の中で、古ぼけた拳銃が光った。
「おまえ!」
「はずれました」
男が呟いた。
「はい……はい……申し訳ありません」
大股でトツカに近寄り、覆いかぶさってくる。呼気から焼けた鉄のにおいがした。
「さっきから何を――」
「はい……ああ……殺すのですね」
垢と乾いた汗で縞模様になった手が、トツカの首を捉えた。
気が付いたときには、気道を万力のような力で締め付けられていた。
「ああ、はい。いま、試します。はい、申し訳ありません」
男は変わらず呟き続けている。
その肩越しに、撃ち続ける兵士たちと、ゆっくりと開いていく荷台のドアが見えた。
じきに目がかすみ、耳の奥が酸欠でぐちゅぐちゅと潰れた音を立て始める。思わず指に力を込めた途端、パンと乾いた音がした。急に喉が楽になり、脳に流れ込んできた空気で頭がくらくらしてくる。
「う、撃っちまった……」
じんわりと腕にしびれが広がっていく。
さっき渡されたコイルガンが煙を噴いていた。
男が後ずさりしていく。発射されたペレットが当たった腹には、大穴がぽっかりと口を開けていた。
だが、血は一滴も流れていない。
皮膚の下には黒ずんだ塊がうごめいているだけだった。それが仄かに赤い光を帯びて膨張していく。ものの数秒で傷口が埋まり、男はぞっとするような笑みを浮かべた。
「ああ……彼が、そうなのですね」
ぽきんと折れる音がして、男の目が裏返った。
白目を突き破るように銀色の液体が垂れて、顔を覆っていく。液体が頭部を包み終えると、無数の金属の半球が浮かんで、ぐるりとトツカの方を向いた。
「人間じゃない!?」
半球が割れて、針が飛び出した。トツカが飛びのくと、矢継ぎ早に針の第二射が足元を狙ってくる。
赤い光と、流体金属。まさに後ろで兵士たちが戦っている相手と同じだ。
また針が来る前にトツカも応射する。
パニックになってるのは分かっていた。棄械が人間に擬態するなんて聞いたことがない。そんな話があるなら、すぐに報道されるはずだ。新型かもしれない。
ペレットが当たった瞬間だけ、棄械はひるんだように見えたが、恐らく衝撃に身体がよろめいているだけだろう。
勝てる相手じゃない――ちらりとよぎった考えを、トツカは振り払った。
兵士たちはたった一体を相手に苦戦している。こいつを向かわせたら確実に皆殺しだ。
もう一発撃つと、銃のスライドからバッテリーが排出された。
これで弾切れ。予備の持ち合わせも無い。
「くそ!」
相手が動けない隙に、開いたトラックの荷台に駆け込む。
ドアを閉めた瞬間、銀色の針がばりばりと扉に穴をあけた。
「ぐ……」
左肩にひんやりとした感触があり、服の袖がぬめぬめした液体で濡れていく。
治療する時間はない。荷台の内側からはロックできないから、どうせ追い詰められる。
ライフルの一挺でもないかと手探りで漁ったとき、床とは別に、固い感触があった。
「……これ」
ドアの穴から光が差し、金属製のフレームがきらめいた。
指を這わせていって、そいつに四肢と胴体があると分かった。背中から伸びたコードが床のパワーユニットにつながっていて、充填中を示す赤いランプが点滅している。
武装どころか満足な外装すら見当たらないが、間違いない。『グラム』だ。
トツカが屈むと、グラムのランプが青色に変わった。
「あ?」
耳元で駆動音が響いた――と思ったら何かが腕を握ってきた。
シリコンで被覆されたケーブルだった。軟体動物みたいにぐねぐねと脈打っている。
みちみちと嫌な音がして、グラムの胴体が迫ってくる。
トツカは声を上げた。その喉をケーブルが締め上げる。
全身に絡みついたグラムが、神経に電極ピンを刺していく。内蔵機関のボルテージが上がるにつれて駆動音も大きくなっていく。じきにオイル臭のする蒸気が噴出して、トラックの荷台を完全に覆い隠してしまった。
ゆっくりと荷台の扉が開く。
ブーツに包まれた足が荷台にかけられ、棄械の男がふらりと現れた。赤い複眼がばらばらに動き回り、中の暗闇を走査していく。
やがて、男は人影を見つけた。顔から銀の針が伸び、熱源を壁に縫いつけようとする。
攻撃は空を切った。
代わって熱源が大きくなり、男の目前に迫る。
男が回避しようとした矢先、カーバイドの手甲が顔面にめり込んだ。
衝撃波が空気を揺らした。
吹き飛びながら、それは壊れゆく視覚器官で少年の姿を捉えた。
「はあ……はあ……」
むき出しのグリーンのケーブルに包まれた身体。
最低限の装甲に包まれた各部にはラジエータグリルが口を開け、絶えず冷媒を吐き出している。カチカチとこぶしが開き、少年の呼吸に合わせて伝達ケーブルが大きく膨らむ。
指先からぼたぼたと血がしたたって、地面に小さな水たまりを作った。
少年が踏み出す。発した熱で水たまりが蒸気を噴き出し、乾いた赤い染みに変わる。
「懐かしいだろ……?」
と、少年が荒い息を吐く。
ああ。男は声にならない声で肯定した。
人類最強の矛にして盾。棄械に対抗するため文明が生み出した、金剛の鎧。
――汎即応性戦闘装甲外殻
――開発コード『グラム』。
どこからともなく飛んでくると、トラックの前に転がってきた。
二度ほどアスファルトでバウンドして止まる。横断歩道の白いラインの上で、朝日を反射して、銀色の表面がきらめく。
やがて反射が不規則なパターンに変わり、表面がごぼごぼと泡立ちだす。
フロントガラス越しの運転手の顔が青ざめた。
慌ててステアリングを切った――そのときには、無数の針が運転手を串刺しにしていた。
「あ……」
トツカの前髪の先を、スピンしたトラックの荷台がかすめていく。
曲がりながらタイヤが浮き上がり、すぐに傾きが復元力の限界を超え、トラックは横転しながら向かいのビルに突っ込んだ。さっきの女学生が「びっくり」という顔のまま荷台とガレキの向こうに見えなくなる。
トラックが止まると、穴だらけになったガラスから血まみれになった針がずるりと抜けて、変形した石ころの中に収まった。
金属質の光が赤みを帯びて、今度は地面に針を刺していく。
道路に亀裂が走り、石ころを中心にクモの巣のような模様が広がっていく。
「棄械だ!」
すぐに兵員輸送車から兵士たちが下りてきた。フルオートで一斉に発射したライフル弾が、めくれ上がったアスファルトに阻まれる。
石の輝きはさらに増していく。
波打つ表面には幾何学模様が浮かび、血管じみたパターンを構成していく。湿ったようにうねる輝きに、心臓のような拍動が加わると、発せられた熱で景色が歪んだ。
トツカは横倒しになったトラックに駆け寄った。
粉砕された運転室を避けて、荷台とビルのあいだに身体をねじ込む。摩擦熱とエンジンの余熱で肌が焼けたが、なんとか耐えられるうちにガレキを抜けることができた。
まだ後ろで射撃は続いている。
トツカも棄械のことは知っていた。暗黒時代の文明が遺した暴走兵器だ。
実物を見るのは初めてだが、思ったよりも小さく、そしておっかない。
壁をぶち破られたビルの中で、例の女学生はガラスの破片の下敷きになっていた。
「おい!」
身体の下に手を入れて抱き起こして、その軽さにぞっとした。
だが、死体は硬直していて重く感じると聞いた。軽いならまだ生きている。
「……あ……」
薄いまぶたが開き、焦点の合わない瞳がトツカをぼんやりと映した。
「動けるか?外で棄械と兵隊が戦ってて」
「棄械……?」
オレンジの瞳に光が戻った。
トツカの身体を押しのけると、女学生はスカートをめくった。あらわになった太ももにはホルスターが巻いてあった。護身用には明らかに大きすぎる拳銃が逆さに吊るしてあり、それを折れそうに細い指で引き抜く。
「『グラム』が……私、守らなきゃ……」
女学生はふらつきながら立ち上がったが、すぐに膝をついた。見ると左の内ももに深々とガラスの破片が突き刺さっていた。トツカが手を差し伸べると、女学生は首を振った。
「大丈夫。痛いだけ。独りで立てるから……」
「その傷じゃ無理だ」
「あなたまで決めつけないでよ!」
女学生はもう一度立とうとした。ガラスの縁を真っ赤な血が伝っていく。
舌打ちしてガラスを抜こうとした女学生を、トツカは腕をつかんで止めた。
「その血、動脈が切れてる。今抜くと死ぬぞ」
「でも早くしないと!じゃないと……」
「『グラム』って、トラックの中身だよな?オレが行くから!」
女学生はうつむいた。
関節が白くなるほど拳銃を握りしめて、やがて歯ぎしりしてトツカに押し付ける。
「ごめん」
よく聞くと高い声をしていた。飛び級なのかもしれない。
「後で返す。名前は?」
「……シズ」
ビルの奥に残っていたドアにシズを誘導したあとで、トツカは拳銃をあらためた。
弾倉の代わりにスライド後部にバッテリーとペレットのケースが差してある。火薬式じゃない。コイルガンというやつだろう。義姉がときどきいじっていた軍用モデルと同じだ。
「シズって、まさか苗字じゃねえよな……」
ビルを出てトラックの後ろに回ると、誰かが荷台の鍵をいじっていた。
ひどくみすぼらしい身なりの男だった。すり切れたトレンチコートを羽織り、重たそうなブーツをひきずっている。肩が筋肉で盛り上がっているから、元軍人かもしれない。
「おい、そこの人――」
トツカが声をかけた瞬間、男が振り向く。
沸いたように濁った瞳をしていた。半開きになった口に、欠けた歯ががたがたと並んでいる。
その足元に、兵士の死体が転がっていた。
不意に殺気を感じて、トツカは姿勢を落とす。
頭のすぐ上を銃弾が飛んで行った。男が持ち上げた手の中で、古ぼけた拳銃が光った。
「おまえ!」
「はずれました」
男が呟いた。
「はい……はい……申し訳ありません」
大股でトツカに近寄り、覆いかぶさってくる。呼気から焼けた鉄のにおいがした。
「さっきから何を――」
「はい……ああ……殺すのですね」
垢と乾いた汗で縞模様になった手が、トツカの首を捉えた。
気が付いたときには、気道を万力のような力で締め付けられていた。
「ああ、はい。いま、試します。はい、申し訳ありません」
男は変わらず呟き続けている。
その肩越しに、撃ち続ける兵士たちと、ゆっくりと開いていく荷台のドアが見えた。
じきに目がかすみ、耳の奥が酸欠でぐちゅぐちゅと潰れた音を立て始める。思わず指に力を込めた途端、パンと乾いた音がした。急に喉が楽になり、脳に流れ込んできた空気で頭がくらくらしてくる。
「う、撃っちまった……」
じんわりと腕にしびれが広がっていく。
さっき渡されたコイルガンが煙を噴いていた。
男が後ずさりしていく。発射されたペレットが当たった腹には、大穴がぽっかりと口を開けていた。
だが、血は一滴も流れていない。
皮膚の下には黒ずんだ塊がうごめいているだけだった。それが仄かに赤い光を帯びて膨張していく。ものの数秒で傷口が埋まり、男はぞっとするような笑みを浮かべた。
「ああ……彼が、そうなのですね」
ぽきんと折れる音がして、男の目が裏返った。
白目を突き破るように銀色の液体が垂れて、顔を覆っていく。液体が頭部を包み終えると、無数の金属の半球が浮かんで、ぐるりとトツカの方を向いた。
「人間じゃない!?」
半球が割れて、針が飛び出した。トツカが飛びのくと、矢継ぎ早に針の第二射が足元を狙ってくる。
赤い光と、流体金属。まさに後ろで兵士たちが戦っている相手と同じだ。
また針が来る前にトツカも応射する。
パニックになってるのは分かっていた。棄械が人間に擬態するなんて聞いたことがない。そんな話があるなら、すぐに報道されるはずだ。新型かもしれない。
ペレットが当たった瞬間だけ、棄械はひるんだように見えたが、恐らく衝撃に身体がよろめいているだけだろう。
勝てる相手じゃない――ちらりとよぎった考えを、トツカは振り払った。
兵士たちはたった一体を相手に苦戦している。こいつを向かわせたら確実に皆殺しだ。
もう一発撃つと、銃のスライドからバッテリーが排出された。
これで弾切れ。予備の持ち合わせも無い。
「くそ!」
相手が動けない隙に、開いたトラックの荷台に駆け込む。
ドアを閉めた瞬間、銀色の針がばりばりと扉に穴をあけた。
「ぐ……」
左肩にひんやりとした感触があり、服の袖がぬめぬめした液体で濡れていく。
治療する時間はない。荷台の内側からはロックできないから、どうせ追い詰められる。
ライフルの一挺でもないかと手探りで漁ったとき、床とは別に、固い感触があった。
「……これ」
ドアの穴から光が差し、金属製のフレームがきらめいた。
指を這わせていって、そいつに四肢と胴体があると分かった。背中から伸びたコードが床のパワーユニットにつながっていて、充填中を示す赤いランプが点滅している。
武装どころか満足な外装すら見当たらないが、間違いない。『グラム』だ。
トツカが屈むと、グラムのランプが青色に変わった。
「あ?」
耳元で駆動音が響いた――と思ったら何かが腕を握ってきた。
シリコンで被覆されたケーブルだった。軟体動物みたいにぐねぐねと脈打っている。
みちみちと嫌な音がして、グラムの胴体が迫ってくる。
トツカは声を上げた。その喉をケーブルが締め上げる。
全身に絡みついたグラムが、神経に電極ピンを刺していく。内蔵機関のボルテージが上がるにつれて駆動音も大きくなっていく。じきにオイル臭のする蒸気が噴出して、トラックの荷台を完全に覆い隠してしまった。
ゆっくりと荷台の扉が開く。
ブーツに包まれた足が荷台にかけられ、棄械の男がふらりと現れた。赤い複眼がばらばらに動き回り、中の暗闇を走査していく。
やがて、男は人影を見つけた。顔から銀の針が伸び、熱源を壁に縫いつけようとする。
攻撃は空を切った。
代わって熱源が大きくなり、男の目前に迫る。
男が回避しようとした矢先、カーバイドの手甲が顔面にめり込んだ。
衝撃波が空気を揺らした。
吹き飛びながら、それは壊れゆく視覚器官で少年の姿を捉えた。
「はあ……はあ……」
むき出しのグリーンのケーブルに包まれた身体。
最低限の装甲に包まれた各部にはラジエータグリルが口を開け、絶えず冷媒を吐き出している。カチカチとこぶしが開き、少年の呼吸に合わせて伝達ケーブルが大きく膨らむ。
指先からぼたぼたと血がしたたって、地面に小さな水たまりを作った。
少年が踏み出す。発した熱で水たまりが蒸気を噴き出し、乾いた赤い染みに変わる。
「懐かしいだろ……?」
と、少年が荒い息を吐く。
ああ。男は声にならない声で肯定した。
人類最強の矛にして盾。棄械に対抗するため文明が生み出した、金剛の鎧。
――汎即応性戦闘装甲外殻
――開発コード『グラム』。